第2話:解雇通告



「おっさん、この先は俺達だけで行くから帰っていいよ」


 パーティーリーダーの【ステイ】が、あっさりと彼へ”解雇”を告げてきたのは、迷宮中層を抜けて、深層へ挑む直前のことであった。


 せめて”ここまでありがとう”の言葉があれば救われたが、そんな言葉は期待するだけ無駄だった。



 ”5人で1パーティー”でなければ、戦いを有利に運ぶ陣形が組めない。

しかしヒヒロイカネ製の立派な鎧を身に着けた【勇者のステイ】は、例え陣形が組めなくなったとしても薄汚れた皮の鎧を装備したロイドをクビにしたいらしい。


明らかにおかしな采配だが、ロイドが逆らうことは許されない。


 何故ならばリーダーのステイは最高位であるSランクの冒険者で、更に国家から秘宝の探索や、上級魔族の討伐を請け負う”特務パーティーのリーダー――【勇者】なのだから。


 対するロイドは遥か格下の”Dランク”

 ステイの決定は、国家の意思に匹敵する。例え齢が一回り以上離れていようとも、ロイドが異議を申し立てることは許されない。

それが格付けが意味する掟であった。


「そうか。わかった。世話になったな」


 こんな状況を散々経験してきたロイドは淀んだ瞳で主へ、形ながらの礼を告げる。

そうして腰に付けた雑嚢から紙煙草を取り出し、乾いてささくれた唇へ咥えようとする。


「……ッ」


 するとステイに寄り添う若葉色のローブを羽織った若い女の魔法使いが舌打ちをする。

女の魔法使い――【オーキス】はきつい印象をより鋭くし、煙草を咥えたロイドを睨んでいた。


「おっちゃん、煙草はお金の無駄にゃ。さっさと止めるが良いにゃ?」


 猫の血が混じった獣人で、健康的な肢体へ水着のような鎧を装備した女格闘家の【ゼフィ】はやんわりと言ってくる。

まるでオーキスの気持ちを、オブラートに包んで代弁しているかのようだった。


「ゼフィさんのおっしゃる通りです」


 更に追い打ちをかけてきたのが、別行動をしていて今さっき合流してきた、白い法衣を纏った女神官の【ガーベラ】だった。


「お帰りガーベラ!」


 勇者のステイは美しい仲間の帰りを満面の笑みで迎える。

白呪術が得意なガーベラは優しい笑顔をステイへ向けた。

しかし煙草を咥えたロイドを見るや否や、顔へ明らかに不快感を露わにした。


「ロイドさん、煙草は健康に宜しくありません。早く御止めになることをお勧めします。精霊様より賜った大事な体を、くれぐれも粗末に扱わないでくださいね」


物静かな口調だったが、オーキス同様に煙草への不快感が感じ取れた。


 パーティー在籍中だったら、さすがのロイドも彼女達との輪を考えて、忠告を素直に受け入れただろう

 しかしロイドはたったいま、このパーティーをクビになった。

既に赤の他人であった。遠慮する必要はどこにも無かった。

嗜好に関してとやかく言われる筋合いはない。


 ロイドは無視を決め込んで、マッチへ火を点ける。

その時、長く綺麗な指先が目の前を過り、ロイドの口から煙草を叩き落したのだった。


「おじさんの健康とかお金とかなんて興味ないの! あたしが嫌なんだから止めてってば!」


 魔法使いのオーキスは一本で結った長い髪を鞭のように振り乱し、ヒステリックな叫びをあげる。

杖と打撃武器を兼ねるの鈍重なメイスを握る手は、今でも殴りかかってきそうな様子で震えている。


 しかしオーキスは既に仲間ではない。

和を尊ぶ必要もない。

ロイドは眉間に皺を寄せ、オーキスを見下ろす。


「まぁまぁ、オーキス、そんな怒んなよ。おっさんの唯一の楽しみなんだからさ」


 するとステイが甘いマスクをへらへやと歪めてながら間に入ってきた。

やんわりと幼馴染で恋人のオーキスの肩を抱く。

そうして彼女と入れ替わったステイは、ロイドへ僅かに赤みを帯びた金属片を握り渡した。


「これで機嫌直してくれよ、な?」

「これは?」

「今無駄にしちゃったたばこ代ってことで」

「……たばこ代にしては随分気前が良いな?」

「まぁまぁ気にせず。もちろん報酬は別だから、あとでギルドで受け取ってくれや」

 

