クロードの危機

「ほほう、イタリアから、職を求めて。ご苦労なされたのですな」

「いえ、大層なものでは。ツテを頼っただけでして」


「いやはや、混乱気味な今のフランスまで仕事を探しにいらっしゃるほど、お辛い経験をなされたのでしょう」

 レミ教授はカカと笑う。


「この学園はいいですぞ。子どもの成長を間近で見ることができる。グングンと知恵を吸収し、一年もすれば見違える程に。末恐ろしささえ感じます」

「おっしゃるとおりで。やりがいのある仕事だと思います」


「その子どもたちを、正しい方向へ導く。それこそ、我々教師の勤めだと」

 もっともらしい言葉を、レミ教授が語る。

 特に怪しさなどは感じない。


「先生、さようなら」

 中二階から、ローザが降りてくるところだった。

「さようなら」

 隣で並んで歩いているのは、クロードである。


「はい、さよ……むっ?」

 不穏な空気を感じ取り、メルツィは身構えた。




 ローザの背後に、白い手が伸びる。



「あっ」と、メルツィが駆け寄ろうとしたが、遅い。


 ローザが、肩を叩かれた。


 突き落としたのは、先ほどクロードから泥を跳ねられた少女たちである。


「危ないローザ!」

 階段を踏み外しかけたローザを、クロードが抱きしめた。


 それでも、勢いが止まらない。


 クロードが、ローザと共に階段から転げ落ちた。


 階段下から、メルツィは落ちてくる二人を抱きかかえた。

 床に頭をぶつけないように、そっと降ろす。


「大丈夫か?」 

「いたいっ」


 ローザが、足首をさする。歩くのは困難のようだが、軽傷で済んだようだ。そこは武士の娘である。本人も分かっていないようだが、体さばきで致命傷を免れたらしい。


 だが、クロードは起き上がらない。

 額からわずかに血を流し、倒れている。


「ひめさま!」

 ローザの呼びかけにも、クロードは目を覚まさなかった。



「揺さぶってはならぬ」

 倒れているクロードに、レミ教授が歩み寄る。

 クロードの頭を、注意深く調べた。


「軽い脳しんとうじゃ。階段の角で頭を打ったらしい。頭を揺さぶられ、気絶しているだけじゃ。しばらく眠っていれば治るじゃろう。命に別状はないが、ひとまず様子を見ようかのう」


「医務室へ行こう」

 メルツィはクロードを抱えた。レミ教授と共に保健室へ。 


 こんな事態になるなんて思ってもいなかったのだろう。

 いじめっ子の少女たちは青ざめている。

 王妃を階段から落としたのだ。

 自分たちの身に降りかかる罰を想像していることだろう。


「君たちも来るんだ!」

 逃げようとした三人に対して、メルツィはキツい口調で呼びかけた。

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