第45話:おせっかい焼き


「けほっ! ちょっと、煙いんだけど!」


 心底嫌そうな声が脇から聞こえてきた。

木々の向こうからゼフィを伴ったオーキスが姿を見せる。


「悪かった」


 ロイドはまだ半分ほど残っていた煙草を、陶器の灰皿に押し付け揉み消す。

するとオーキスは、意外そうな表情を浮かべていた。


「どうかしたか?」

「あ、え? うん……ありがと。そういえばおじさん、最近あんまり煙草吸わなくなった?」

「ん? ああ、そういえば」


 昨日も図書館でオーキスに嫌がられて、しまったきり吸わなかったと思い出す。

 確かにリンカの家へ身を寄せるようになってから、遠慮して外では吸うようにしていた。

しかしその頻度がどんどん少なくなっているのは彼自身も体感している。

かつてはことあるごとに煙草をくわえていたロイドがである。

 こうなれたのも、リンカのおかげなのかもしれない。


「リンカに会いに来たのか?」

「うん、まぁ……」


 ロイドを横切ってオーキスはリンカのところへ向っていった。

続くゼフィは何故かにししと笑っていた。


「リーンカ」

「!」


 勉強に集中していたリンカは、オーキスの声に驚いたのか椅子の上で飛び跳ねた。

しかし青い瞳へ友達を写すなり、満面の笑みを浮かべる。

凄く喜んでいるらしい。

 オーキスもそんなリンカを見て、笑顔を返した。


「相変わらず凄い集中力だね。今日は……あっ、”頑張る”なんて書けてるじゃない!」

「!」

「”応援”も綺麗な筆致だね。あたしどうも”援”の字が苦手なんだよね。なんか画数が多くてさ。さすがリンカ!」


 オーキスの褒めちぎりにリンカは頬を赤く染める。

それでも喜んでいるらしく、笑顔は浮かべたまま。

 そんなリンカの顔を見て、オーキスも頬を緩ませる。


 サリスの件があってからというもの、オーキスはリンカの所を訪れることが多くなっていた。

ただ顔を会わせて、他愛もない話を語るだけ。

きっと彼女なりの友達への気遣いなのだろう。

 リンカもそんなオーキスの優しい気持ちに気づいて、快く迎えているし、話を聞いている時は終始にこやかだった。


 それだけオーキスはリンカのことが好きで、リンカもそんなオーキスに心を許しているらしい。

ステイのパーティーの時は気が強すぎる、キツイ女の子だと思っていた。

しかし実は友達想いで気持ちの優しい女の子なんだと改めて思う。


 そんな中、オーキスは時折ちらちらと視線を外している。

視線の先にはロイドが開きっぱなしにしていた分厚い本があるような気がしてならない。


「へ、へぇ、おじさん、こんな難しい本で勉強してるんだ。ちゃんとやってるんだね」

「ん? ああ、まぁな」


再び沈黙するも、やはりオーキスはちらちらと開きっぱなしの本へ度々視線を寄せている。



「オーちゃんまどろっこしいにゃ。さっさと素直に要件言うにゃ!」

「ちょ、ちょっと、ゼフィ!」


 オーキスは顔を真っ赤にして狼狽えた。

彼女は一呼吸置いて、そして、


「こ、この本ってさ、確かに回復魔法の専門書じゃ一番詳しく書かれてるやつだけど、他言語だし、訳してみると意外と無駄なことしか書いてないじゃない?」

「そうだな?」

「あたし、回復魔法得意なの! そ、そんな本よりも凄いんだからね! 学院でも回復魔法に関してはリンカよりも凄かったんだから!」

「そう、なのか……?」


 承認欲求を満たしたい訳、では無さそうだった。


「つまり、そんな凄いオーちゃんはおっちゃんに回復魔法を教えるって言ってるにゃ。んで、御礼は僕と一緒におっちゃんと一発やりた……」

「それは無いから。天地神明に誓ってありえないから」


オーキスはぴしゃりとゼフィを切って捨て、一呼吸置く。

そしてすごく真剣な眼差しでロイドを見上げた。


「おじさんは凄いリンカのパートナーなんだから最低でも絶対にCランクになって貰わなきゃ困るんだから! だから、そのぉ……て、手伝ってあげる! 感謝してよね!!」


 言葉は強いが、顔は耳まで真っ赤だった。

まだ素直になり切れない、若さといったところか。

昨日のモーラと同じく、ロイドもオーキスの言動に微笑ましさを覚える。


「ありがとう。助かる」


