第30話 熱海

成田からのタクシーの中でメールをチェックする。

『憂国の志』からのメールで、残金の400万ドルは口座に入金済みだと言う。

ネットバンキングで調べると、確かに44000万円が入金されていた。

頭の中で計算。

全財産、65980万円と2万ドル。約30万フィリピンペソ。笑みがこぼれる。

クレジットカードの支払いや家賃も怖くない。



外貨の持ち出し、持ち込みには、最近どこの国でも厳しいが、今回は意識していなかったからか、全くお咎め無しだった。意識して隠しているとバレる。


タクシーは銀座に向かっている。

午後9時。あと、20分で到着すると運転手が言う。


ポルシェビル。

ボックスシートに腰を落ち着け、おしぼりで顔を拭く。おしぼりと一緒にボーイが俺のボトルも置いていった。

アンは、おしぼりで顔を拭くのは止めてくれと言うが、これは止められない。

すぐにアンが俺の席に来る。

テーブルの上で丸まったおしぼりを畳んでトレーに置く。

「顔、拭いたでしょ」

「拭いたに決まってる」

「まったく・・・」

俺の服の匂いを嗅ぐ。

「何か匂うか?」

「女の匂い」

「鋭いな」

否定すると疑われる。

「まったく・・・シュワシュワいく?久しぶりだから」

アンが俺の顔をじっと見る。

いきなりキスをしてくる。


ボーイがシャンパン『ベル・エポック』の栓を抜く・・・天使のためいき。

ベル・エポック専用の模様が入った綺麗なシャンパングラス。

ヘルプの女の子2人とママ、5人でシャンパンを飲み干す。

小皿に虎屋の羊羹が、カットされて載っている。

俺が甘い物も食べるのを知って、ママの京子が出させたのだろう。

ママが、今日はヘルプの女の子の誕生日だと言い、1人を指差す。

また、シャンパンだ。

いったい、銀座の子は一年に何回誕生日があるのやら。

今度は『ドン・ペリニオン』

値段はベル・エポックとかわらない。


銀座の高級クラブのシステムは不思議で、こうやって、他の女の子にシャンパンを出しても、俺がアンの客だから、アンの売り上げになる。

更に、俺が連れてきた人が、次に1人で来て、他の女の子と飲んでも、アンの売り上げになる。

枝(えだ)の客と呼ばれる。俺が樹の幹だ。

アンは俺の係りと言う立場になる。

その客が別の女の子を自分の係りにしたい場合は『指名変え』と言われるやり取りがなされる。

この場合、アンと店の了解を取らないとならない。

誕生日の女の子が俺に礼をいい、ホッペタにキスをする。それでもアンは笑顔でいられる訳だ。


俺も気分よく盛り上がり、自分の帰国祝いだなどと言い、『ドン・ペリニオン』のピンクを開ける。通称ピンドン。


閉店の12時には、すっかり気分が良くなっていた。 38万円の支払い。

フィリピンだったら何日飲めるだろう・・・


アンと帝国ホテルに向かった。


翌日。土曜日だ。

熱海温泉に向かう。海から離れた、隠れ家的な日本旅館だ。

全部で7部屋しかなく、2部屋は離れだ。

一番高い離れを予約していた。

一泊2食付20万円で、1人でも2人でも料金は同じ。

10畳の居間と8畳の寝室。部屋付きの露天風呂がある。


午後4時。新幹線で熱海に着くと、宿の迎えが来ていた。


部屋に落ち着き、早速露天風呂だ。

露天で見るアンの裸に見とれる。

風呂に浸かりながらアンを抱く。


空を見ると西の方が少しオレンジ色になっている。夕陽は山に沈む。

自分に力を与えてくれた天に感謝する。

石造りの浴槽の中に浸かったままアンを抱き締めるように抱く。

アンの圧し殺した声が響いた。








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