第91話 記憶は古ぼけるけど、懐かしさは磨かれる
「わーったわーった!全部話してやっから色々知ってるやつのいるところまで行くぞ!」
俺の一言で、移動を開始したわけだけど、俺の足が想像以上にしびれてて、なかなか歩みが進まない。
エヴァンがいたから他の連中もいるんじゃね?ってことで、かつて童停があった場所に向かってるわけだけど、これで閉まってたら間違いなくカリラの持ってたあのギュインギュインでスムージーにされる。
今更店が開いてるか分からないとか言って許してくれる程こいつらは優しいはずがない。
そんなやさしさがあるなら、俺は今頃ハーレムしてる。破綻者は論外。
「開いてる…………?」
そこにあったのは、周囲の建物に比べると圧倒的に古ぼけた外観に、手書きのへったくそな笑顔の幼女が書かれた看板。そして、その下にある巨大な樽。
これは間違いない。童停だ。あの時のまま残ってたんだ。
「糞ペド野郎!開けやがれ!俺だ!ユーリさんが帰ってきてやったぞ!早く開けろ!じゃないと俺がネギトロにされちまうんだよ!!!!」
ドアをぶっ壊す勢いで何度も叩くと、ゆっくりとドアが開き、中から現れたのは…………
「うるさいのだよ………ユーリ殿?」
「え、なんでエヴァンがここに?」
「なんでも何も、イクトグラム殿がなくなられて、店を任されたのだよ」
あぁ、そうか。チョコチやエヴァン、マッカランがまだいるから感覚がずれちまってたが、イクトグラムは人間だし、長寿ってわけじゃないんだったよな。
なんだろ、友人がいつの間にか死んじまって悲しいとは思うんだけど、どうにも実感がわかねえや。
「とりあえず、中に入って欲しいのだよ」
ドアを大きく開けたエヴァンに続き、俺、爺さん、ローズ、そしてカリラが入店した。
内装は俺のいたころと何も変わらず、木目調のシックな作りで、間接照明が良い雰囲気を醸し出している。それだけではなく、エヴァンもしっかりと仕事をしているのか、丹念に磨き上げられたグラスが、キラキラと光りを反射し、輝いて見える。
「いらっしゃいませー」
しかし、何故か若い女の声がして、そこに視線を向ければ…………カリラと飯を食った際にいたあのふざけた店員がいやがった。
「あ、あなたはあの時の変な人ですね!」
「おいエヴァン、今から一人死人が出るが、処理を頼んでも?」
「やめるのだよ。確かにその子は少しあほな子なのだがね、そんなのでも吾輩の妻なのだよ」
「死ね。死体が二つに増えちまうな。処理をどうするガッ!?」
後ろから頭をローズに、ケツにカリラのケリが入り、童停の床に転がってしまった。
「痛い、凄く痛い」
おかしいな。俺が千器って話したはずなのに。ひとかけらも尊敬してくれないじゃないの。もしかして俺、信用されてない?ちょっとおっぱいつつこうとしただけじゃん。
「とにかく座るのだよ。この店に来るのは吾輩の関係者か、千器に用のある人間だけなのだよ」
そう促され、カウンターの席に皆が腰かけていった。俺も、当時から俺の特等席になっている一番左端の席に座り、酒を頼む。
「いつもの」
「よくあんな臭いのが飲めるのだよ。不思議なのだよ…………」
そう言って俺の前に出された琥珀色の液体。そしてそれを収めるグラスは口がすぼんでおり、香りを閉じ込めるような造りになっている。
チャームとして出されたスモークされた肉と、ドライフルーツのうち、ドライフルーツを口の中に放り込み、酒を口の中で転がす。
「ひっさしぶりに飲んだけど、結構きついのな」
「体が若返っているから舌も子供になってしまったと思うのだがね」
「いんや、マズいとは思わねえよ。ただ、少しだけきつく感じるだけだ。そのうち慣れる」
なんて話をしていたら、俺の横にずかずかとやってきたローズが俺から酒をブン取りやがった。
「子供がお酒は駄目なのですわ!」
「生憎と俺は60過ぎまでこっちで生きてたんだよ。だからもう立派な大人なの」
こぼさないように酒を奪い返し、カウンターでエヴァンを見ている連中に声を掛ける。
「お前らも何か頼めよ」
それから、酒やジュースが全員にいきわたったころ、エヴァンも腰を落ち着け、ようやく話が始まった。
「こいつはエヴァン。当時の俺の仲間で、お前らが知ってる名前で言えば“真祖殺しの吸血鬼”だ。そんで、この場所はイクトグラムって糞ペドが切り盛りしてた酒場でな、俺達の宴会場に良く使ってたんだよ。当然、チョコチも知ってるぞ」
「では、本当に貴方があの千器様だというのですか?」
「めんどくさいが、もう二人証人を呼んでやろうか?」
「…………その証人ってのは誰が来やがんですか?」
何か嫌な予感でも感じ取ったのか、カリラが俺にジトっとした視線を送ってくる。ちなみに爺さんは俺が千器だって信じたようで、既に酒飲んで楽しんでる。
「ローズのかあちゃんと、マッカランだな。この建物の中なら、二人を呼び出すことができるけど、どうする?」
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