第2刻:瑠璃%《ルリパーセント》の執着なり
夕焼けの校舎裏。この日は部活動はないので生徒会が終わったら帰ろうとしたのだが、そこを
まぁ、大体綾黒の言いたいことは分かる。
あの本性があることさながら、不自然なほどに挙動不審で頬を染め、度々こちらを見ては目をそらす。
ついに決心したのか、綾黒が切り出してくる。
「私、
「…………」
俺は何も言わない。予想通りだが、告白自体は想定よりもずっと早かったりする。だから、綾黒を傷つけないための返事はまだ考えついてないのだが。
俺は棒立ちして綾黒の言葉に耳を傾けながらも、意識は極力、思考に集中させる。
「私と、付き合って………くれる?」
切なそうな瞳で俺を見つめてくる綾黒。黒髪が風になびく。
どうする? 返事を待ってくれ、とか言うとこいつのことだから絶対、色々な手段でアピールしてきたりするはず。それもかなりのヤバいやつ。
だけど、返事はまだ思い付いてない……。
「京………。京は私のこと、どう思ってるか、何を言われても私は大丈夫だから、心からの返事をしてほしい」
不覚にもドキッとした。
俺はらしくもなく、力強く返事をした。
「ごめん! 無理!」
俺は勢いよく起き上がる。
「あれ?」
………ここは? さっきまで、俺は校舎裏にいたはず。ってか、夕方だったはず……。
俺はベッドの上にいて、暗い部屋のカーテンの隙間からは朝日が差し込んでくる。
もしかして、いや、もしかしなくても、夢?
「良かったぁ~…………」
ほっとした。本当に告白されてたら、本当にあの返事をしてたら、思い切り綾黒を傷つけてしまうところだった。
それにしても、綾黒を夢にまで見るとはな…………俺もいよいよ重症か?
***
未来学園生徒会の朝は早い。
ほとんど毎日、朝7時から集合している。
で、今の時間は6時48分。朝はとても早くから起きてしまい、時間が余りすぎたのが悪い。というか、あの夢が悪い。
「おはよーございまーす!」
「おはよー、
生徒会室に入ると未来学園生徒会長の
あともう一人、座っている人影がいた。そいつは俺の姿を見ると、立ち上がり、俺の肩を掴んで強引に肩を組んでくる。
それもめっちゃな笑顔で。
「おはよー、
未来学園3大イケメンの一人に数えられるクラスメイトで、一応、俺の悪友である。
ちなみにこいつ、校内でBL疑惑が浮上している。身内として、その真相を知っているのだが、BL疑惑は残念ながら真実と言っていい。
誰彼構わず男子にベタベタするし、さらにはバグや間接キスまでやる。しまいには男子をデートに誘いやがる。もちろん俺も含めた男子からは毛嫌いされている。
だが、腐女子からはとても人気だし、普通の女子からだって人気だ。
とはいえ、人望は溢れる奴だし、成績だって優秀だ。BLに目を瞑れば生徒会メンバーとしてこれ以上ないほどの優秀メンバーであることは間違いないだろう。
あぁ、会長? 会長は今期が初めての生徒会メンバーだし(俺もだけど)、あの人の演説を教室で聞いて、俺はいてもたってもいられなくなって生徒会に入ったくらいのエピソードしかないけど、雑務は普通くらいじゃないの? リーダーシップは超あるけど。
俺は池杉を引き剥がすと、会長に切り出した。つーか、池杉力強っ!