 ロイドが穏やかにそう答えると、オーキスは薄い胸を自慢げに張って「任せなさい!」と大げさに言い放つ。


 やっぱりオーキスはすごくいい娘だ。

そしてリンカは良い友達に恵まれているのだと思う。


 きっとこの子は、リンカに対して、サリスのような闇を抱えていない。

素直にそう思えるロイドなのだった。



●●●



 そんなこんなでオーキスから回復魔法のてほどきを受けることになったロイド。

課題となりそうな”萎れた花”を求めて、森の中へ入ってゆく。


 道中でもCランク昇段試験へ余念が無いロイドは、専門書で得た知識の反芻を繰り返す。

 やがてロイドたちは森の中にある、色とりどりの花が咲き乱れる場所へ達した。


 基本的に生育状況は良さそうだが、これだけの花があれば、一つくらいは課題になりそうなものが見つかる筈。


「リンカ、一緒にさがそ!」


 オーキスの言葉にリンカは頷いた。

二人は足早に花畑へ向かって行く。


「暖かいにゃ~……僕はちょっとお昼寝してるにゃ。おっちゃん頑張ってにゃ」

「ああ」

「寝込みを襲ってもいいにゃよ? 僕は大歓迎にゃ!」

「う、むぅ……」


 ゼフィは音もなく飛び、温かい日差しを一杯に浴びている大岩へ飛び乗る。

そして大きなあくびを上げて、豊かな胸を膝に抱いて丸まり、さっそく昼寝を始めた。

その様はまるで”猫”のようだった。襲う気などは毛頭ない。


 ロイドも花畑へ踏み込み、課題となりそうなものを探し出す。


 リンカとオーキスはどこか楽しそうに花探しをしていた。

特にリンカはいつもより柔らかい顔をしていた。心を許せる友達といられることが嬉しいらしい。


 サリスの時はあそこまで柔らかい表情をしていなかったと思い出す。

きっとリンカ自身も、サリスの本心に心のどこかでは気づいていたのかもしれない。

逆にオーキスへは強い信頼と親しみを感じているのだろう。



 そういえばサリスはいまどこで、何をしているのだろうかと考えた。


 リンカの声を奪い、彼女を殺そうとしていたロイドの元教え子――ハイエルフの末裔でSランク魔法使いのサリス=サイ。


 サリスの遺体はみつかっていない。

サリス曰く、彼女の命とリンカの声は繋がってるらしい。

未だリンカの声は戻っていない。

ならば、サリスはどこかで生きているのだろう。


 ただ生きているだけで酷い状況となっているのか。

どこかで虎視眈々とまたリンカの命を狙っているのか。


(サリス、お前は今どこで、何をしているんだ……)


 いずれにせよ、サリスの生死が確定していない今、警戒は怠らない方が良いと改めて思い直す。


 そんなことを考えていると、ふと足元へ萎れた花が現われた。


「オーキス、来てくれ」

「みつかった?」


 オーキスは花を踏み荒らさないように注意しつつ、それでも駆けてくる。

そしてロイドの指し示した花をみて、苦笑いを浮かべた。


「おじさん、この子はダメだよ」

「そうなのか?」

「うん。この子は旬を過ぎてるかな。たぶんこの子におじさんの課題をやっても無駄だよ」

「なるほど。案外難しいものだな。試験の時も課題はこんな風にして探しているのか?」

「違うよ。根をわざと傷めたり、日陰においたりして弱らせたものを使ってるんだって」

「そうか……かなりひどいことをしているんだな」

「まぁね。でも昔はそれこそ瀕死の奴隷とか、大病を患った人とかを無理やり引っ張ってきて課題にしてたって聞くし、それより全然マシだよ」


 魔法の発展は数多の犠牲の上に成り立っている。それは歴史が証明している真実。

だからこそ今は、花程度で済ませられているのだとロイドは思い返す。


 リンカがロイドの袖を引き、微笑みかける。

こうして暗い気持ちの時、察してくれるリンカの優しさには感謝が絶えない。


「ありがとう。早く課題を探さないとな」


 旬を過ぎた花を背に、ロイドは花探しを再開する。


旬を過ぎた、もう手遅れな花。

何をしても無駄な存在――そんな花へほんの少し自分自身を重ね合わせながら。





*明日事前告知した【該当箇所】のため【3話同時更新】をいたします。

文章量が多めですが、あらかじめご了承ください。

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