第68話:子宮での恋
「どうだ? 破れそうか?」
「すみません。難しいようです……」
ロイドの問いに、モーラはため息交じりに答えた。
数多の敵を退け、ようやく”東の塔”の入口に達したロイドたち。
しかし、塔へ続く扉には結界の類が掛けられていた。
そうした解除は白呪術の範疇である。一党で唯一の白呪術を行使するモーラでダメならば、他の誰がこの扉を開けることができようか。
(サリスの奴、一体何を企んでいるんだ……?)
魔塔の主、東の魔女となったサリスがロイドを誘っているのは明白。
だからこそ開かない扉にロイドは一抹の不安を覚える。
「ねぇ、おじさんもしかしてアレをなんとかしないとダメなんじゃないか?」
オーキスが指さす先には、別の塔が建っていた。
反対側にも同じような塔があり、東の魔塔を頂点に三角形を描いているような気がする。
「ですね。塔の入り口はどこか別の場所の力によって封じられているのかもしれません。でしたらこの強固さの説明ができます」
「ふむ……」
今すぐ突入できないならば、怪しげな塔を一つずつ調べるしか道はなさそうだった。
「なぁなぁおっちゃん、ちょっとアレ、まずくないかにゃ?」
ゼフィが指し示した先にはアルビオンがあり、その上には濃密な黒雲が立ち込めている。
その中に、この距離からでもはっきりとわかるほどの、瞬きが見えた。
どうやら設置された広域殲滅魔法”
「仕方あるまい。ここはパーティーを二つに割って、各個塔を調査しよう」
生存率が低下するが、時間が無いため、仕方のない判断だった。
それは一党も分かっているようで、反論は無い。
「オーキス、君を中心にリンカとモーラは左の塔へ向かってくれ」
「わかった。リンカとモーラさんの力を借りつつ、あたしが物理で守れば良いんでしょ?」
「ああ。察しが良くて助かる」
「まぁ、これでも一応”元・勇者パーティー”のメンバーですから!」
オーキスは薄い胸を張って、頼もしい答えを返してきてくれる。
「じゃあ、僕はおっちゃんとにゃね?」
「ああ。よろしく頼む」
「任せるにゃ! おっちゃんの背中は僕が守ってあげるにゃよ!」
ステイのパーティーにいた頃から、ゼフィだけは唯一ロイドのことを気にかけて、いつも明るく振舞ってくれたと思い出す。
「では皆、またここで合流しよう!」
ロイドたちはそれぞれの無事を祈り合いつつ、分かれて進む。
ロイドとゼフィは右の魔塔へと駆けて行った。
●●●
ロイドとゼフィは右の塔へ達し、扉を押す。
容易に扉は開かれ、そして濃密な瘴気がロイドの肌を撫でた。
予想通り塔の内部には数多の死霊やゾンビ、更にはスケルトンさえいる始末。
その奥に上へと続いている螺旋階段が見えた。
「あの階段まで一気に行くぞ!」
「はいにゃ!」
ロイドは輝剣を、ゼフィはオリハルコン製のメリケンサックを強く握りしめた。
「
律義に魔物にまで礼を尽くす姿こそ、戦闘民族ビムガンの誇り。
しかし礼を尽くした後に発せられたのは、鮮やかな蹴りであった。
ゼフィの蹴りは風をも巻き起こし、死霊を切り裂いて、ザンゲツを霧散させる。
更に彼女は豊満な胸を揺らしつつ、鋭い拳筋で、敵を駆逐してゆく。
見事で鮮やかな戦いぶり――さすがはAランクの武闘家。
(俺も負けていられないな!)
