第66話:ダイヤモンドクロス
「一つだけ約束して欲しい。もしも自分自身に命の危険が迫った時は、何があろうとも引き下がることを。これは”勇者”としての命令だ。良いな?」
朝焼けに燃えるアルビオンの城門前で、ロイドは集った仲間達へ最後の念を押す。
「はいにゃ!」
真っ先にゼフィは豊満な胸を揺らしながら応答し、
「うん、分かった!」
オーキスも素直に受け取ってくれる。
「承知しました。ですが、それは勇者殿もですよ?」
モーラは笑みを浮かべつつ、念を押した。
リンカはコクンと頷いて、宝石のような青い瞳でロイドを見上げる。
信頼と、信用と、そして心配がありありと伺い知れた。
リンカとモーラの気持ちを受け、ロイドは胸を熱くする。
「分かった。俺も約束する」
「それじゃ俺達アルビオン憲兵隊はどうしましょうか、勇者殿?」
ロイドの脇に控えていた友人で、憲兵隊の隊長であるジールが聞いてきた。
モーラと同じく敢えて”勇者”といういう辺りが、彼らしい。
「ジールと憲兵隊にはアルビオンの徹底防衛を頼みたい。後顧の憂いなく突き進めるからな」
「了解した。任されよう! 代わりに平和を頼むぜ、勇者ロイド殿!」
「ああ!」
ロイドとジールは拳を突き合わせ、誓いを立てる。
そんなロイドへモーラは”強壮薬”の入った魔法の小瓶を手渡してきた。
同じものが次々とゼフィや、オーキス、そしてリンカに配られる。
パーティーメンバーに、強壮薬が行き渡ったのを確認をロイドは、真っ先に金具で繋がれた瓶を蓋をあけ放つ。
「我らが願うは偉大なる聖王陛下がお治めとなる聖王国と、その民の平和! 共に魔女を倒そうぞ、
「「「オオオォーッ!!」」
ロイドが瓶を掲げ、一党が瓶をぶつけ合って、甲高い音を鳴らす。
一気に飲み干した強壮薬は、熱となって全身に行き渡り、身体に宿る魂を熱く燃え滾らせた。
「出陣だ! いくぞぉ!」
ロイドの勇ましい声を受け、アルビオンの城門に集った数多の憲兵隊は、まるで彼の軍かのように、割れんばかりの勝どきを上げる。
「やるよ、リンカ!」
「!」
リンカとオーキスは二手に分かれて、ロイドたちを挟み込む。
リンカは羊皮紙を取り出し輝かせ、オーキスは高速で祝詞を紡ぐ。
「じゃあ、みんな一気に東の塔まで行くよ!
「!!」
リンカの掲げた羊皮紙と、オーキスの突き出したメイスから輝きが迸った。
荘厳な輝きはロイド達を包み込み、瞬時に、アルビオンの街から彼らを消し去る。
輝きが捌け、目の前に広がったのは岩と砂ばかりの”不毛の大地”であった。
夜明けを迎えているにも関わらず、空では夜のような黒雲が渦を巻いていた。
時折轟く雷鳴は、不毛の大地の先で禍々しく聳え立つ、”塔”を断続的に照らしだす。
魔女の住処である――”東の塔”
そんな魔塔への道を塞ぐかのように数多の闇の眷属がずらりと並び、睨みを聞かせている。
東の魔女の眷属である影の魔物:ザンゲツ。
そして
だが今のロイドは憂いも、恐怖さえも一切感じてはいなかった
ただ前に進む勇気のみがあった。そう思うのも彼の頼もしい仲間たちの存在が大きかった。
拳の武勇を極めし、誇り高き戦闘民族ビムガンのAランク格闘家――ゼフィ=リバモワ
魔法とメイスを巧みに使い分ける
白呪術と薬学に精通する聖なる力の使い手――モーラ
そして、精霊召喚に成功し、世界で唯一のSSランクと認定された稀代の大魔法使い――リンカ=ラビアン
そんな精鋭を指揮するのは経験豊富な冒険者。
物理攻撃を得意とするCランク冒険者を改め――勇者ロイド。
幼い頃思い描いた光景が今まさにロイドの前に広がっていた。
”勇者”となり邪悪と立ち向かう。
精鋭を率いて、世界のために命をかける。
浮足立っている状況ではない。それでも心が躍り、身体が興奮で疼くのは否めなかった。
「おじさん、来るよ!」
オーキスの一声で意識を切り替える。
目前の闇の眷属がロイド達へ狙いを定め、怒涛のように押し寄せて来る。
数は圧倒的。しかし負ける気は毛頭ない。
「陣を組む! ダイヤモンドクロス! 決め手はモーラだ!」
ロイドの端的な指示を受けただけで、一党は素早く動き出す。
ロイドを先頭に、その後方左右にゼフィとオーキス。
リンカはその間に立ち、彼女の後方へ、モーラが配置を取る。
地上に描かれた菱形の陣――前衛三人で敵を受け止め、中心の魔法使いが全員をカバーし、その隙に最後方の魔法使いが最大級の魔法の発射準備を行う――これこそ、戦うものならば誰でも心得ている、殲滅陣形【ダイヤモンドクロス】
「いくぞぉ!」
かくして不毛の大地に描かれた
「おおっ!」
裂ぱくの気合と共に、鍛えなおされた剣へ、僅かに魔力を流しつつ薙ぐ。
鋼の刃は眩い光を発し、まるで木管楽器のような”ブォンッ!”といった具合の心地よい低音を響かせた。
