第48話メルセデスAMG-G63

午前10時。ソファーでコーヒーを飲む。

5月23日木曜日

ゆうべは綾香とマキに挟まれて寝た。


綾香とマキは、本来の綾香の寝室で寝たのだが、綾香が俺のベットに潜り込み、続いてマキが来た。何日も、さえ子とゆうかの3人で寝ていたので1人が怖いと言った。

綾香も、マキを無理に追い出すことはしなかった。

いつも綾香は俺の左側で寝ている。そして俺は大抵は右側を向いて寝る。

ゆうべはマキが右側にいた。無意識にマキの胸を触ってしまっていた。

眠りから覚めたマキが俺の方を向き、抱き着きキスをした。

俺は抱き着いてきたのが銀座のアンだと思い込み、更に抱きしめ、キスをした。

完全に寝ぼけていた。キスの感触の違いで、相手がアンではないのに気が付いた。

身体を離す俺にマキが静かに言った。

「オジサン・・・いいよ」

何がいいのだ。

「夢だと思った・・・おやすみ」

「夢じゃないよ・・・いつでもいいからね」

いつでもいい?・・・ダメダメ。相手は15歳。

無節操な俺のジュニアは完全に臨戦態勢になっていた。



1階のマンション入口からのチャイム。

モニターを見る。

メルセデスの営業マン。元気よく挨拶する。

前のE63を買った時と同じ営業だ。40歳だと言っていた。階下のドアを開ける。

ちょっとして、ドアホンが鳴る。モニターに、さっきと同じ顔。

ドアを開けて室内に招く。


綾香とマキが起きてきた。こっちを見る。

綾香が言う。

「おはよっ・・・お客さん?」

「車屋さんだよ」

ソファーに2人が駆け寄る。メルセデスのGクラス専用の豪華なカタログがテーブルに置かれている。それを手に取る。

営業マンの佐伯に2人を紹介する。姪と友達。

佐伯の娘と同じ歳だった。高校1年の15歳。来週が誕生日だと言う。

綾香が俺に聞く。

「どうするの?」

「前と同じAMGっていうバージョンでG63ってのにする」

「何言ってんの?色だよ・・・イロ」

エンジンや機能じゃなくて色ですか・・・

「白がいいかなって思ってるけど、どうだ?」

マキが言う。

「黒の方が渋くない?」

渋いなんて言葉を使うのか・・・佐伯が言う。

「納期ですが、白ですと最低3ヶ月。それでも他の注文分を中本様に廻すという形です。なにより、今回のご注文は特別なので」

総理官邸からの指図・・・か。


佐伯は、流石にメルセデスのトップ営業マンだ。

客が『白』と言えばシロと答える。『黒』と言えばクロと言う。

○○ホワイトとか△△ブラック等とは言わない。

銀座のホステスのマナーに通じる。

客が『こおり』と言っているのに『アイスですね』とは絶対に言わない。


「黒ですと、もし宜しければなんですが、こちらのオプシティアンブラックという黒ですが、注文後、納車前にキャンセルになった車体が一台あります。人気のあるオプションも全部付いています。これでしたら5月28日、来週の火曜日には納車できます」

「一応、値段を聞きたいんだけど」

「車体価格が2076万円。オプション装備と税金、登録料で450万円で合計2526万円ですが、今回は特殊な形ですので、総合計で2300万円にさせて頂きます」

「これも一応聞きたいんだけど、請求はどこにいくの?」

「それは・・・中本様もよくご存の・・・」

「永田町にいる人・・・」

「はい。中本様がそういう方面の方とは存じませんで、前回はいろいろと失礼もあったかと」

立ち上がり、頭を下げる。

「おいおい、やめてよ。俺は普通の、一般人だから」

佐伯は28日の納車を約束し、帰っていった。


昼飯はファミレスの出前で済ませた。ケーブルテレビで見たい番組が有ると言うのだ。

綾香がスマホで俺にメニューを見せ、そこで選ぶだけで、30分後には配達に来る。俺はチキン、2人はチーズハンバーグ。

サイドディッシュまで注文して約4000円・・・便利で安い。


面白い映画でもあるのかと思ったが、アイドルのコンサートだった。

さっさと出かける。

アンからメールが来ていた。いい物件を見つけたという。銀座8丁目だ。


銀座の飲み屋街は、新橋寄りの8丁目に高級クラブが一番多く、7丁目、6丁目と有楽町寄りに行くに従って安くなる。格が下がるわけだ。

ちなみに、8丁目の横に首都高速が走っており、そのガード下が『銀座9(ナイン)』という小さなショッピングモールになっている。


アンとギンザ9の中にある『ミスタードーナツ』で待ち合わせる。

タクシーを銀座9の前で降り、ミスタードーナツの入り口に立ったのは午後2時過ぎだった。

俺の姿を見つけたアンはドーナツ屋から出てくる。


リクルートビルの前を通り過ぎ、数寄屋橋方向に歩く。右側あるケーキ屋をアンが指差す。

「ここのケーキ美味しいんだよ。高いけど」

小さな店『銀座マルキーズ』。娘達に買って帰るか・・・お父さんのようだな。

少し歩くと不動産屋が有る。

銀座の女とパパさん。よく有る組み合わせかな。不動産屋にとっては。


銀座8丁目、並木通りに面する『銀座八番館ビル』。おでん屋『お多幸』のすぐ隣。ポルシェビルの並びだ。1階の寿司屋を除けば全部がクラブの赤いビルの4階。外壁には全店の名前を書いた長い看板が有る、各店舗の電工看板のスペースが有るのだ。


店内に入ると正面にトイレ。右奥に進むと左にカウンター、右にクローゼット。その先が店内をグルリと囲むようなU字型のソファー。ソファーに向かってテーブルが5台。満員でカウンターは別として20人。アンの知り合いが開けた店と同規模だ。

内装は既に済んでおり、ソファー・丸椅子・カウンター・冷蔵庫・エアコン等がそのまま使えるリース物件だ。契約は2年で更新可能。

家賃は看板使用料、管理費等を入れて月に50万円。保証金が10か月分。不動産屋の手数料が1ヶ月分。ざっと計算して600万円。

初めて店をやるのには手頃な物件だと不動産屋は言った。


不動産屋は、他に2件に案内したが、1件は一筋裏でパス。もう一軒は、更に一筋裏の金春通りで、店は綺麗だったが広すぎてパス。家賃も高かった。


並木通りと花椿通りの角にある喫茶店『プロント』で、休憩がてら2人で考える。小腹が空いたのでスパゲティを食べる。生パスタを使っていて旨い。


俺は、もう少し他も見て考えるか・・・と言ったが、並木通り沿いに店舗が空いていること自体が珍しい。こういう事はタイミングだと、アンは言った。 


同意。












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