第4話:声を無くした魔法使い


(なんだこれは? 新手の詐欺か、美人局つつもたせか?)


  真っ先に思ったのはそんなことだった。

しかも目の前にいるのは絶世の美女ではないが、整った顔立ちの美少女。

そんな少女が突然現れて、無言で”街まで連れてってくれ”と羊皮紙を見せて、更に御礼として最高級アイテムを提示してくるなど明らかにおかしい。


 ロイドは再び警戒心をあらわにし、もし少女が妙な真似をしたら切り伏せようと身構える。

すると少女はロイドの様子に気が付いて、ポシェットから新しい羊皮紙を取り出した。

 無防備に地面へしゃがみ込んで、広げた真新しい羊皮紙へ、慌てた様子で文字を書き込んでゆく。



【コエ、デナク、ナリマシタ。マホウ、ツカエマセン。ダカラ、ワタシヲ、マチノキョウカイマデ、ツレテッテクダサイ。コエヲ、ナオスタメデス。オレイ、タクサン、シマス! オネガイシマス!!】



 少女が掲げた羊皮紙からは辛うじてそう読み取れた。字が上手いとは決して言えなかった。

そんなまずい文字が記載された羊皮紙の向こうから、少女は曇り一つない、青々とした瞳を覗かせている。

心が陶酔してしまいそうな青さと、必死ですがるような視線がロイドの胸に突き刺さる。

思わず、了承が喉の奥から湧き出たのだが、



(いやいやまてまて、明らかに怪しすぎるだろうが。これでうっかり返事をしてついてって、変な連中に身ぐるみはがされるなんてたまったもんじゃない!)



 傾きかけた気持ちを理性が軌道修正を促す。


「悪いな、他当たってくれ。俺は忙しいんだ」


 ロイドは胸にほんの少し痛みを覚えながらも、なるべく突き放すよう冷たく言い放った。

すると少女は困ったような、心細いような様子をにじませつつも、笑顔を浮かべる。


「じゃあな」


 ロイドは頑なに喋ろうとはしない少女に背を向けて、足早にその場を去った。


(なんなんだよ、あの娘は……まさか、本当に声が出ないんじゃ?)


 道すがら、さっき出会った奇妙な魔法使いの少女を思い出す。

結構可愛いと思った。だからこそ危ないと思った。

男のスケベ心を巧みに利用して、詐欺を働く行為の事例を上げれば枚挙に暇がない。

とは思いつつも、やはり可愛い女の子を前にしてしまった手前、妙に気持ちがムラつくのは男の嵯峨。

 そんな未だ元気な自分にロイドは苦笑しつつ立ち止まって、煙草へ火をつける。


 そうして気持ちを落ち着けて、街へ戻ったらすぐに馴染みのいる娼館へ行こうと改めて考えた。

 ステイから予定外のチップを貰っているし、転移魔法の巻物は未使用のままある。

これを全部売り払えば、今日は贅沢に三時間も馴染みの女に費やすことができる。


 所詮はあぶく銭。こういう金は生きるためよりも、遊興に使った方があと腐れなくて良い。


 一服を終えたロイドは再び歩み出す。そして魔物の感覚を気取って、身を隠し息を潜めるのだった。


(レッドキャップか……)


 歴戦を潜り抜け腕力や凶暴性が向上し、頭が帽子の如く真っ赤に染まった上位のゴブリン――通称レッドキャップ。

 醜悪な小鬼は奇声を上げながら、徒党を組んで、獲物を追いかけまわしている。


 追われていたのは、さっきロイドへ妙な依頼を持ちかけてきた、魔法使いの少女だった。


 少女は立ち止まり踵を返すと、真っ赤な精霊石の嵌った魔法の杖をレッドキャップへ突きつける。

必死に唇を動かすが、何故か偉大な力を発する祝詞が紡がれない。

そんな唇を震わせるだけの彼女へ、レッドキャップが飛びかかった。


 あえなく小鬼に押し倒された少女は手足をばたつかせるが、レッドキャップのに拘束され身動きが取れずにいる。

本来なら上がるであろう悲鳴は無く、ただ獲物を捕らえて喜ぶレッドキャップの醜悪な笑い声が響くのみ。



(さすがに後味が悪いか!)


