第68話 北朝鮮・平壌へ

『箱』は前回と同じでイージス艦『あたご』に格納されていた。

艦は若狭湾を出るところだ。二階堂も乗船していた。

格納庫で、ジェーンと箱の内外をチェックする。特に背負うためのベルトのチェックを念入りにする。埼玉県戸田市の倉庫で会った、JIAの技術者が2人乗船しているのを見かけていた。機械部分は彼らが完璧にチェックしているだろう。ジェーンがオーバープレッシャーバルブの蓋を開けて見ている。フィットしたパンツの尻に目が行く。

「あとでさ、俺の船室に来て・・・」

耳元で囁いた。自分の鼻の下が伸びているのが分かる。

「仕事が終わってからにしましょう・・・」

先生が生徒に諭すように言われてしまう。


SBUの3人が少し離れて、箱を唖然として見ている。俺が声を掛ける。

「ちょっと、こっち来て」

3人が歩いてくる。俺が上官だったら走って来るだろうに・・・まあ、いいか。

箱のドアを開けて中を見せる。

「ここに、君達3人とジェーンが乗って行くから」

一番年嵩に見える男が言う。

「乗って行くとは・・・まさかこれで北朝鮮に?・・・スクリューも無いようですが」

俺は頷く。驚いている様子が楽しい。男は箱の中を見てさらに聞く。

「あなたは・・・中本さんはどこに?」

「俺はこれを担ぐのさ」

後ろに回って、ベルトを見せる。3人とも言葉が出ない。

「これを担いで飛んでくの」

3人の目が、俺と箱を行ったり来たりだ。ジェーンを呼ぶ。

「ジェーン。彼らに説明しておいて。俺、ちょっと寝るから」


自分の船室に戻った。前回と同じ部屋だ。

寝ようとしたが腹が減っている。食堂に行こう。


深夜の1時にも関わらず、食堂には30人程の隊員が夜食を摂っていた。

オニギリとみそ汁だ。カウンターに、ラップされたオニギリが3つのカゴに入っている。

カゴにはそれぞれ『鮭』『おかか』『シ―チキンマヨ』と書いた紙が貼ってある。横には保温期の上にみそ汁の大鍋。オニギリを1つずつと、ドンブリにみそ汁をよそって席に着いた。

流石、自衛隊のオニギリだ。1つ1つが大きい。2個目で腹が膨れるが全部食べる。


船室のベットで娘達を思い出す。実の娘のように可愛い。息子しかいないから、娘がどんなものかは分からないが・・・しかし、若い女としての魅力も感じる。手は出さない。絶対に。

朝4時まで寝ることにする。5時に出発だ。



6月10日 

午前4時。部屋に備え付けの目覚まし時計で起きる。食堂に降りて朝食だ。河野が二階堂と、今年2月に艦長に就任した1等海佐の小城と朝食を摂りながら話をしていたようだ。

河野が俺に気づき言う。

「おはようございます、中本さん」

「ああ、河野さん、おはようございます」

普通に名前で呼ぶ。民間人の俺が幕僚長などと呼ぶことは無い。

「よく眠れましたか?」

にこやかな3人だ。周りの隊員が注目して俺達を見ている。

「よく眠れました。揺れが気持ちいい・・・河野さんが食堂に長居したら、他のみんなが気を遣って落ち着いてメシ食えないんじゃないですか?ねえ小城さん」

小城艦長は今年で50歳。メガネ越しの目が優しい。

「河野幕僚長には気を使って頂いて、又、お菓子の差し入れを沢山頂いて、隊員全員が大喜びなんです・・・中本さん・・・今回も頑張ってください」

また、総理からの森永チョコレートとビスケットだろう。自衛隊員は甘いものが好きが多い。

「頑張りますよ・・・今日の朝飯は何ですか?」

「とんかつです。朝からとんかつもないでしょうが、敵に勝つ。海自のゲン担ぎですね」

二階堂が笑って見ている。


朝5時。甲板に置かれた『箱』

操舵室の有るブリッジ方向からは見えないように目隠しの壁が作られている。

重装備のSBU隊員が箱に乗りこむ。今朝のSBU隊員の、俺に対する態度が少しだけ違う。ジェーンにいろいろ聞かされたんだろう。ジェーンがベルトの装着を手伝う。身体の大きな3人なので横になると身動きが取れない。さらに装備品を入れると、動かせるのは目だけのようだ。左に2人、右端に1人で真ん中に寝るジェーンが哀れだ。最後にジェーンが乗り込み、おどけた笑いを見せる。食料のバックを抱えている。