「他のメンバーはまだ来てないんですか?」
「あぁ、紅智はいつも遅めだから知らないだろうけど、そろそろ来るはずだよ」
「いや、俺が遅いのは姉のせいなんですけどね………」
竜ヶ崎会長からの当たりが少しでも強いように思えた人はとてもいい観察眼をしていると誇りをもっていい。
が、その説明はまた後で。
ちなみに生徒会メンバーの男子勢はこの3人だ。あとは女子が4人の計7人での生徒会となる。
この後、1人は体調不良で来れないため、3人の女子が来て、朝の生徒会が始まることとなる。
***
朝は毎日あいさつ運動。今日は校門での持ち物検査もあったり、地域の警察と連携して犯罪防止を呼び掛けるポケットティッシュを配布しながらのあいさつ運動となる。
先生や警察と協力して7時半までにテントや椅子のセッティングを終わらせて、朝練メンバーにもあいさつ運動が行えるようにする。
池杉は陸上部の朝練があるため、あいさつ運動には参加できないみたいだ。そのぶん、セッティングで活躍してくれたからどうってことはない。
7時40分くらいに朝練組が来た。
部活動で朝練をするのは、野球部だったりサッカー部だったりなど運動部が中心的だ。
今回来たのは女子テニス部だ。女子テニス部には美少女も多く、さらには既にテニスウェアに着替えているので一目で分かる。学年関係なく集団で登校してくるあたり、部活動としての結束力は強いと見ていいだろう。
竜ヶ崎会長の話だと女子テニス部はいつも早く来ているらしい。
『おはよーございます!』
女子テニス部集団が揃って朝から元気のいい
「おはようございます。犯罪防止のポケットティッシュをどうぞ」
「ありがとー」
「敬語はいいのね。んじゃ、持ち物検査してくよ」
「お願いね~」
俺たちは挨拶を返してから、個別に持ち物検査をしてゆく。
俺は偶然クラスの隣の席の人だった。相手は何の気構えもなく、バッグを差し出してくる。
だが、ここで一つ問題がある。女子のバッグをチェックすることに背徳感がつきまとうのである。
まぁ、この人は軽い人柄なのであまり背徳感も湧かないし、抱く感想としては『この人テニス部だったんだ』くらいのものだけどな。
女子テニス部は20人近くいるが、生徒会や一部の教師が分担すれば一人ずつ対応できる。
警察に持ち物検査をやってもらう訳にもいかないので、立っていてもらうしかない。こちらは自転車通学する生徒とかを見張るそうで、きっちり仕事があるみたいだ。
そうこうしてる内に、問題なく持ち物検査は終了する。問題がなければ一分程度で終わってしまうし、終わってみれば、案外どうってことはない。
「持ち物は大丈夫そうだし、いいかな。協力ありがとうございました~」
「こっちこそありがとねー。じゃあ、頑張ってね~、
俺は安堵感に包まれながら、社交辞令を告げると、相手は軽い調子で手をヒラヒラとさせながら、にこやかに朝練に向かうのであった。
一区切りしても、また次がある。今度は野球部だ。改めて気合いを入れ直す。
よし、頑張ろう。
………それにしても、どうしてあの女子、俺の名前知ってたんだろ。隣ではあるんだけど、まったく関わってないのに。
ま、野暮なことは考えない方がいいかな。
***
何人かは持ち物検査に引っ掛かり、その場で先生に説教をくらったり、自転車通学者の一部が二列走行をしていたり挨拶で手を振り片手運転扱いとなったために警察に説教をされたり屈辱を味わいながらも、持ち物検査は着々と進んで行く。
今は一般生徒も登校してくる時間で、説教する人員も必要なことから、先生の数が減っていく。すると、助っ人の先生が何人か来ても朝練時間に比べて登校してくる生徒は格段に多いため、人手が足りなくなる。
当然忙しくなる。そんな中にやけにしつこく話しかけてきそうな奴とか来ると、集中をそがれて、無性にイライラしてくる。
「おはよ~、
しかも今朝、あんな夢を見たばかり。悪い意味で意識せずにいられなくなり、相手が何もしてこなくても理不尽だと分かっているのだが、とにかくイライラしてくる。
「おはようございます。ただいま手が空いていないので、他の方から犯罪防止のポケットティッシュを受け取り、持ち物検査をしてもらってください」
別に手が空いているのに、学校一の人気完璧才女に、死んだ目で、投げやりな社交辞令をして、そそくさと離れようとする。
もちろんそんな光景、周囲が見逃してくれるはずもなく。
「おい、あいつまただぜ。あの綾黒様にあんな態度取ってやがる」
「親しげに話しかけてくれるだけでも感謝して然るべきなのに…………。どうしてあんな奴が親しげに話しかけられてるのか、ホントに分かんねぇ」
「綾黒教の司教として、綾黒教徒として、あの愚行を見逃すわけにはいかない。さぁ、お前達、校内で作戦会議だ」
『分かりました!』
お前らの信仰心の方がすげぇよ。
てか、何だよ、綾黒教って。せめてファンクラブにしとけよ。宗教レベルとか重いわ。
まぁ、こういうことで陰口をたたかれるのは慣れているので、宗教の存在はともかくとして今さら感は凄まじいのだが。
で、等の本人はと言うと――、
「あんな奴放っといて別の人に頼もうよ、瑠璃ちゃん」
「そうだよ」
「瑠璃ちゃんのアピールになびかないとか有り得ないし」
「………え、でも…………」
じゃあお前ら綾黒からのアピールになびくのか?
