第6話:健気な彼女
(あの子はもっと人への警戒心を持った方が良いな……)
朝陽照らされた置かれた立派な魔法の杖と、上等な皮のポシェット。
ロイドが目覚めて振り返ると、それらだけが置かれていて、リンカの姿は忽然消えていた。
ポシェットのバンドはきちんと折りたたまれているし、杖はそれに沿うよう置かれている。
投げ捨てて行った訳でもなさそうだし、誰かにさらわわれたとも考えにくい。
どんなに見た目が良くても、生きているならばすべきことはしなければならない。
おそらく用でもたしに行ったのだろう。
そんな状況は寝起きのロイドも一緒であった。さすがに昨夜は冷えたので、近い。
自分も早急に用をたしたい。
しかしリンカの荷物を放置する訳にいかない。
持ち歩いても良いが、なんとなく戻ってきたリンカが、荷物がないことに慌てふためく様子が想像できる。
彼は腰の雑嚢から乾いた地面の色に近い布布を取り出した。
リンカの立派な杖とポシェットを、木陰へ寄せて、上から布切れをかける。
これで遠くからは見えず、近くに来れば荷物が判別できる筈。
そろそろ限界が近いとロイドはさっさと立ち上がり、鼓膜を揺らす小川のせせらぎへ向けて駆け出してゆく。
常に危険と隣り合わせの冒険者たるもの、できるだけ自分の痕跡は残さない方が良い。
木の幹の下で用を足すのは、鼻の良い獣やモンスターに所在を知らせることに他ならない。
緊急性はあるが、その鉄則をきちんと守るロイドは、木々の間から飛び出た。
「あっ……!」
ロイドは間抜けな声を上げ、目を皿にする。
小川に佇む白磁の柔肌。健康的な肢体美に、綺麗な形をした肩甲骨。
僅かにみえる形の良い瑞々しい胸。
まるで彫像のように美しい少女の、リンカの背中があった。
「……!!」
「す、すまん!」
リンカはすぐさま小川へ潜って、ロイドは背を向けた。
足元にはきちんと畳まれた仕立ての良いマントと衣服。ミスリルの縫いこまれたグローブとブーツは綺麗に並んで置かれている。
そしてこれまたちゃんと畳まれた、意外にセクシーな桃色をした上下のランジェリー。
どうやらリンカは用たしではなく、朝の水浴びをしていたらしい。
”水浴びならそうだと言え!”と叫ぼうと思ったが、声を無くした彼女が伝えられるはずもない。
「こ、この辺りには
とりあえずそう叫んでその場を跡にする。
ぷくぷくと水音が聞こえたのは恐らく恐魚のものではなく、リンカのものだろう。
それにしてもさすがは十代のみずみずしい肌であった。子供と大人の狭間を彷徨う、一見アンバランスだが、その瞬間にしか訪れない、希少でなんともそそられる柔肌であった。
しかしムラつきを感じるも、それで彼女へどうこうしようという
(だからもっと警戒心を持ってくれ。俺は一応、男なんだぞ……!)
ロイドはそう思いつつ、川下でようやく用をたすことができた。
そうして森の中へ分け入って、朝食の獲得に乗り出す。
幸い近くに真っ赤な果実が実る木や、軽く煮だすだけで美味な野草を収穫できた。
小動物のようなリンカはきっと腹を空かせているに違いない。
そう思うとロイドの歩調は自然と早まって、果実を前歯だけで”はむはむ”と嬉しそうに噛り付くリンカが頭を過る。
しかし昨晩焚火を囲んだところへ戻ると、旨そうな匂いがロイドの鼻を掠めた。
程よい
「なにをしているんだ……?」
小柄な背中をビクンと震わせて、リンカが振り返って来る。
青く透き通る瞳にロイドを写すと、深く息を吐いた。
どうやら”安心した”ということらしい。
「もしかして、飯を作っているのか?」
リンカはほのり頬を赤らめて、コクンと小さく頷く。
新しい焚火の上には”鉄なべ”のようなものが置かれ、暖かそうな湯気を上げている。
リンカの小さなポシェットに入っていたものなのだろう。
ならばあのポシェットは物理法則を無視して、ほぼ無限に
(まったくそうは見えんがな)
しかし不思議と劣等感はそれほど感じない。それは一重に昨晩の反省が有るためか、はたまたリンカが全くそういう雰囲気が無いからか。
そんなことを考えつつ、鍋を挟んで座り込んだ。
せっかく採ってきた来たのだからと、腰に差したシースナイフを抜き、瑞々しい赤く硬い果実の表面へ刃を押し当てる。
なんとなく子供っぽい印象のリンカは、この果実の果皮が持つ渋みに顔をしかめそうだと思った。
そんなことを考えるロイドの前では、リンカが鍋を必死に銀の匙で鍋をかき回していた。
匙で鍋から汁を救っては蕾のような唇へ運んで首を傾げる。
その度に地面へ置いた皮の袋から、白くて細かな結晶――恐らく塩――を微妙な加減で掴んでは振りかける。
まるで国王の肖像画を描く高名な画家のような、凄く真剣な表情で汁を口へ運んでいる。
