第74話:最後の選択(*選択肢あり)


復活した”東の魔女”倒される。


 邪悪を退け、聖王国第二の街アルビオンを救いしは、【三人のうら若き乙女達】である!



 平民出身ながら、その類稀なる才能を見出され”臨時の勇者”から【真の勇者】に任じられし――オーキス=メイガ―ビーム!


 ビムガン族の族長第一子であり、武勇を極めし戦乙女――ゼフィ=リバモワ!


 世界で唯一のSSランク認定を受け、更に精霊召喚を成功させた稀代の魔法使い――リンカ=ラビアン!


 




 東の魔女が倒されてから数日も経たないうちに、そんな速報が聖王国中を駆け巡った。


 国民はその速報を聞き、復活した魔神皇の討伐を、【三人の乙女】切望し、声を上げる。


 だが、国民は知らない。


 魔女を倒した勇敢なパーティーは三人ではなく、五人であったことを。


 誰もがモーラどころか、ロイドの存在さえも知らされていなかった。


 事実は都合の良い解釈で歪められ、真実は殆ど伝わらない。


 それは世の理。


 ありふれたことである。




●●●



 旅支度を済ませたロイドは立ち上がった。

そして半年もの間、世話になったリンカの家を跡にする。


 はたりと足を止め、踵を返す。

家はシンと静まり返っていた。

リンカが廊下の向こうから現れることはもう無い。


 東の魔女サリス=サイとの決戦を終えて、アルビオンへ戻ったロイドへ訪れたのは唐突な別れであった。



 リンカの転送魔法で、戻ったロイド達は待ち受けていた憲兵隊に取り囲まれる。

まずは重傷を負ったオーキスとゼフィがどこかへ連れて行かれる。

そして何故か、リンカまでもが聖王第二子キャノン=ジムによって、どこかへ連れ去られる。


 すると憲兵隊は途端、興味を無くたように、ロイドとモーラを残して去ってゆく。

全ては一瞬の出来事で、ついさっきまでの東の魔女との戦いが夢だったかのように感じられたロイドだった。


 そして早速翌日より喧伝され始めた【東の魔女を倒した三人の乙女】の話。

そこにロイドとモーラの存在は微塵も書かれてはいなかった無かった。

 

 これが第二皇子キャノンが最初から想定していた筋書きであるとロイドは思った。



 確かにどこの馬の骨ともわからないロイドを褒め称えてもあまり意味は無い。

それならば平民出身で、見た目も美しく、まだ若いオーキスを主人公に据えた方が格好が良い。

国民が魔神皇の恐怖に怯えている今だからこそ、そうした話題性は重要だと思う。


 さらにそうすれば、幾らリンカが招聘に応じざるを得ない状況へ追い込める。

実際、巷ではリンカへ期待を寄せる声が多く叫ばれている。


 聖王国の未来を見据えた時、例え真実が闇に葬られようとも、現状を考えれば仕方の無いこと。

 ロイドへはキャノン太子が約束した通り、彼自身がおいそれと手にできない金額の金が実際に支払われてはいる。


 金が支払われている以上、真実を騒ぎ立てる訳には行かない。

自分が真の主役だったと叫び、皇子の嘘を騒いだところで混乱しか生み出さない。

なによりもそうすることがが凄くカッコ悪く、情けない行為だとロイドは思っていた。


 もはやこの状況ではリンカとの生活は望めない。

これが潮時。

 彼は彼の、彼女は彼女の、それぞれの道を歩むべき時。


 だからこそロイドは再び旅立つことを決意した。

互いのいるべきところへ戻る時であった。


そしてロイドはアルビオンを出る前に、大図書館へと向かっていった。


「モーラ……? ああ、閉架書庫係の。彼女でしたら先週付で退職しましたよ? ずっと休学していた魔法学院へあの歳で戻るっていってましたっけ? 魔法ってホントお金かかりますよねぇー」


 お喋りな雰囲気の職員は、余計なことまで含め、そう答えた。


 どうやらモーラへもロイド同様、口封じを含めた相応の金が支払われていたらしい。

その金を使ってモーラもまた新しい道を進む決断をしていたのだった。


「そうですか。わざわざ教えてくれてありがとうございました」


 ロイドはそう礼を言って、大図書館を跡にしたのだった。

試しに馴染みの娼館へも問い合わせてみたところ、ニーナは仕事を辞めたことが告げられる。

 恐らくはもう二度と会うことは無いだろう彼女の幸せを祈りつつ、ロイドは歩き続ける。


(オーキスとゼフィはどうするか……)