ロイドも光り輝く剣で、敵を殲滅し続ける。
目の前に集っていた軍勢はあっという間に退けられ、ロイドとゼフィは螺旋階段へ足を付けた。
「おっちゃん、物理攻撃に関してはSランクにゃね!」
先行するゼフィは、上階から現れるスケルトンを蹴り飛ばす。
「剣ぐらいしかできることが無かったからな!」
ロイドはゼフィの打ち漏らしを剣で切り裂き、階下へ突き落す。
「世が世ならおっちゃん、もっといい想いできたかもしれにゃいね」
「そうか?」
「そうにゃ! だって今の世の中は、何かにつけて魔法にゃ! ただ魔法が使えないってだけで、全然認めてくれない世の中にゃ!」
確かにゼフィのいうことは最もだった。
彼女自身も、身のこなしをみるだけで、圧倒的な戦士であると言い切れる。
だがそれでも彼女はAランク。体術に優れていようとも、Sランク昇段の要件である、光/闇属性魔法の行使ができなければ認められない。
「僕のAランクだって、これは聖王が
テンションが上がっているのか、今日のゼフィはいつも以上に饒舌で、動きが良く、見ているだけで心躍るものがあった。
なによりも初めて知ったゼフィの身の上に、どこか自分と近いものを覚えたロイドは、ゼフィに目を奪われる。
確かにビムガン族の多くがその特性を生かして、武闘家や拳士を選択するが、その殆どがBからDまでの間に広く分布している。
戦闘民族ビムガンは流浪の民であり、依頼があらば、どこの戦場へでも駆けつける傭兵団の側面もあった。
きっと聖王はビムガンを敵に回さないために、魔法が使えないゼフィを”Aランク”に任命して、機嫌を伺ったのだろう。
だからこそゼフィだけは、ステイのパーティーにロイドが居た時、普通に接してくれていたのだと改めて思い知る。
やがて二人は螺旋階段を昇り切った。
巨大なホールの向こう側には禍々しい扉が聳えている。
この先に何かがあるとロイドは気取った。
「なぁ、おっちゃん。もしかしてモーラは、おっちゃんの昔の恋人かなにかなのかにゃ?」
「な、なんだ、藪から棒に」
「良いから答えるにゃ!」
ゼフィの声にロイドは妙な迫力を感じ、気圧されてしまう。
「ち、違うが……」
「じゃあ何にゃ?」
「何って……」
「とぼけてもダメにゃ! おっちゃん、モーラとはすることしてるにゃよね!? おっちゃんとモーラが一緒にいる時、雄と雌の匂いがするにゃ! ビムガンはそういうことに敏感にゃ!」
「う、むぅ……」
まさかモーラが”ニーナ”という源氏名の娼婦であるなど、ロイドの口からは言えようもない。
「もしかして、モーラはあれかにゃ? おっちゃんがお金を払って、そういうことをして貰ってた相手かにゃ?」
「むぅ……」
「そっかにゃ……」
気が付いた時には、ロイドの視界にゼフィはいなかった。
代わりに感じた柔らかい胸の感触。
「ゼ、ゼフィ……? どうかしたのか……?」
ロイドはおっかなびっくり、正面から思い切り抱き着いてきたゼフィへ聞く。
「じゃあ、おっちゃんは……ロイドは僕にお金を払えば抱いてくれるのかにゃ? お金が間に入れば気兼ねなくできるかにゃ?」
ゼフィは切なげな声で聴いてくる。これまでゼフィの誘いを、冗談だと思って受け流していたことへの罪悪感が湧き起こった。
「い、いや、そういう訳では……」
「嘘にゃ、冗談にゃ。お金にゃんて、いらないにゃよ。でもロイドに抱いてほしいのは本当にゃよ」
ゼフィは更に身体を押し当てて来た。柔らかい彼女の感触が伝わり、ロイドの頭は蕩けて行く。
「ロイドは、僕たち”ビムガン”が【不浄の一族】なんて陰では言われてること知ってるかにゃ?」
「あ、ああ……」
「人間からみれば貞操観念が違う僕たちは汚れてみえるにゃもね。でも、これが僕たち”ビムガン”にゃ。僕たちは、特にビムガンの女は、一族の継続と繁栄を担ってるのにゃ。住処の無い流浪の民だからこそ、より強い遺伝子を常に求めてるのにゃ。だから僕たちは、”子宮で恋をする”のにゃ」
「だが、俺はようやくCランクになった、どうしようもない冒険者なんだぞ? 俺の遺伝子など……」
「そんなことないにゃ!」
ゼフィは声を荒げ、金色の瞳でロイドを見上げる。
彼はまるで金縛りにあったかのように口を噤んだ。
「冒険者格付けにゃんて聖王国が、自分たちに都合が良いように設けた資格でしかないにゃ! ロイドは実は凄い奴にゃ! ステイのところにいた時から、なんとなく感じてたにゃ! 再会して元気ににゃったロイドを見て、僕の子宮が疼いたにゃ! 僕はロイドの種が欲しい。欲しくて、欲しくて堪らないのにゃ! 僕はロイドの遺伝子を引き継ぐために生まれたって想うのにゃ!」
まっすぐなゼフィの想いが、ロイドの胸に突き刺さった。
切なげなゼフィの瞳を見れば、今の言葉が本気であるなど容易にわかる。
しかしだからと言って、すぐさま首肯するのが憚られたのは、一重に”リンカ”の姿が彼の脳裏に合ったからだった。
「リンカちゃんを裏切りたくない気持ちもわかるにゃ。だけどまだ二人は想いを通じ合わせてないにゃよね?」
