第77話:100年越しの恋(END3)


「……」


 あらゆる想いが交錯してしまったロイドはかける言葉失う。

結局彼は踵を返して、その場から走り去ることしかできなかった。


 自分の情けなさを内に秘めながら、リンカから逃げるように。


 一人取り残されたリンカは、ただ茫然と立ち尽くすだけだった。



●●●



 サリスが消えた影響で、リンカの声にかかった呪いは解かれた。


 声を取り戻した偉大な魔法使いは己が与えられた使命に邁進する。


 精霊より与えられた天賦の魔法の才能。


 それを駆使して、リンカ=ラビアンという少女はただひたすらに戦い続けた。

しかし戦い続けたのは、世界のためでは無かった。


 ただ彼女は見せ、そして感じてほしかったのだ。


 世界のどこかで、今もきっと生きているだろう彼に。 

自分の存在を、今も元気に生きていることを知らしめるために。


共に過ごした時間は短かったけど、今でも彼への愛情は変わらなかった。


 苦難の末、リンカ=ラビアンは”聖勇者オーキス=メイガ―ビーム”と共に、魔神皇ライン・オルツタイラーゲを葬り去り、世界へ平和をもたらす。


 そして彼女は聖王国九大術士の筆頭に数えられるようになる。


 しかしそこからが更に苦難の連続であった。


 未だ魔法に固執する聖王国や、ゼフィの仲間である戦闘民族ビムガンとの対立。

リンカの才能を妬む人々の怨嗟。


 そんな中でもリンカは挫けずにあらゆることに立ち向かった。

数多の縁談も断って独身を貫き通し、魔法が使えない存在への救済にも奔走した。


 世界のどこかで今も自分のことを見てくれているだろうロイドに、いつ会っても恥ずかしは無い生き方をしてゆこう。そう想いながら。



――そして時は瞬く間に過ぎ去り、二人が別れてから100年程の月日が流れていた。



●●●



「大魔導師様、ここがあの方のいらっしゃる場所ですよ」


 親友に良く似た女王が、白い息を吐きながら優しく伝えてくる。


 第180代聖王:オーキス三世。


 魔神皇を倒した鎚の聖勇者オーキス=メイガ―ビームと彼女を支えた王族クゥエル=ジムを祖父母に持ち、世界の三分の一を治める強大なデンドロビウム朝を率いる若き女王は、今も昔も変わらず、祖母の親友で、幼い頃から慕っているリンカへの敬意を忘れていない。


「さっ、婆様。お手を出すにゃ」


 もう一人の親友に瓜二つの異民族の若き女族長が、骨と皮だけになった彼女の手を優しく取った。


 対立を乗り越え、今では”ビムガンのみの国:トリントン”を興した初代女王ゼフィの孫で、三代目女王のバニアン=リバモワ。

この名君もリンカはとても好きであった。

 バニアン自身も既に亡くなった祖母”ゼフィ”同様に、リンカのことを愛してやまなかった。


 既に目は殆ど見えず、一人でろくに歩くことも敵わない。


 聖王国唯一大魔導師リンカ=ラビアン。


そろそろ120歳を迎えようとしている老婆は、心だけは昔に戻って、ようやく再び巡り会えた”彼”へと触れる。


 粗末な墓石は冷たく、名前さえも刻まれていない。

海を臨む断崖にあるこの石が、いったいどれほどの人間が墓と気づくのだろうか。


しかしこの墓石の下にはあの”ロイド”がいるのだという。


 彼は既に40年も前に亡くなっていたのだった。


「ようやく会えましたね。探しましたよ。私のこと、見ていてくれましたか? 貴方が居なかったら今の私はここにはいません」


 しゃがれた声で語りかける。当然、返答はない。

それでも老いたリンカは言葉を続ける。


「この100年で世の中は大きく変わりましたよ。今ではロイドさんのように魔法が上手く使えない方でも、活躍できるようになりました。貴方がもしこの時代に生まれていれば、”真の勇者”も夢では無かったかもしれませんね」


 とは言いつつも、ロイドが勇者であるということは、リンカの中でずっと変わってはいなかった。


 いつも必ず、命を投げ出す覚悟で彼は来てくれた。


 そんなロイドは今でも、リンカにとっての【勇者】であった。

真の勇者は彼だけであった。



 不意にずっと冷たかった空気が温まった。

老いによって重くなっていた体が、久々に軽くなったように感じる。


 何故か骨の皮だけの老いた指先が瑞々しさを取り戻していた。

まるでかつて彼と暮らしていた時の自分に戻ったようだった。


「リンカ」


 後ろから誰かが彼女を呼ぶ。

振り返らずともわかった。

 忘れようもなかった。


 ずっと胸の奥にしまっていた想いが弾けて、リンカは立ち上がる。

そして記憶と寸分たがわない、ずっと会いたかった彼の胸へ飛び込んでゆく。


「ようやく会えました……」


 リンカは青く透き通る瞳を彼に向け、彼は困ったような、嬉しいような笑顔を浮かべた。


「これからはずっと一緒ですよ、ロイドさん!」


 100年越しの恋が実った瞬間だった。

 リンカは彼の腕の中で目を閉じ、そして深い眠りに就くのだった。





 おわり



***



*ちょっとお待ちを! 未だ終わりではありますせんっ! 個人的にはこの終わりは好きですけど。

まぁ、最終的にはハッピーかもしれませんが……100年は長すぎですよねぇ……。

明日をお待ちください。明日が真の最終回です。


ここまでリアルタイムで読んでいただいた皆様に感謝を込めて。


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