最終話:凛と咲き誇る華のように(*END4・最後に読むことを推奨します)



 旅支度を済ませたロイドは立ち上がった。

そして半年もの間、世話になったリンカの家を跡にする。


 はたりと足を止め、踵を返す。

家はシンと静まり返っていた。

リンカが廊下の向こうから現れることはもう無い。


 東の魔女サリス=サイとの決戦を終えて、アルビオンへ戻ったロイドへ訪れたのは唐突な別れであった。



 リンカの転送魔法で、戻ったロイド達は待ち受けていた憲兵隊に取り囲まれる。

まずは重傷を負ったオーキスとゼフィがどこかへ連れて行かれる。

そして何故か、リンカまでもが聖王第二子キャノン=ジムによって、どこかへ連れ去られる。


 すると憲兵隊は途端、興味を無くたように、ロイドとモーラを残して去ってゆく。

全ては一瞬の出来事で、ついさっきまでの東の魔女との戦いが夢だったかのように感じられたロイドだった。


 そして早速翌日より喧伝され始めた【東の魔女を倒した三人の乙女】の話。

そこにロイドとモーラの存在は微塵も書かれてはいなかった。

 

 これが第二皇子キャノンが最初から想定していた筋書きであるとロイドは思った。



 確かにどこの馬の骨ともわからないロイドを褒め称えてもあまり意味は無い。

それならば平民出身で、見た目も美しく、まだ若いオーキスを主人公に据えた方が格好が良い。

国民が魔神皇の恐怖に怯えている今だからこそ、そうした話題性は重要だと思う。


 さらにそうすれば、幾らリンカが招聘に応じざるを得ない状況へ追い込める。

実際、巷ではリンカへ期待を寄せる声が多く叫ばれている。


 聖王国の未来を見据えた時、例え真実が闇に葬られようとも、現状を考えれば仕方の無いこと。

ロイドへはキャノン太子が約束した通り、彼自身がおいそれと手にできない金額の金が実際に支払われてはいる。


 金が支払われている以上、真実を騒ぎ立てる訳には行かない。

自分が真の主役だったと叫び、皇子の嘘を騒いだところで混乱しか生み出さない。

なによりもそうすることがが凄くカッコ悪く、情けない行為だとロイドは思っていた。


 もはやこの状況ではリンカとの生活は望めない。

これが潮時。

 彼は彼の、彼女は彼女の、それぞれの道を歩むべき時。


 だからこそロイドは再び旅立つことを決意した。

互いのいるべきところへ戻る時であった。


そしてロイドはアルビオンを出る前に、大図書館へと向かっていった。


「モーラ……? ああ、閉架書庫の。彼女でしたら先週付で退職しましたよ? ずっと休学していた魔法学院へあの歳で戻るっていってましたっけ? 魔法ってホントお金かかりますよねぇー」


 お喋りな雰囲気の職員は、余計なことまで含め、そう答えた。


 どうやらモーラへもロイド同様、口封じを含めた相応の金が支払われていたらしい。

その金を使ってモーラもまた新しい道を進む決断をしていたのだった。


「そうですか。わざわざ教えてくれてありがとうございました」


 ロイドは少しお喋りな職員へ丁寧に礼を言う。そして城塞のような佇まいの大図書館へ背を向けて歩き出す。


「ロイド君!」


 図書館の中庭で、彼を呼び止める男の声が響いた。

かつて雷光烈火の勇者と称されていた初老の男性は凛然とした雰囲気を伴いながら駆け寄ってきている。


「ケリー館長? どうされたのですか?」

「これを君へ」


 館長は赤い封蝋ふうろうの打たれた手紙を差し出す。


「モーラ君からだ。いつか君に会ったときに渡してほしいと」


 ロイドは館長から手紙を受け取った。そしてはやる気持ちを堪えつつ、丁寧に赤い封蝋を割って手紙を取り出した。



『親愛なる勇者ロイド様へ



 先日はお疲れさまでした。大活躍でしたね。やはり戦っているときのロイドさんは素敵でした。


 すごくカッコよかったですよ!