最も近くにいた死霊は鋭くロイドの袈裟切りを浴びせかけられる。
「GOUAAA!!」
途端、切り裂かれた死霊は傷口から光を発し、灰に変わってゆく。
灰はすぐさま塵となり、跡には何も残らずだった。
オーキスによって鍛えなおされた数打ち無銘の剣、否。
【
そんな剣を扱うロイドを脅威に感じたのか、影の魔物:ザンゲツは腕を掲げて、針のように鋭い暗色の魔力を無数に放つ。
既にザンゲツの動きを確認していたロイドは金色に輝く剣を振り翳した。
剣に弾かれた針状の闇の力は弾かれ、反転し、逆にザンゲツへ突き刺さり霧散させる。
どんなにザンゲツが針状の闇の力を放とうとも、どんなに放たれる数が多かろうとも無駄なこと。
かつて背中から千本の針を雨の如く降らせる”
そして彼は斬撃にめっぽう強くなった皮の鎧――【ヒドラアーマー】の防御力を前面に押し出して、敵の軍勢を叩き割った。
「おらぁっ! 邪魔だぁっ!」
ロイドの右翼を押さえたオーキスは両手で掴んだメイスをフルスイングする。
光属性を付与され、荘厳な聖なる輝きを帯びたメイスは数体の魔物をまとめてなぎ倒す。
「
左翼を担うゼフィの鋭い回し蹴りが、空気の刃を発生させて、複数のザンゲツを煙のようにかき消した。
数では圧倒的に勝る闇の軍勢が、たった三人の戦士によってかき乱され、侵攻を食い止められていた。
それでも間を縫って、何体かの死霊とザンゲツが、前衛の脇を過ってゆく。
「ごめん、リンカ抜けた!」
オーキスの声を受け、リンカは待ってましたと言わんばかりに、羊皮紙の切れ端を投げた。
羊皮紙は小さいが、真っ赤な炎を浮かべる”ファイヤーボール”となって突き進む。
そしてぶつかった途端、激しい勢いの炎を発する。
「GUOOOO!!」
死霊はあっという間に燃え尽きて、その存在を消滅させたのだった。
稀代の魔法使いにかかれば、例え威力が三分の一に落ちる文字魔法であろうとも、並みの魔法使い以上の力を発揮できる。
リンカは、闇の眷属が前衛を抜ける度に、文字魔法でファイヤーボールを放ち、決してその先に進ませようとはしない。
そしてモーラは、そんなリンカの完璧な防御の後ろで、ただひたすら自らの魔力を激しく燃やし、高めていた。
それは白色の輝きとなって、彼女の足下から激しく噴出を始めている。
(そろそろ頃合いか!)
「オーキス! モーラの様子は!?」
「もう大丈夫そう!」
ロイドの問いに、オーキスはすぐさま答える。
「下がるぞ、ゼフィ! オーキスもだ!」
「はいにゃー!」
「わかった!」
ロイドの指示を受け、彼と共にゼフィとオーキスはリンカの後ろまで下がる。
「!」
リンカはロイド達の後退を見届けて、跡を追う闇の軍勢へ向けて、羊皮紙を高く掲げた。
漢字とひらがなを上手に使い分けて書いた神代文字が光り輝き、羊皮紙を燃やし尽くして、奇跡を示す光球となって飛翔してゆく。
光球は闇の勢力が蠢く地面を鋭く穿った。
最初は僅かな亀裂が生じただけだった。
それに端を発して亀裂が外側へ広がってゆく。
”ドンッ!”という激しい破砕音が響いた。
地面が崩れ数多の死霊が巨大な穴へ落ちて行く。
上位地属性魔法:
「参ります……ホーリーヒールっ!」
満を持して、魔力を蓄え終えたモーラが白銀の錫杖を打ち鳴らしながら、聖なる輝きを発した。
それは光り輝く、恵みを思わせる”雨”となって、地の底で蠢く闇の勢力へ降り注いだ。
「UGOGAOOOOO!!」
死霊とザンゲツは地の底で、まるで地獄の炎に巻かれるが如く蒸気を上げ、もだえ苦しんでいた。
ホーリーヒールは本来、味方へ広範囲に渡って聖なる力で”回復”を齎す術である。
しかし、死霊やザンゲツは生命を持たずの邪悪な存在。
聖なる光は闇の眷属にとっては反属性で、忌避するものだった。
多くの死霊は本来の生命の輝きを取り戻して昇天し、ザンゲツは闇の痕跡を一つも残さず存在をかき消していった。
対してロイドたちはモーラのホーリーヒールを浴びて、活力を取り戻し、残った死霊やザンゲツへ攻撃を加える。
あっという間に、目の前を埋め尽くしていた大量の闇の勢力は一匹残らず殲滅されたのだった。
「クリア! 先へ進むぞ!」
ロイドは輝剣で、先に聳える”東の魔塔”を指し、指示を出して走り出す。
一党は迷わず彼へ続いて走り出す。
ロイドは足元に不穏な気配を感じて立ち止まり、後続の一党へ静止を促した。
地面が割れ、そこから脅威の巨体が姿を現す。
「NUN!」
巨人は禍々しい赤紫の力を炎のように全身から発しながら、血走った巨眼でロイド達を見下ろす。
打撃に強く、魔法にかなり強い耐性をある難敵。
(エレメンタルジンか! サリスめ、そう来たか!!)
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