等の本人は友達から催促されながらもこちらをチラチラと見ては、友達からの催促に躊躇いの表情を見せる。
どれだけ腐っても恋する乙女ということを実感させられるが、そんなもん俺からすれば知ったこっちゃない。
さぁ、さっさと別の奴のとこに行っちまえ。
「やっぱり、私は京にやってもらうよ。これが原因で折角頑張ってる京だけがあぶれるのは何だか違う気がするから」
そもそもお前のその確固たる決意をもって恋する相手が違う気がする。だが、俺が何も言えない以上、ここは綾黒の友達に頑張ってもらうしかない。頼む!
「まぁ、瑠璃ちゃんがいいならいいんだけどね」
「何かされたり………はないから、悪いこと言われたらすぐ相談すること。それじゃあまた後で」
綾黒の友達は納得できないような表情をしながらも、綾黒の意思を尊重してしまった。
おい! 綾黒の友達、もっと頑張れよ! もっと掘り下げろよ! ついつい子どもに甘くしちまうオカンか!
「そんな訳で手も空いてるみたいだし、お願い」
等の綾黒は頬を紅潮させた可愛らしい(あざとい)笑顔でこちらに振り返る。
正直言って、しつけぇ。
しつこい
「分かった分かった」
やるとなったら徹底的に。
綾黒からバッグを受け取り、綿密にチェックする。この
俺のプライバシーとかそういうのに関わりそうなものとかあったら没収だ。
「そんなに血眼になって見られるとなんだか照れるなぁ~……」
「黙れ」
綾黒はわざとらしく、照れた。
大体予測はしていたので、俺はしれっと一言で簡潔に返答した。
綾黒は律儀に黙る。言うことを聞いてくれるあたり、まだ良心的だが、こいつの本性知ってる奴からすれば(っても俺だけしかあいつの本性知らないけど)基本は面倒くせぇからなぁ。
それにしても、なんで俺なんかに恋心を抱いてるんだよ…………。
……ん? 何か今、思いついた。
綾黒が俺を諦めてくれる方法を。
バッグの中には珍しく何もなかった。
そろそろ時間だし、持ち物検査も終了だ。
「持ち物検査終わったぞ、後片付けあるんだからさっさと行け」
「………………」
綾黒にバッグを返し、しっしと手を使って催促するが、綾黒は微動だにしようとしない。
「おい、話聞いてるのか?」
「終わるまで待ってるよ。だから教室に一緒に行こう」
「断る」
「………………」
睨み付けて声にドスを聞かせて即答する。これにはさすがに綾黒も押し黙る。
「……………いや、どけよ」
「………放課後、校舎裏で待ってるよ」
最後にそれだけ言うと、そそくさと立ち去ってしまった。
夢のこともあり、嫌な予感しかしないので俺は校門から
「すみません。いきなり肺がしめつけられるような激痛に見舞われたので帰ります。荷物は後で回収しに行きます」
『待て待て待て待てえぇぇぇい!!』
もちろん止められた。
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