 さて、貴方がこの手紙を読んでいるということは、私は既に貴方の近くにはいません。


 事情があり旅立つことになりました。もう二度と貴方とお会いすることは無いでしょう。


 だけど最後にどうしてもお伝えしたいことがあり筆を執りました。


 本当は言葉で直接伝えるべきでだと思います。でも私にはその勇気がありませんでした。


 臆病ですみません。許してください。


 ロイドさん、貴方は本物の勇敢なるもの【勇者】です。


 たとえ周りが、世界が、貴方が勇者ではないと否定しても、私にとっては貴方こそが勇者です。

 

 私はそう強く思っております。


 どうかこれからも、貴方の持つ優しさと強さを忘れず、あなたらしく、いつまでもご活躍なさってください。


 頑張って! 応援してるよ! 貴方のことはずっと忘れないよ! 貴方は立派な勇者だよ!


 だから自信をもって! 大丈夫! 貴方ならできる! いままでありがとう! リンカさんと幸せな人生を送ってね!


 お元気で。さようなら。


 ニーナではなく、モーラより』


 

 


 ロイドは僅かにインクが滲んだモーラの手紙を綺麗に折り、雑嚢へ丁寧にしまう。

そして天を仰いだ。妙にまぶしく感じるのは青空のせいか否か。


「ありがとうモーラ。君も頑張ってくれ。俺も応援しているぞ」


 ロイドは空へ向けて、そうつぶやいた。きっと空はどこかで彼女と繋がっていて、今の言葉を届けてくれると信じて。

 彼は手紙を届けてくれたケリー館長へ深々と頭を下げる。

そして今度こそアルビオン大図書館へ背を向けて歩き出したのだった。


(オーキスとゼフィはどうするか……)