ドアを閉め酸素のバルブを開ける。残圧は200気圧。毎分40Lで供給を開始する。

身体の大きな3人だが、潜水作業にもプロフェッショナルの彼らは、過酷な状況でも、深く、ゆっくりとした呼吸をする術を身に着けている。無駄な酸素は不要だ。


箱を担ぎ、甲板から飛び立つ。箱から『おおっ』という声が一瞬聞こえる。

高度1000メートルまで上昇し、マイクで箱の中に声を掛ける。

「今、高度1000メートル。朝日が綺麗だよ」

スピーカーから「おおー」と言う声。船上ではまだ薄暗かった。

「機内食は出ないけど、1時間だから我慢だよ」

ジェーンが答える。

「私が食料持ってるから、中の4人で食べちゃおうかな・・・」

「キスでも何でもしてやるから、それだけは勘弁」

「私もそれは勘弁」

箱の中に笑い声が広がる。

1万メートルまで高度を上げ、平壌に向かって速度を上げる。

1度だけ、3000メートルまで降下して深呼吸した。


30分後、韓国上空に差し掛かり、スピードを落とす。

ジェーンが二階堂と無線で連絡を取る。

金正恩は今現在、自宅兼執務室がある15号屋敷と呼ばれる豪邸に、妻のソルチュといるようだ。

ソルチュは10年前の2009年に金正恩と結婚し、2010年、2013年、2017年に3人の子供を産んでいる。子供の性別は不明だ。

15号屋敷には警備車両が3台と警備員が多数。多分兵士。 邸内には金正恩愛用のメルセデスのリムジン、マイバッハが確認されている。防弾使用で1億5000万円が掛けられたと言われている。CIAによると、車中の冷蔵庫横のキャビネットにはバカラのグラスセットが置かれているらしい。

徐々に高度を落とし、GPSのマークを頼りに15号屋敷の上空に来た。金正恩が後継者と決まった時に、日本円で約125億円を投じて豪華に作られた屋敷だ。となりには一回り大きな16号屋敷がある。もちろん金一族の物だ。

屋敷は正面を斜めに通る通路に対して横長だ。通路の入り口にはゲートが有り警備員がいる。車は1台。屋敷正面に警備員は3人。金正恩の物ではない車が2台。裏には1人が歩いている。すぐ奥に植え込み。

上空で少し待つ。裏庭の警備員が屋敷に入った。チャンスだ。裏庭に隣接した植え込みに着地。 4人を箱から降ろし、箱を完全に植え込みに隠す。SBU隊員が迷彩のカバーを掛ける。これで上空からも箱は見えない。

透視・・・1階。入口近くにはアサルトライフルを持った4人とすぐ近くの部屋に非武装の4人。多分使用人。もう1つの部屋に拳銃を持った3人。その他リビングらしき部屋に非武装の4人。二段ベッドの部屋に6人。部屋にはライフルが多数。会議室らしい長いテーブルの部屋は無人。裏口にはさっき入って行った警備員ともう一人。こいつもライフル。

2階。メインの寝室に2人。多分これが金夫婦。部屋には拳銃が数丁。隣の部屋に3人の子供。その隣りに2人。これも多分使用人。2階の端、正面から見て左側に執務室らしき机とソファー。執務室にも拳銃1丁。

厳重な警備だが穴は沢山ある。皆を植え込みに残して建物に駆け寄る。

飛びあがる。

金正恩の寝室と思しき部屋の窓から中を覗く。太った男がベッドから起き上がる。

顔を見る・・・・金正恩だ。

俺の全身の毛が逆立つ。



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