ロイドの気持ちなどお見通しのようにゼフィは努めて柔らかく問いかけて来た。
甘く、囁くようなゼフィの声に、ロイドの胸は高鳴る。
「だったらその前だったら……僕、一生懸命頑張るにゃ。一回だけ良いにゃ! ロイドを独り占めさせて欲しいのにゃ。ロイドが欲しいのにゃ! お願いにゃ!」
「……」
「やっぱりダメかにゃ……」
ゼフィの頭から生えた三角の耳が、力なく萎れる。
このまま突き放すことはできる。
たとえ真摯な想いを退けても、ゼフィは気持ちを押さえて、いつものように振舞ってくれるだろう。
しかし心には影が落ちてしまうかもしれない。
命を懸けた決戦であるのに、余計なことを考えさせてしまうかもしれない。
それが最悪の結果を招いてしまうかもしれない。
そんな可能性があるのはわかっていた。だが、それでも――
「ありがとうゼフィ。想ってくれて嬉しい……だが、すまん。君の期待には応えられない。絶対に」
「……やっぱ、おっちゃんは良い男にゃ」
ゼフィは自ら、ゆるりとロイドの胸から離れてゆく。
「おっちゃん全然ぶれないにゃ。おっちゃんは、ロイドは体も心もとっても強いにゃ。にゃから僕は……正直、リンカちゃんがうらやましいにゃ……こんにゃにまでロイドに想われてて……」
「ゼフィ、お前……」
”パチンっ!”と、甲高い音が鳴り響く。
ゼフィは両手で自分の頬を打つ。彼女の瞳に、戦士の力強さが戻った。
「妙なこと言ってごめんにゃ! お話ここまで! さぁ、行くにゃ!」
「……ああ!」
健気なゼフィの気持ちに、全く心が動かなかったわけではなかった。
もしもリンカに出会うよりも早く、ゼフィの真意に気づいていたのなら、彼女の真摯な想いを迷わず受け止めていただろう。
今とは違った生き方をしていたかもしれない。ロイドはそう思うのだった。
「さぁ、行くぞゼフィ」
「はいにゃ!」
二人は互いに身体を離し、禍々しい扉に対峙した。
重苦しい音を響かせながら扉を押し開ける。
途端、今まで以上に濃密な瘴気がロイドの肌を撫でた。
ホールの壁に据えられた松明が、青白く不気味な灯が手前から奥へ走ってゆく。
最奥には祭壇のようなものが見え、そしてそれを守るように立ちはだかる邪悪な存在を認めた。
「KUKAKAKA!!」
死した魔法使いの成れの果て。活きる屍と化した魔法使いは骨だけになった体を真っ赤なローブで覆い、杖を翳しながら、せわしなく顎を鳴らす。
危険種と認定されている魔物――【
「たぶんアイツが
「あの祭壇が怪しいな」
「そうにゃね!」
「やるぞ、ゼフィ!」
「はいにゃ!」
ロイドは輝剣を、ゼフィはメリケンサックを強く握り締め、スカルウィザードへ向けて走り出す。
するとスカルウィザードは杖を掲げて魔力を発した。
何もなかったホールの床へ妖艶な輝きが迸り、生えるように次々と【スケルトン】が姿を現した。
あっという間にホールへ大量に現れたスケルトンによって、スカルウィザードと祭壇が覆い隠された。
「道を開けるにゃ! 雑魚が何匹集まっても、僕は止めらないのにゃ!」
ゼフィの鋭く重い拳がスケルトンの肋骨を叩き割り、粉々に打ち砕く。
既に彼女の脚は銀色の輝きを帯びていた。
「
ゼフィが銀色に輝く足を振り上げれば、球のような衝撃波がけり出された。
荘厳な輝きを帯びるソレは、目前を塞ぐスケルトンの大群を盛大に吹っ飛ばす。
更に風圧は最奥に構えるスカルウィザードでさえ、その場に釘づける。
「続けて!
緑の輝きを纏ったゼフィの拳が放たれた。
拳はスカルぃザードが纏う”物理耐性の障壁”を叩いた。
障壁はまるでガラスのように砕け散る。
「ロイド! 今にゃ!」
「おおっ!!」
飛び出したロイドは金色の輝きを帯びたブライトセイバーの刃をスカルウィザードへ過らせる。
同時に召喚されたスケルトンも、バラバラと崩れ始めるのだった。
残ったのは禍々しい祭壇だけ。
「うみゃー!」
ゼフィの回し蹴りが禍々しい祭壇を突き崩す。
すると、祭壇が輝きを失い、ホールを照らし出す灯が勢いを弱らせた。
(おそらく、これで東の塔には何か変化が起こる筈だ)
そんなことを考えていたロイドへ、なぜかゼフィはまっすぐと駆けてくる。
彼女はまるで敵陣へ突っ込むように飛び――
「――なっ!?」
ロイドは頬へゼフィの柔らかな唇の感触を得てたじろぐ。
するとゼフィは”にゃひひ”と悪戯っぽい笑みを浮かべながら、彼らから離れた。
「今はこれくらいで済ませてやるにゃ」
「は?」
「落ちないにゃら、落とすまでにゃ! 僕たちビムガンは攻めの民族にゃ。にゃから僕は、いつかロイドを僕の身体で骨抜きにしてやるにゃ!」
「なら俺は何度でも退ける。負けないからな」
ロイドは剣を、ゼフィはメリケンサックを互いに突き出す。
心地よい金音が響き渡った。
「戻ろう、ゼフィ」
「はいにゃ! おっちゃん!!」
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