 立派な治癒院の前に至ってロイドは一度そう考えた。

 オーキスとゼフィにも世話になった。別れを告げたいとは思っていた。

しかし二人は思いのほか重傷で、未だにこの治癒院にいるのだという。

きっと二人はロイドの来訪を喜んでくれるだろが、無理はさせたくない。

それに【三人の乙女】の件もあり、少々顔を合わせずらい気分でもある。


 だが――モーラもきちんと別れをしてくれたのだ。人としてやはりこうしたことはきちんとせねばならないと思った。

礼儀はきちんと果たさねば、だいの大人として恥ずかしい。

ロイドは迷いを振り切り、治癒院の中へ入ってゆく。そしてまずは、ゼフィの様子を見ることにした。


「ありがとにゃ! あとゼフィさんなんて、他人行儀なのは止めて欲しいのにゃ」


 扉の向こうから、元気そうなゼフィの声が聞こえてくる。


「そ、そう、ですか……?」

「そうにゃ! 呼び捨てで良いにゃよ? あと敬語も不要にゃ!」

「あ、えっと、じゃあ、その……ゼフィ……ありがとう。勇気沸いたよ。それじゃあ行ってくるね!」


 誰か先客がいる様子だった。

やはりここは遠慮すべきか。

そう思い立ち去ろうとしたその時、扉が開いた。


「あっ……」

「……!」


 扉の向こうから現れたのはリンカだった。


「来ていたのか……」


 リンカはコクンと頷くだけ。先ほど、扉の向こうでゼフィと話していたのは彼女だったらしい。

どうやら”声”は戻っている様子だった。

 しかしリンカは声を失っていた時のように、黙りこくっている。

ロイドもまた、どう声を掛けてよいか分からず、ただ佇むだけだった。


「おっちゃん! お見舞いに来てくれたにゃら入るにゃ! リンカももうちょっと付き合うにゃ!」


 ベッドの上のゼフィは元気そうな声を上げて、そう促してくる。

リンカは踵を返してゼフィのところへ戻り、ロイドはそんな彼女に続くのだった。


「おっちゃん! 来てくれてありがとにゃん!」

「元気そうだな。大事は無いか?」

「もっちろんにゃ! ビムガンの身体は丈夫にゃ! 舐めんじゃないにゃ! にゃ? リンカもそう思うにゃよね?」


 気遣いさんなゼフィはリンカへそう問いかける。

リンカはまた小さく頷くだけで、顔を俯かせたまま言葉を発しない。

さすがのゼフィも困り果て、苦笑いを浮かべていた。


「……」

「良かったな、声が戻って」

「……」

「いつ聖王都からこっちへ?」

「……」

「にゃんか、キャノン殿下がアルビオンの今の様子を見せたいってことで連れて来られたみたいにゃ」


 ゼフィが代弁し、リンカは静かに首を縦に振るだけだった。


 なんとなくリンカはまだ、キャノンの招聘に応じていないような気がした。

そこでしびれを切らしたキャノンは、リンカへ復旧途中のアルビオンを見せて揺さぶりをかけて、強引に魔神皇との戦いへ参加させようとしているのではないか。

そのために日々様々なところへ連れまわされて、籠の中の鳥のような生活を送っているのかもしれないと思った。


「そうにゃ! これからみんなでオーちゃんのお見舞いに行くにゃ! アイツも喜ぶにゃよ!」


 静寂の中、ゼフィが元気よく提案を投げかけて来る。

こういった空気の時、必ず気を使ってくれるゼフィへは申し訳なさを感じつつも、正直ありがたいと思うロイドなのだった。


「一緒に行ってくれるか?」


 ロイドが伺うようにそう聞くと、リンカは再び頷いて見せる。

三人はオーキスの病室がある上階へと向かって行く。


 上階は特別な人物専用なのか、他の階とは少々趣が違った。

 立派な赤絨毯に、壁を飾る立派な絵画や、綺麗に生けられた花。

この階だけは、まるで貴族が暮らす城の中のような雰囲気であった。


 そんな上階にロイドは居心地の悪さを感じつつ、オーキスが入院している奥の病室へ向かって行く。

その扉は二人の屈強な男がしっかりとガードしていたのだった。


「おっ? なんだ揃いも揃ってお嬢さんへの面会かい?」


 すぐさま人懐っこい笑顔を浮かべてそう云ってきたのは、ロイドの友人で憲兵隊の隊長を務めるジールだった。


「お前こそどうしたんだ?」

「いや、お嬢さんから直接の警護を頼まれちまってよ。まぁ大けがを負った可愛い教え子を守ってやろうってな!」


 いつもの調子でそう語るジールを、もう一人の番人が横目で睨む。


(確かこの方は、キャノン殿下に随行していた騎士だったか?)


 さすがに治癒院の中ということもあってか、騎士は鎧を身に着けていなかった。

しかし鍛え上げられた肉体からは布服を着ていようとも、凄みのある気迫がありありと伝わって来ている。


「申し訳ないが今は殿下がオーキス殿と面会中です。お引き取り願います」

「なにけち臭いこといってるにゃ~。そんな冗談はさておき、さっさと姉妹に逢わせるにゃ~」」


 ゼフィが扉へ手を掛けようとすると、騎士はすかさずゼフィの前へ立った。

さすがのゼフィも眉間へ皺を寄せる。


「何にゃ?」

「今は殿下がオーキス殿との面会中です。お引き取り願います」

 

 ゼフィは鋭い殺気を放つも、騎士は一向に道を譲ろうとはしない。



「だから! なんであたしが”勇者”になっているんですか!!」


 すると扉の向こうからヒステリックなオーキスの声が聞こえてきた。


「そう謙遜なさらないでください。貴方は東の魔女サリス=サイを倒した英雄です。略式とはいえ、貴方に与えた”勇者”の称号を、そのままあなたに差し上げたまでです」


 次いで聞こえた若い男の声――キャノン第二皇子殿下のもの。


「オーキス、何故そんなに頑ななんだい? お前は勇者になったんだぞ? 良いことじゃないか!」


 更に聞き覚えの無い、中年男性の声。

口調から察するに、オーキスの父親辺りかもしれないとロイドは思った。


「だってあの時”勇者”に任じられたのはあたしじゃないもん! お父さん、信じてよ!!」


(やはりそういうことか……)