 ロイドは迷うことなく颯爽と茂みから飛び出した。 


加速アクセル!」


 彼が使いこなせる三つの魔法の内、脚力を向上させる力を纏って一気に突っ込んだ。

 レッドキャップが闖入者に気付くがもはや手遅れ。

ロイドは腰の鞘から数打だが、手入れは欠かさなかった剣を抜き放つ。

 あっさりとレッドキャップの首が飛び、赤い飛沫があがった。



(この程度の魔物ならば!)



 仲間を殺され逆上したたレッドキャップは少女に目もくれず、ロイドへ飛び掛かる。

瞬間、彼は剣を構え、使い越せる三つの魔法の内の一つを発現させる。


硬化スティール!」


 瞬間的に柔肌を金属のように硬化させる防御魔法は、レッドキャップが振り落とす粗末なトマホークを弾き返した。

ロイドは宙で怯むレッドキャップへ、上半身のばねのみを使って、鋭い突きを繰り出す。


 鋭い突きは一撃でレッドキャップの胸骨を叩き割り、心臓を潰して絶命させる。

そして彼が使用できる最後の魔法を発動させた。


「おおおっ!」


 裂ぱくの気合と共に声を吐き出した。

腕力を向上させる「パワー」の魔法と鍛え上げた腕の筋肉使って、無銘の数打剣を全力で横へ凪ぐ。


 レッドキャップは腰から上が飛んだ。

上半身が地面の上へトマトのように潰れ、残った下半身は力なく倒れる。


 更に落ちていたトマホーク手に取り、鋭く投じた。

 柄の短い小斧は綺麗な放物線を描きながらくるくると廻り、森の中へ逃げ込もうとしていた四匹目のレッドキャップの脳天をかち割ったのだった。


「レッドキャップ四体……たばこ2箱くらいか」


 血振りをしつつ長年の癖で清算を口にするロイドを、捕まっていた少女は蒼い瞳で見つめていた。

表情から安堵を感じ取ったロイドは、彼女へ屈みこむ。


「大丈夫か? ケガはないか?」


 彼女は自分の全身を改めて、言葉なく首肯を返す。

 ロイドから見ても、押し倒された時のかすり傷程度だと判断できた。


「お前、魔法使いの癖に本当に声が出ないのか?」


 やはり少女は首肯するだけで、言葉を一切発さない。

試しにおでこへデコピンをしてみた。

少女は、更に涙ぐみ、青い瞳で恨めしそうにロイドを見上げた。

それでも声は無かった。



「すまん。本当に声がでないか試しただけだ」


 少女は不満げに頬を膨らませる。

なんとなく小動物を見ているようで、面白かった。


 もしかする未だ声を出ない演技をしているだけかもしれない。

遠くではこの娘の悪い仲間が、ロイドの隙を虎視眈々と狙っているのかもしれない。

しかし不思議と悪くない気分だし、騙されたならそれはそれで良いと思ってしまう彼がいた。

 それに相手は整った顔立ちに美少女――悪くは無い。


「分かった、受けよう。君の依頼。俺はロイド。Dランク冒険者だ」


 ロイドがそう告げると、少女はまるで水差し鳥のようにぺこぺこと頭を下げだす。

そして何かを思い立ったのか、近くに転がっていた小石を手に取って、乾いた砂の地面へ相変わらずの下手な文字を刻み始めた。


【リンカ=ラビアン】

「お前の名前か?」


 彼女――頑なに喋ろうとはしない魔法使いの【リンカ=ラビアン】はにっこり笑顔を浮かべながら、首を大きく縦に振る。


 どこかで聞いたことのある名前だが、さっぱり思いだせないロイドなのだった。



*続きが気になる、面白そうなど、思って頂けましたら是非フォローや★★★評価などをよろしくお願いいたします! 


また連載中の関連作【仲間のために【状態異常耐性】を手に入れたが追い出されてしまったEランク冒険者、危険度SSの魔物アルラウネ(美少女)と出会う。そして幸せになる】も併せてよろしくお願いいたします!

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