第72話:破邪の短刀


 其処とうのうえはまさに、奈落の底と言わんばかりの凄惨さであった。

大量の死霊リビングデットと影の魔物:ザンゲツが所狭しと群がり、髑髏英雄の大剣と、髑髏魔導士の魔法が猛威を振るっている。


「うにゃー! はぁ……はぁ……はぁ!」


 ゼフィは、息を切らしながらも、必死に体術で群がる闇の勢力を退けて居た。

しかし度重なった戦いは彼女の体力を確実に奪い、動きは精彩を欠いている。

必死に拳を振り、近づけまいとしていたが、一匹の死霊がゼフィの肩へ喰らい付いた。


「は、離すにゃぁ! ゾンビなんかに群がられても嬉しくな……あくっ!」

「ゼフィっ!」


 オーキスはメイスでゼフィの肩に喰らい付いていた死霊の頭を叩き潰す。

彼女は腐った脳漿が降りかかろうとも、赤黒い血で衣装が汚れようとも、構わずメイスを打ち続ける。

そして息も絶え絶えな様子で、ゼフィに群がっていた死霊を全て叩き潰したのだった。


「た、助かったにゃ。さすが姉妹……へへっ……」

「こんな時までゼフィは全く……」


 オーキスはゼフィの軽口を聞いて、僅かに安堵の息を漏らす。

ゼフィも苦痛で顔を歪めながらも笑って見せた。


「嫌かにゃ?」

「まぁ、あたし達を繋げたのがステイだったのは気に入らないけど、ゼフィのことは好きだからね?」

「愛の告白にゃ! 男前なオーちゃんなら女の子でも大歓迎にゃ!」

「バカ言ってないで行くよ、ゼフィ!」

「ガッテンにゃ!」


 オーキスとゼフィは、同時に飛び出した。

立ち向かったのは目前で勇壮に大剣を構える髑髏英雄スカルヒーロー

 肋骨の間には、先刻のように呻きを上げながら、コアとして取り込まれてしまった人の姿がうかがえる。


 囚われの人々はいずれも、何度かパーティーを組んだり、共に切磋琢磨した冒険者ばかり。

オーキスとゼフィは東の魔女の悪行へ共に不快感を抱き、彼らを救う使命を胸に焼き付ける。


「きゃっ!!」


 そんなオーキスの背中を、ザンゲツの爪が切り裂き、足を止めさせた。


「オーちゃんに手を出すなぁ! うにゃー!」


 ゼフィは怒りの声を上げて、ザンゲツを回し蹴りで霧散させる。

刹那、頭上から黒々とした影が落ち、背筋が凍り付く。


 髑髏英雄(スカルヒーロー)は大剣を大きく、振りかぶり今まさにオーキスとゼフィを叩き切らんとしている。


「ホーリーヒール!」

「UGAAAAA!!」


 聖なる鍵たる言葉がモーラの声に乗り、オーキスとゼフィの周囲にいた不死魔物アンデットへ、光の雨を降らせた。

癒しの力は闇の軍勢を焼き、昇華を促してゆく。

バタバタと魔物が崩れ、道が開ける。


「リンカさん! 今です!」

「!!」


 開けた道の向こうに、漆黒の翼を生やし、銀の髪を炎のように逆立てる”東の魔女サリス”の姿を確認したリンカは羊皮紙を掲げた。

 一部がまだ少したどたどしい神代文字が光り輝き、羊皮紙を燃焼させる。

発動されたのは光属性における上位魔法の一つ【レイ・ソーラ】


「ぎゃあぁぁぁぁ!」

「や、やった!」


 眩い光柱が頭上からサリスを撃ち、オーキスは歓喜の声を上げた。