 ロイドが想像していたキャノン殿下の筋書きは、そのままだったと確信した瞬間だった。

 確かにCランクのロイドよりも、Sランク冒険者で、豪商の娘を”勇者”とした方が話題性はある。民衆も納得しやすいだろう。

しかしここでおめおめとオーキスに会ってしまえば、強気な彼女のことだから、更に声を荒げるに違いない。

結果不要な諍いを起こって、泥沼の舌戦になることは容易に想像できた。


(良いんだ。これで……俺が勇者よりも、オーキスの方が聖王国にとっては良いことだ)


 ロイドは踵を返そうとする。そんな彼の脇を、黄金が過って行った。


 リンカだった。

 彼女は自分よりも遥かに大きな騎士を押し退けて、扉へ手を掛けようとする。


そんなリンカの手を、騎士は遠慮なく弾いた。


「これ以上、妙な真似をしたら例えリンカ殿でも相応の覚悟はしていただきます」


 騎士はリンカを威嚇するような視線で睨む。

それでもリンカは全く怯んだ様子を見せない。


 鬼気迫る、気迫に満ちたリンカの背中に、ロイドは思わず息を飲む。

そして騎士と共に扉の警護に当たっていたジールは、苦笑いを浮かべつつ、後ろ髪を掻きむしった。


「き、貴様!? 何を!?」


 刹那、騎士の巨体が目の前から消え、床へ叩きつけられる。


「さすがに胸糞悪くてよ。ちっとここで大人しくしててくれや」

「ぐっ……!」


 ジールは騎士を汲み伏し、首筋を殴って意識を飛ばす。

そして男っぽい笑顔をリンカへ向けた。


「嬢ちゃん行きな! 一発かましてやれっ!」


リンカはペコリと頭を下げ、扉に手を掛けた。


「オーキスの言うことは本当です! 彼女はキャノン殿下よりあの時”勇者”に任じられていません!!」


 思いきり病室の扉を開け放ったリンカは、愛らしく音の良い声を響かせた。

ベッドの上のオーキスは目を丸くし、オーキスの父親は、闖入者に眉を潜める。


「リ、リンカ殿!? どうして貴方がここに!?」


 そしてキャノン殿下は明らかに狼狽していた。


「殿下! 嘘を仰らないでください! あの時、殿下が”勇者”に任じたのはロイドさんです! 私はこの耳ではっきり聞き、彼の指揮に従って東の魔女と戦いました! そして彼は命をかけて、魔女を倒したんです! それは換え様のない事実です! このSSランク魔法使いリンカ=ラビアンが保証します!」

「リンカの言う通りにゃ! オーちゃんは勇者じゃないにゃ!」


 ゼフィも飛び込んで同意の声を上げる。


「ロイドさんも隠れてないでこっちへ来てくださいっ!」

「おわ!?」


 ただ茫然と佇んでいたロイドの腕をリンカは取り、病室の中へ引っ張る。

ロイドが姿を現した途端、オーキスは花咲くように破顔した。


「殿下! 魔神皇討伐の招聘の件、ずっと迷っていましたが、今ここでお受けいたしましょう! ですが、私は貴方達の指示には従いません!」


 リンカの凛とした声が病室を支配する。

誰もが口を噤み、リンカは続ける。

 

「私が従うのはこの世界ただ一人! ”勇者ロイド”だけです! 彼の言葉であれば従います! 彼以外には従いません! だって彼こそが真の勇者! 世界を救うのは彼なのですから!」


