第28話 脱出
空腹で気を喪っていた。
目を開けるとイザベルが俺を見下ろしている。
起き上がる。力が入らない。
素っ裸の二人だ。
イザベルの目には生気が戻っている。
「大丈夫か?」
「私は大丈夫。トールは腕を切られたのね」
「腕より鼻が痛い」
「折れたのね。ちょっと我慢して」
と、言うなり右に曲がっていた俺の鼻を両手で挟み、思い切り左に曲げる。
変な音がした。
悲鳴をあげようとする俺の口をイザベルの手が塞ぐ。
意識が遠くなってくるが、イザベルが俺の頬を叩く。 遠くに行かせてくれない。
俺の身体は意識を失う事で、自動的に痛みから逃げるように出来ているらしい。
イザベルのビンタの音で監守が俺達に注意を向ける。手に、ポテトチップスの大袋を持っている。
イザベルが監守に話し掛ける。
「水をちょうだい。喉が乾いて死にそう」
いくら傷だらけの顔でも、はだかの美人に頼まれたら嫌とは言わない。
監守がプラスチックのコップに水を入れて持ってくる。鉄格子の隙間から手を出したイザベルは監守の手首を掴み、思い切り引いた。
監守は鉄格子に顔から激突し、崩れ落ちた。
イザベルは手を伸ばして監守の身体を探るが、鍵を持っていない。武器は椅子の脇に置いた警棒だけだ。
少し離れたところに散乱したポテトチップスと袋が落ちている。
俺は鉄格子に近寄り、足を伸ばして落ちているポテトチップスをかき集める。
それを見たイザベルは、俺に何が必要かを察して、自分も鉄格子の間から、ポテトチップスの袋に、足を伸ばす。
俺は、足で集めたポテトチップスを夢中で口に入れる。イザベルの太股が鉄格子に挟まれてセクシーだ。足先がもう少しでポテトチップスの袋に届く。
苦痛の、声を出しながらイザベルは鉄格子の隙間に更に太股を押し込む。
足先が袋に届いた。
足の指で袋をはさみ、ゆっくりと足を鉄格子から抜く。
ポテトチップスの大袋が手に入った。
イザベルが袋を俺に渡す。
「早く食べて」
「きみは?」
「いいから早く食べて!」むせかえりながら、全て食べる。
イザベルが俺の顔を見つめる。
俺はイザベルの裸の胸を見る。
1分・・・まだ。2分・・・まだだ。
3分・・・身体の痛みが消えた。
「キタキタ。キタヨー!」
イザベルの顔が、明るくなる。
手錠を引きちぎる。
立ち上がりざまにイザベルにキスし、鉄格子に両手をかけ、通り抜けられる位に格子を曲げる。
檻を出て、監守の服を奪う。イザベルには上着。俺はズボンを身につける。
イザベルは警棒を手にし、監守の頭に叩き付ける。
ドアを開け廊下に出る。廊下の突き当たりに明かり取りの窓があり、そこに立つと、ここが地下1階なのが分かった。
「逃げよう。あの窓から逃げ出せる」
「待って。この先の部屋に仲間が・・・」
すぐ近くのドアが開き、男が2人出てくる。
俺の蹴りとイザベルの警棒で簡単に片付けた。
仲間がいるらしい部屋のドアまで走る。
ドアの鍵を壊そうとするイザベルを下がらせ、ドアノブを引きドアごと外す。
俺がいた部屋と同じ作りだった。
檻に入れられた2人を救出する。
スービックの2人だ。クラークの1人は殺されたらしい。
部屋から出たその時、明かり取りの方の別の部屋から重装備の兵士が続々と出てくる。
光の玉を打とうとするが出来ない。
エネルギーが足りない。
イザベルに手を引かれる。
俺達4人は反対に走り、階段を上がった。
階段を上がってすぐの部屋に入る。
食堂だ。足音が迫る。
イザベルが叫ぶ
「なにか食べて!」
救出した2人とイザベルは入り口にテーブル等を積み上げバリケードを作っている。
俺は奥に走った。厨房。しめた。
昼食前の時間のようだ。食材が並んでいる。
豆腐、蒸し鳥、ごはん。手当たり次第に口に入れる。食べはじめて間も無く中国人コックがフライパンで頭を叩いたが、少し痛いだけだ。完全な空腹時だったら気絶しただろう。
後ろ蹴りで追い払う。
ひたすら食べる。
中国人兵士とイザベル達の声が響く。
バリケードで押し合っているようだ。
ぶかぶかのズボンのポケットにバナナを押し込み、イザベル達の死守する場所に戻る。
イザベル達が下がると、バリケードは手前に崩れてくる。
光の玉を放つ。
バリケードと手前にいた兵士2人が壁に叩き付けられたが、まだパワー不足だ。
唖然とする兵士を残して厨房に向かい4人で走る。
徐々に力が満ちてくる。
兵士達が追ってくる。95式アサルトライフルを、構えている。
厨房の食器棚棚に茶碗のスペースがあり、その1つに『Ambassador 』と書いたプレートが貼ってある。
アンバサダー・・・大使?
ここは大使館? 中国大使館か。
銃声が響く。
光の玉をお見舞いする。
十分な威力。全員気絶した。
イザベルと2人が兵士の元に駆け寄り、銃を拾い上げ、作動不良を起こしていないものを手にする。予備弾装も忘れない。
気絶している中国人に一発づつ撃ち込み、絶命させている。
イザベルは、兵士の1人からズボンを奪い取る。
厨房を出て走る。メインエントランスが近い。
左のドアから男達が走り出る。8人。
イザベルを犯した奴らもいる。
光の玉で、気絶させ、男どもを部屋に戻す。
イザベルを犯した5人の足を1発づつ撃つ。
目覚めた5人はイザベルの顔と銃を見て、手を合わせる。
イザベルは無表情で、男どもの股間に銃弾を撃ち込む。
建物の外を見る。
一個師団という感じの規模で、銃を持った人間が並んでいる。俺の鼻を折った奴もいる。警備でこれほどの装備が必要なのか?
イザベルが俺に言う。
「全員殺して」
ほかの2人もおれを見て頷く。
光の玉が炸裂した。
大使館の建物内部に戻る。
2階に震えている男女2人を見つける。
連中が俺達から奪ったパスポートやスマホ、財布、現金を取り戻す。金庫には、フィリピンペソ、アメリカドル、中国元があり、CIA の彼らは全てを手近なバックに詰めた。
表が騒がしい。
警察だ。パトカーが続々と到着するのが窓から見える。
裏手にまわる。屏の向こう側に見慣れない文字が並ぶ。
救出されたCIA が言う。ロシア大使館。
面倒は、なるべく避けたい。
窓を開け、会議用テーブルを持って小さなベランダに出る。
3人を乗せたテーブルが中国大使館から飛び立った。
上昇する際に下を見る。数人の警察官が飛んで行くテーブルに気づいたかも知れない。
高度500メートルまで一気に上がる。
眼下にはマカティの街が広がる。
片手でポケットからバナナを取り出し、食べる。
3人を連れて墜落したくない。
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