 サリスの黒の翼が燃え、白磁の肌が激しい閃光によって焼けただれた。

肉が焦げ、ずるりと落ちてゆく。


「あは!……なーんちゃって! 有利属性でも無駄だよ?」


 サリスから赤紫の輝きが発せられ、リンカの呼び起こした光の柱をあっという間にかき消した。

激しい圧力はリンカたちは元より、周囲にいた眷属さえも、この葉のように吹き飛ばす。


「だって今のワタシは東の魔女。死をも超越してる凄い存在なんだから! 魔神皇もメロメロな、強くて美しいサリス様なんだからぁ!」


 サリスの背に生える焼け落ちた漆黒の翼が瞬時に再生し、肌はまるで何事も無かったかのような艶を取り戻す。

すっかり元通りに再生したサリスは鋭い眼差しで、リンカを睨んだ。


「死ね! リンカ、お前は特に!!」


 サリスは赤黒い雲へ冷たい籠手に覆われた右腕を突き上げた。

籠手から赤紫色をした妖光が花火のように打ち上げる。

すぐさま雲の中にいくつも瞬きが浮かんだ。


「一人残らず消滅しろぉ! 小星屑之記憶プティ・スターダストメモリー!」


 雲を引き裂き、真っ黒な流星群が降り注ぐ。


 流星群は敵味方を問わず激しく降りしきり、リンカ達をその場へ釘づける。

リンカは流星群と闇の軍勢の中を駆け抜けながら、必死に羊皮紙へ祝詞を記述してゆく。


「――ッ!?」


 そんな彼女の前に立ちふさがった髑髏英雄スカルヒーローは大剣を振り上げ、リンカへ黒い影を落とす。


「おおっ!!」


 ようやくリンカの元に達したロイドは肩を横から激しくぶつけて、髑髏英雄を突き飛ばす。

そして体勢を崩した敵へ向けて、肋骨を砕いて拳を叩きこむ。

サリスにへし折られたブライトセイバーの刃が、ロイドの少ない魔力を浴びて荘厳な輝きを放つ。


 肋骨の奥にいた無残な元冒険者は輝剣の聖なる輝きを浴びて悲鳴を上げながら絶命する。

髑髏英雄はがらがらと音を立てながら崩れ去るのだった。


「大丈夫か?」

「!」


 リンカは頷いて見せる。しかし表情は硬い。


 以前、黒い流星が降りしきり、辺りは東の魔女の眷属が犇めいていた。

全く数が減る気配が感じられなかった。

 まるで遂さっき、見事な連携で撃退したロムソとの戦いが幻だったかのようにさえ思えてしまった。


「先生、ワタシの用意した”勇者ごっこ”はどうだったぁ?」


 サリスは黒い翼を羽ばたかせ、ロイドを睥睨しながら、甘い声を上げていた。


「楽しかったでしょ? 念願をかなえられて良かったでしょ? 先生のために用意したんだから。貴方に喜んで貰いたくて一生懸命、色んな展開を考えたんだからぁ!」


 サリスの身体から再び赤紫の力が発せられ、石の床へ落ちた。

それは瞬時に広がり、激しい輝きを放つ。

 現れたのは東の魔女の乗り物――先ほど撃退した魔竜ロムソ。


 ロムソはゆっくりと歩行を始め、死霊を踏みつぶしながら、迫ってくる。


「まぁ、道中で一人ぐらいは死んでさ、ちょっといい感じの演出になると思ったんだけどねぇ……これがワタシの本番。どうあがいても先生たちは魔神皇もメロメロなサリス様を止められない! さぁ、邪魔な奴はさっさと死んで! 早くワタシと先生を二人きりにして! あはは!!」