 リンカの少し甲高く、響きの良い声が、この場に居る全員の心を打ち、黙らせる。

 勇敢に叫ぶリンカの姿を見てロイドは、彼女に凛と咲き誇る華のような気高さを感じた。


「そだね……うん、その通りだよ! 私もおじ……勇者ロイドに従います! 彼と共にこの世界を魔神皇から救って見せます!」


 オーキスもまたベッドから飛び起きる。

しかし傷が痛むのか転びそうになる。


「全く、けが人は大人しくしてるにゃ」


ゼフィはため息交じりに、オーキスへ肩を貸していたのだった。


「あはは。ごめん、あんがと!」

「殿下! 僕もリンカやオーちゃんと同じ想いにゃ! 僕も、いや、僕たち”ビムガン”も、これからは勇者ロイドの指示に従って戦うにゃ! 族長フルバ=リバモワの娘、ゼフィの名に誓って宣言するにゃ!」


 キャノンは言葉を失い、ただ顔を引きつらせるだけ。

そんな王族を、リンカは恐れず強い意思の宿った青い瞳で捉えた。



「さぁ、殿下認めてください! ロイドさんこそが”勇者”! 魔女を倒し、アルビオンを守った英雄だと!」

「……すみません。今日はこれで失礼いたしますっ! リンカ殿は一人で聖王都へお戻りくださいっ!」


 そそくさと出ようするキャノンをリンカは呼び止める。

キャノンはまるで石化魔法にかかったかのように、足を止めた。


「なにをしようと、どんな企みを練ろうと無駄ですよ、キャノン殿下。私は陛下がお認めになった世界で唯一のSSランクです。謁見は自由にできます。この旨は近いうちに陛下へ直接申し上げます。私が信じる勇者はロイドさんただ一人だと。貴方が何と言おうと私は真実を叫び続けます! 貴方が為政者であろうと私は負けません! 決して屈しません!」