 立派な治癒院の前に至ってロイドは一度そう考えた。

 オーキスとゼフィにも世話になった。別れを告げたいとは思っていた。

しかし二人は思いのほか重傷で、未だにこの治癒院にいるのだという。

きっと二人はロイドの来訪を喜んでくれるだろが、無理はさせたくない。

それに【三人の乙女】の件もあり、少々顔を合わせずらいというのもある。


「二人とも、元気でな。頑張れよ」

「よぉ! 何ぶつぶつ一人で呟いてんだよ?」


 親友で憲兵のジールが、治癒院から出て来て、声を掛けてくる。

彼は今、入院中のオーキスの身辺警護をしているらしい。


「いや、なんでも」

「……そか。また旅に出るのか?」

「ああ」

「宛はあるのか?」

「とりあえず金はあるからな。暫くは気ままに行くさ」

「……そか。まぁ、無茶すんじゃねぇぞ」


 ジールは何かを言いたげだった。しかしロイドの意思を分かってくれたのか、口を噤む。

 ロイドは踵を返して手を上げ、挨拶をする。

そして壁外へ向けて、歩を進めて行く。


 東の魔女によって一時は混乱していたアルビオンも、復興へ向けて活気を取り戻している。


 そんな中をロイドが歩いても、彼がまるでどこにでもある、ありふれた小石のように興味を示さず過ってゆく。

実はこの街を救い、悲しみの中魔女を倒したのがロイドであるということも知らずに。

居心地の悪さを感じたロイドは足早に城壁を潜り、静かな街道を歩み始める。



「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 荒い息遣いと足音が背中に響く。

服の裾を誰かが摘み、そして引く。


 振り返らずとも気配だけで、それが誰なのかは分かっていた。

分からない筈が無かった。


「リンカ、離してくれ。契約は終了だ。もう君と俺が一緒にいる必要は無い」


 敢えて冷徹に、突き放すように、しかし胸に強い痛みを覚えながら言葉を吐き出した。

それでも背中に感じる気配は消えなかった。

更に裾が強く引かれるばかり。


(全くこの子は……)


 この子はどこか頑ななところがあったと思い出す。

未だ胸の内に想いは燻ぶっている。

だが、それが叶うことはもうない。

どんなに望んでも、彼女は今の世界に必要とされる稀代の魔法使いで、ロイドは所詮Cランク冒険者。

 これまでのことは全て夢で、今こそ、その夢から覚める時。


 ロイドは思い切り踵を返した。

摘ままれていた裾を無理やり引きはがす。

 すると強い意思を宿して輝く、青い宝石のような瞳がロイドを一杯に写していた。


「――ッ!?」


 言葉が塞がれ、目の前では黄金の髪がさらりと揺れている。

互いの前歯がかつんと当たり、唇には柔らかな感触を覚える。


 拙く、幼い、しかしきちんと愛情の籠ったキス。

 リンカの緩やかで暖かな吐息が僅かに吹き込まれて、胸を熱くする。


 やがてリンカはロイドの唇から離れ、そして再び青い瞳で彼を見上げた。


「リンカ……」

「……」


 リンカは静かに彼を見上げ、何も答えない。

 彼女は想いを伝えて来た。

だからこそ、今度は彼が応える番。


 例え齢が離れていようとも、立場が全然違おうとも、言葉が無くとも、気持ちは通じ合っている。


リンカは彼を想い、ロイドもまた彼女を強く想い欲している。


 何か答えなければならない。

ロイドは気持ちを決め、そしてこういった。



■分岐■



 お好みのエンディングへお進みください。全て読んでも支障はありません。



「俺はリンカが好きだ。だけどお前はお前の道を行け!」(第75部:それぞれの道 END1)


「俺もリンカが好きだ。だからこれからも一緒に居てくれ。頼む……」(第76部:穏やかな日々をもう一度 END2)


「……」(第77部:100年越しの恋 END3)

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