 これまでの戦いはサリスの筋書き通りだったらしい。

彼女が用意した舞台の上で踊らされていただけだった。

全ては魔女の思惑通りに事が運んでしまっていた。

 しかしそれでも立ち止まる訳には行かず、ロイドは唯一の武器である折れたブライトセイバーを手に、懸命に戦い続ける。



「こ、これはちょっときついかな、ゼフィ……?」


 オーキスは血の滲む脇腹を押さえつつ、それでも未だ余裕があるのを装って笑みを浮かべる。


「なに弱音吐いているにゃ……そんなこと言う暇あったら魔法の一つでも吐いて魔物を一匹でも多く倒すにゃ……」


 ゼフィもまた骨折で動かなくなった左腕をだらんと垂らしながらも、右腕を凛々しく構え、迫りくる死霊へ対峙していた。


「そだね……そうだよね! アースソード!」


 オーキスとゼフィは例え満身創痍であろうとも、果敢に闇の軍勢へ向かって行く。

諦めたらそこが最後。

 その矜持きょうじに従って、元勇者パーティーの二人は命を燃やして必死に戦い続ける。


「リンカさん、早く! も、もう持ちません!」


 モーラは必死にプロテクションを張りながら声を上げた。

その後ろではリンカが羊皮紙へ文字を書き綴る。

 書き終えた羊皮紙を光の壁の向こう側へ放り投げる。

 神代文字が輝き、そして群がる闇の軍勢の頭上へ、神々しく輝く巨大な”光の十字”が出現した。


 光属性の上位かつ広域殲滅が可能な超級魔法――”神之十字ゴッドクロス


 聖王国の九大術士でも発動が困難な殲滅魔法は、数多の闇の軍勢を押し潰し、その輝きを持って、闇の軍勢を綺麗に消し去る。

 ほんの数瞬、塔の上へは静寂が訪れた。

しかしすぐさま石の床が赤紫の輝きを放って、新たな闇の軍勢が姿を現す。

 リンカは歯噛みしつつも、ふたたび羊皮紙へ神代文字を書き殴り始める。


 既に皆は満身創痍であった。

幾ら精鋭の五人であろうとも、敵は無尽蔵、支配者ボスは不死であった。


「さぁ、先生! 一緒に星の屑が降り注いで、崩壊するアルビオンを眺めよう? 破滅を前に激しく愛し合おう? ワタシはずっと先生の傍に居て上げる。貴方が朽ち果てるその瞬間まで! これからはワタシがあなたを食べさせてあげるからぁ! せんせぇー!!」


 サリスは再度、赤紫の魔力を頭上の雲へ撃ちこんだ。

先ほどよりも強い瞬きが起こり、死の雨の予兆が訪れる。


 このまま手をこまねいていては全滅は必至であると、ロイドは考えた。

現状ではただサリスに蹂躙されるのを待つだけだと感じた。

だからこそ、今が”その時”だと彼は思った。

 その時のために、自分がここにいるのだと痛感した。



(所詮、俺はこの世界にとってはやはり、とても小さな捨て石の一つに過ぎないんだ)




 大勢の中の小さな一人。


 何も目立ったところの無い、埋もれてしまえばあっという間に忘れ去られてしまう、本当に小さな存在。


 消えたところで世界への影響は殆どない。


 ただ歴史や社会といった大河の中を流れるだけ。


 小石が流れに刻む波紋など、あっという間に消え去ってしまう。


 結局世界や社会を動かすのは、大きな存在である。


 そしてロイドは、自分がそんな大きな存在ではないことくらい自覚はしている。


 そんな彼だからこそ、使命を与えられた。


 だからこそ選ばれた。


 ようやく託された意味が、ここに至って分かった。


 それが今、このような場に、自分という唾棄しても良い存在が居る理由。


 例え小さな石ころであっても、使いどころはある。


 今、この瞬間ならば、矮小な存在であるロイドでもできることがある。




 ロイドは使うまいとずっと懐に忍ばせていた、短刀を取り出す。

それは出立の際に、聖王国第二皇子キャノン=ジムより託された“破邪の短刀”

どこかリンカがいつも大事そうに磨いていた奇妙な短刀と同じ思えるソレ。


 ロイドは手にした立派な短刀の柄をぎゅっと握りしめる。

そして迷うことなく鞘から刃をを抜き放った。


「――ッ!?」


 刹那、刃が眩い輝きを放った。同時にロイドは激しい不快感を身体に覚えた。

光が勢いを増すたびに身体の不快感が高まり、意識が朦朧とする。何か大事なものをこの短刀に吸われているのだと直感した。

その大事なもの――それは自らの“命”であると感覚で分かった。


 これが矮小な存在であろうとも、強大な邪悪を打ち倒せる“破邪の力”

 文字通り、命を賭する必滅の法。第二皇子キャノンがロイドを“勇者”に選んだ意味。


(今さら何も言うまい……これが俺のやるべきことだ!)


ロイドは命の輝きを手に、思いきり地を蹴った。


「!?」


 ロイドは去り際に今までの礼を込めて、リンカの頭をポンと撫でた。

リンカの視線を背に受けつつ彼は真っ直ぐと突き進む。


 目前を数多の闇の眷属が塞いだ。


「退けぇぇぇ!!」

「UGAOOO!!」


 しかし、ロイドの命の輝きは死霊をザンゲツを、難敵とされる髑髏英雄や髑髏魔導師をも、一瞬で塵へと変え道を開ける。


「サリスっ!」


 ロイドは全ての力を”加速アクセル”と”増幅ブースト”の魔法に注ぎ込む。

身体が一気に軽くなり、短刀を突き出しながらロイドは高く飛んだ。


「そんなに俺がお望みなら、一緒に居てやる。ずっとな!」


 ようやくロイドの接近に気付いたサリスが、翼をはばたかせ視線を飛ばすが、時すでに遅し。

眩い命の輝きがサリスを照らし出す。


「――っ!? ぎゃあぁぁぁぁ!」


 破邪の短刀がサリスの腹を貫き、彼女は絶叫を上げた。

東の邪悪な魔女は悲鳴を上げながら空から落ちてゆく。

 ロイドもまたサリスの腹へ輝く短刀を必死に突き立てたまま、落下してゆくのだった。

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