「……」


「そして誓います。ロイドさんと私が必ず魔神皇を倒します。世界を救って見せます! ”破邪の短刀”のような、人の命を弄ぶ最低な武器を二度と使わせないためにも!」

「ッ!? し、失礼する!」


 キャノンは逃げるように去ってゆく。

ただただ急な展開に、唖然とするしかないロイドなのだった。



●●●



  茜色の夕日が空を鮮やかに染め上げていた。

そろそろ目覚めの季節なのか、空気が温かく心地が良い。

穏やかな気候に包まれながら、小高い丘の上でロイドは、まるで少年のように膝を抱えて茫然と座っていた。

なんとか気持ちを落ち着けようと、煙草を吸っては吐く。

しかし全く、気持ちが落ち着かない。


 リンカが言い放ったロイドの”勇者宣言”は、これから先どんな影響を及ぼすのだろうか。

もはや想像の域を脱していて、渦中にありながら、この先は全く予想できなかった。


 そんなことを考えていた彼の背中へ、小さなが影が伸びて来る。

その影を見ただけで、後ろに現れたのがリンカだとロイドは一瞬で分かった。


「全く、無茶なことを言って……」

「……」

「リンカは、なんだ、その……やっぱり逞しいんだな」

「!」


 影がびくりと肩を震わせた。


「あ、いや、別に攻めてるわけじゃないんだ。なんとなくリンカはさっきみたいな”熱さ”ある子のような気はしていたからな」


 ロイドは立ち上がり、踵を返す。予想した通り、リンカは落ち込んだように俯いていた。

別に怒っているわけではないので、リンカの頭を撫でる。

ずっと不安げな様子だった彼女は顔を上げた。


「ありがとう」


 リンカの柔らかな髪の感触を感じながら、ロイドはようやく心を決めた。

リンカがロイドを想うように、彼もまた彼女をしっかりと想っていた。

もはや想いはとめどなく、現実がどうだろうと構わなかった。


 リンカの手は離さない。そしてこれからもリンカと共に道を歩んでゆく。

 二人で手を取り合って、支え合って。今まで通り、変わらず、これからも。


 それはきっと彼女も同じ想いの筈。


「あの、ロイドさん……」


 リンカは先ほどとはまるで別人のような、頼りなさげな声を上げた。

何を言いたいのかは、言われなくても分かっている。


「一緒にいるさ。これからもずっと。リンカの傍に」


 ロイドはリンカの肩を抱いた。


「……はい!」


 リンカは笑顔を浮かべて、弾むような声で応える。

 青い瞳がゆっくりと閉じられ、まるで花びらのように綺麗な唇が向けられてくる。この想いもまたお互い一緒だった。


「にゃふ!」

「わわ!?」


 と、間抜けな声と同時にどさりと茂みの中から二人が飛び出してきた。

 ロイドとリンカは揃って視線を移す。


「あはは~ども~」


 葉っぱだらけのオーキスは頬を赤らめながら苦笑いを浮かべて、


「こ、これはオーちゃんのせいにゃ! オーちゃんが気になるからって、見に来て、それで押してにゃね!」


 髪の間に小枝を刺したゼフィは眉を吊り上げ、叫んでいた。


「ひっどい! ゼフィが前のめりになってたんじゃん!」

「それをオーちゃんが押したにゃ! にゃんでじっとしてなかったにゃよ! せっかく良い雰囲気だったにゃに!」

「お、押してないって! あたしは今にも飛び出しそうなゼフィを止めようとしただけっ!」

「うわぁ! 人のせいにしたにゃ! オーちゃんひどいにゃ!」

「だからぁ!」


 そんなオーキスとゼフィの言い争いを見て、ロイドとリンカは揃って苦笑いを浮かべる。


「うみゃー! おみゃーらさっさとチューするにゃー! じゃにゃいと、この状況収まらないにゃー!」

「ちょ、ちょっとゼフィ! あーもう……! はい二人とも、さっさとしちゃいなさいよっ!」


 ロイドとリンカは互いに笑みを浮かべた。


 二人は再び向き合う。

ロイドは少し腰を屈め、彼女リンカは背伸びをする。

 互いの唇が触れ合って、熱を交わし合う。


 愛情のしっかり籠った、これからもずっと一緒にいるという誓いのキス。


 そして唇を離したリンカは満面の笑みを浮かべる。

そして華のように愛らし声で、凛とこう伝えてきた。


「ロイドさん、大好きです! 愛してますっ! これからもずっと、私がしわくちゃのお婆ちゃんになるまでずっと一緒に居てくださいねっ!」


 これぞ始まりの瞬間だった。


後に”聖王国唯一大魔導師”となる稀代の大魔法使い――リンカ=ラビアン


平民出身で聖王国最強の、そしてただ一人”鎚の聖勇者”――オーキス=メイガ―ビーム


流浪の民をまとめ、ビムガンのみの国”トリントン”を興した初代女王――ゼフィ=リバモワ


そんな英雄豪傑達を指揮し、陰ながら支え、魔神皇を打ち倒した――裏の勇者ロイド


聖王国2000年目の歴史。


その大きな礎となる物語の、幕開けの瞬間であった。




FIN



***



 これにて予定分の全ての掲載が終了しました!


 ここまでご覧いただき誠にありがとうございました!


 【近況ノート】にて、【あとがきに代えた本作のこぼれ話】を掲載しております。

もしよろしければご覧ください。


これまで追っていただいた方々へ――ありがとうございました。

皆様にご覧いただけたおかげで、完走することができました。本当に感謝です。

 もし本作を良いと思ってくださいましたら、評価や拡散などしていただけるとありがたく存じます。


 これから読み始めようと思っている方――本作は半日程度で読める作品です。

週末に映画を鑑賞するような、ちょっと軽めのゲームでも一本消化してみるか、といった感覚で読み始めてみてください。

よろしくお願いいたします。


 それでは二か月間、ご覧いただきありがとうございました!

またお会いしましょう!

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