幼い見た目と相反する、真剣な様子にロイドは微笑ましさを覚えた。
(こんな真面目そうな子が詐欺師の仲間だったら世も末だな……)
そうして暫く果実の皮をむいていると、コンコンと金音が鳴る。
リンカが匙で鍋を叩いていた。
名シェフ様の自慢の一品が完成したらしい。
リンカはいつの間にか取り出した木の器へ慎重に鍋の中身をよそって、両手を添えて差し出してくる。
「おっ、旨そうじゃないか」
本音が漏れ、リンカは愛らしい笑みを浮かべた。
器の中には良く出されて僅かにピンク色になった厚切りの
ほろほろに煮込まれた色とりどりの豆類が鮮やかな色どりを添えている。
煮汁に良く溶け込んだ燻肉の香りが食欲をそそる。
「ありがとう。しかし、これを手で食べろと?」
「ッ!!」
リンカは慌ててポシェットをまさぐって、顔を真っ赤に染めながら木の匙を差し出す。
しかも丁寧に両手であった。
そんな真面目だがうっかり者のリンカに微笑ましさを覚えつつ、匙を受け取った。
「ありがとう。では頂く」
青い瞳の視線がえらく突き刺さる中、ロイドは煮汁を掬い口へ運ぶ。
肉の風味が口いっぱいに広がり、燻肉から十分に煮出した油分が舌の上で蕩ける。
丁寧なできではあるのだが……
「リンカ、それは塩だろ? 済まないが取ってもらえるか?」
ロイドが皮の小袋を指す。
リンカはポカンと口を広げて、青い瞳を丸くした。
「少し塩を足したいんだ。頼むよ」
しかしリンカは小袋の代わりに銀の匙を取って鍋の煮汁を掬った。
汁を口にして首を傾げる。
「リンカ? だから塩を……」
顔を上げたリンカは静かに首を横へ振る。そうする目は真剣そのもので、何者をも寄せ付けない雰囲気を醸し出す。
「もしかして、かけるなと?」
出会ってから始めてみる強い首肯だった。
「いや、しかし、俺はもう少し塩気が……」
今度は縋るような、悲しそうな視線。まるで雨ざらしの中捨てられた子犬か、子猫のような。
「わ、分かった、そんな顔するな」
ロイドが匙を握りなおして、大人しく煮汁を口へ運ぶと、さっきの表情はどこへ行ったのか、満足げな笑みを浮かべ出す始末。
どうやら名シェフ様はよほど自分の味付けに自信がおありらしい。
(確かに塩気は少し足りないが、旨みはかなりあるな)
もしかして体調を気遣って”塩分の過剰摂取”を注意してくれているのか。
そんな都合の良い解釈があるかと内心苦笑を浮かべつつ、食事に勤しむ。
リンカは自分で作ったスープを啜りつつ、ロイドが皮をむいた白い果実を小さな口で”はむはむ”噛り付いている。
どこからどうみても、枝の上で木の実を頂く小動物にしかみえない。
静かな朝の森の中、穏やかな食事が続く。
そして食事を終えると、リンカは率先して食器の片づけを始めた。
手伝おうと立ち上がったロイドへ”激しく首を横へ振って”見せ、食器を洗うためにパタパタと小川の方へ駆けて行く。
凄く申し訳ない気持ちになったが、こうなってしまってはやることが無い。
手持無沙汰のロイドは煙草を咥え、紫煙を吐き出し始める。
食後の一服。これほど心地良いものは無い。
暫くすると、食器を洗い終えたリンカが戻ってきた。
今度はせっせと布で鍋や食器を磨き始める。
「リンカ。これは嫌じゃないのか?」
ロイドは緩やかに言葉と同時に煙を吐き出した。
リンカは不思議そうに首を傾げる。
「最近の若い連中は煙草嫌っているだろう?」
迷う様子もみせずリンカはフルフルと首を横に振って、むしろ笑顔を浮かべた。
よく分からないが、良いということらしい。ほんの少し鼻がピクピク動いているように見えて、匂いを嗅いでいるように見えなくもない。
(変わった子だな。だけど居心地は悪くない)
ここ最近は迷宮に潜ってばかりで温かい食事は久方ぶりだと思った。
加えてステイのパーティーに居た時は、やはり格下で年齢も一回り以上離れているということもあり、一人で食事を取ることが殆どだった。
食後の一服も、嫌煙者のオーキスに遠慮して、遠く離れたところで吸うようにしていた。
温かい食事を、誰かと一緒に食べ、誰に気兼ねすることなく煙を燻らせる――些細なことだが、こういうのを幸せというのかもしれない。
そう思いながらロイドは煙を燻らせ続けるのだった。
*続きが気になる、面白そうなど、思って頂けましたら是非フォローや★★★評価などをよろしくお願いいたします!
また連載中の関連作【仲間のために【状態異常耐性】を手に入れたが追い出されてしまったEランク冒険者、危険度SSの魔物アルラウネ(美少女)と出会う。そして幸せになる】も併せてよろしくお願いいたします!
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