無能勇者の異世界浪漫遊譚
不可説ハジメ
prologue 帰ってきた日常
第1話 ただいま現代
「へっ……いいぜ。どっからでもかかってこいよ。この俺が一体誰なのかわかった上で挑んでくるってんなら……てめえら全員に地獄を見せ———」
俺を追いかけて来た黒服連中の前に立ち、カッコいい感じで決めようと思った瞬間、俺の体は眩い光に包まれてこの世界から消滅した。
まぁカッコよくって言ってもちょっと女の子にお酌してもらえるお店でハッスルし過ぎて会計が足りなくてちょろまかしたら追いかけられてたんだけど。
再び目を開いた時、俺は幾度と無く見た光景を目の当たりにしてこう思った……“俺たちの戦いはこれから”なんだなって。
「お疲れさまでした、これにてあなたの役目は終了になります」
真っ白な空間で、目の前にいる金髪に法衣を纏った女性が俺にそう言って来る。
長かった。しかし、これでようやく俺の役目も終わり、元の生活に戻ることができるのだろう。
そう思えば、元の世界の食文化や、サブカルチャーが途端に懐かしくなり、胸が張り裂けそうなほどの期待感と、高揚感に襲われる。
「しかし、あなたは魔王討伐にあまり貢献されていませんでしたので、この世界で得た物を持ち帰ることはできません」
少し申し訳なさそうに俺に告げた“神”。まあでも、それは粗方予想できていたからここにきて驚くような事でもない。むしろ、貢献すれば何かを持ち帰ることができたことに驚きだ。
「まあ、そうだろうな。俺も活躍した自覚なんてないし」
俺の戦闘能力はお世辞にも高いとは言えない物だった。他の勇者や、英雄と呼ばれる人間たち、異能力を操る異能者達に比べ、明らかに弱い力しかもっていなかった。
やつらの様に致命傷になりうる怪我を一瞬で自己治癒させたり、瞬間移動並みの速さで動くこともできなかったし、一撃で山を叩き切ることもできなかった。
俺が唯一できたことなんかは本当にたかが知れている。人よりも少しだけすばしっこく、悪運が強いため、採取系の依頼や、調査などの依頼を多く受け、地域活性化何かの手伝いが出来た程度だ。
「ですが、あなたがいたことで救われた命があったのも事実です。私の世界の住民を助けていただいたことにはとても感謝しています」
「慰めてくれるのね。神様ってのも意外と優しいところあるんだな」
「いえ、そう言う訳では………」
「とりあえず、もういいか?俺は実力もないけど、意思の弱さも人一倍なんだ。このままだとこの世界に残りたくなっちまいそうだぜ」
もちろん、そんなことはない。可能ならさっさと帰りたいし、二度とこんな危険な世界には来たくないと思ってる。
魔王討伐とかそっちのけで、俺はひたすら揉め事や面倒ごとに巻き込まれ続けたわけだしな。
もうほぼ毎日命を狙われてたような生活だし、こんな経験は金輪際したくない。
「わかりました………では転移を始めます………せめてものお詫びに、あなたが転移された直後の時間に送りますので」
「あぁ、それは助かるわ。華の学校生活って奴をまるまる捨てちまった様なもんだしな」
他愛もない話。俺にとっては仕事終わりのギルド酒場で、朝帰りの冒険者達と酒でも飲みながら話すような、そんな程度の会話だ。
俺の足元に眩い光を放つ幾何学模様が浮かびあがり、数秒後には俺の体はその光に飲み込まれていた。
再び目を開けたころには、懐かしい記憶にある場所、そして最後に見た懐かしいテレビ番組が放映されていた。
焦らず周囲を一瞥し、俺が本当に異世界に召喚された直後なのかを確かめるために動き出す。
最悪は数か月くらいなら経ってても問題はないんだが、できることなら当日が良い。
しかし、転移した日何かとっくの昔に忘れてしまっているので、俺一人で確かめることは恐らく出来そうにない。
「お、スマホが入ってる」
ポケットをまさぐると、中からスマートフォンが出てきたので、それの電源をいれ、とりあえず自分が行方不明になった、みたいな記事やSNSの発信が無いか探してみたが、特にそう言った物は見つからなかった。
どうやら本当に俺は元の世界の元の時間に帰ってきたみたいだ。
「あぁー、なんか落ち着くわぁ」
誰に聞かせる訳でもないが、1人そうつぶやき、ベットに転がる。
久しぶりに感じるベットの感触に、若干の感動を覚えつつも、俺は試しに向こうの世界の技術……主に魔法が使えないか試してみることにした。
俺の極めて少ない魔力量では数秒も維持できない身体強化、それを気合で行使する。
体内をめぐる魔力を体表に纏わせ、体に浸透させるような……
「ありゃ、魔力がまるっきり感じられねえわ」
こりゃ駄目だな、魔法は魔力がないと使うこともできない。どうやら神様の言った通り俺が異世界で身に着けた物は色々と無くなったみたいだな。
まあ、だからどうしたって感じだけど。
そんなものがあったらいろんなところから狙われておちおち眠ることもできやしねえ。
それにこの世界では出る杭は打たれるんだ、そうなるよりは……平凡でいる方がずっといい。
「色々考えたからか?それとも久しぶりのベットが懐かしいからか?わかんねーけどめちゃ眠いわ」
面倒なことはまた明日やればいいや、そう思って俺は目を閉じ、夢の世界に旅立った。
あ、死んだわけじゃないから。
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