 ステイが彼へ握らせたのは希少金属ヒヒロイカネの欠片――これだけも10,000Gの価値がある。

ロイドが複数回依頼クエストをこなして、ようやく手にできる金額の代物をステイはチップ代わりにあっさりと渡してきている。


 そんな明らかな”収入格差”にロイドがため息を着いていると、ステイは更に丸められた羊皮紙を渡してきた。


「あとこれも。ケチらず使ってくれよ。死なれちゃ、ボーナスに関わるからさ」


 羊皮紙に記述されていたのはここから迷宮の入り口まで一瞬で戻る”転移”の魔法であった。

これを使えば安全に迷宮から脱出することができる。

 もっとも、これをステイが渡してきたのはロイドの身を案じてではない。

あくまで自分の評判のためであり低ランク者を連れて歩いて名声と金を得る”育成ボーナス”のためだ。

ロイドが生還して初めてボーナスが受け取れるのだ。

 なんの偶然か今年に入ってから3回目である。大体がロイドが年を食ったDランクであり、ロクに魔法が使えない、ということが理由だった。



「おっし、じゃあ気を取り直して魔竜探索にしゅっぱーつ! さっさと魔竜を倒してやろうぜ!」


 そうして勇者のステイはロイドへ背を向けて、腰にぶら下げたオリハルコン製の剣を揺らしながら迷宮の奥へと進んでゆく。


 女神官のガーベラは強壮剤の入った美術品のように美しい小瓶を取り出し、花びらのような唇へ流し込む。

そして空になった瓶を無造作に投げ捨てた。


「なぁなぁ、ガーちゃん、なんで瓶を捨てるにゃ? これって凄く高いものにゃよね?」

「私にとってはゴミですが、他の方にとってはゴミではありません。必要な方がきっといらっしゃるでしょうし、その方が巡り巡って拾って頂ければと。そう思っておりまして。まぁ、私にとってはゴミですが」


 ゼフィは「にゃはは……」と微妙な苦笑いを浮かべる。


「ほら、二人ともさっさと行くよ!」


 オーキスに促され、ゼフィとガーベラも迷宮の奥へと消えて行く。


 ガーベラが投げ捨てた立派で高価な空の小瓶がロイドのつま先に当たった。


 上等な魔法薬の効果を低減させないようミスリルを含んだ塗料で文様が描かれた”魔法の小瓶”

これ一つでも数千G《ゴールド》の価値がある代物。

それを平気で捨てられれる彼女達もまたロイドより遥かに各上で、金もたくさん持っている。


(俺もこの瓶と一緒で、捨てても大丈夫ってことか)


 五人一組のパーティーで安全性を高めるよりも、ハーレムを形成したい。

ロイドがクビにされたのは、そんなくだらない理由のためだった。

 きっとステイは迷宮深層でも夜な夜な、恋人のオーキスと愛を囁き合いながら肌を重ね、ゼフィと獣じみた性交に興じ、ガーベラとは背徳感を隠し味にして淫行を楽しむのだろう。


 ロイドがパーティーの輪を守るため、ステイの不貞を他のメンバーに気付かせないよう必死に立ち回っていたことも知らずに。


(せいぜいバレないように頑張ってくれ。ステイのお坊ちゃん……)


 ロイドは遥かに格上だが一回り以上も年下のステイへ唯一言える忠告を、心の中で呟く。

そうしてキラキラと輝いて見える若いパーティーに背を向けて、暗く寒い迷宮の坂道を登り始めた。



――かつて、自分もいつかはああなれると思っていた。



*続きが気になる、面白そうなど、思って頂けましたら是非フォローや★★★評価などをよろしくお願いいたします! 


また連載中の関連作【仲間のために【状態異常耐性】を手に入れたが追い出されてしまったEランク冒険者、危険度SSの魔物アルラウネ(美少女)と出会う。そして幸せになる】も併せてよろしくお願いいたします!

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