第一章 Cordialement,Courage!(よろしく勇気!)

塩バターを求めて

 一五〇五年、一六世紀初頭のことだ。


 フランス王妃「アン・ド・ブルターニュ」はパリの街を一人歩いていた。


 愛娘たちに、おいしいと評判の塩バターパンを食べさせるためである。塩バターは、故郷のナントでしか食べられない。塩バターパンの屋台がパリに出張していると聞き、並ぼうと考えたのだが。


「道を間違えてしまったかしら?」

 王宮暮らしは、暇を持て余す。側近のメイドと口裏を合わせ、アンは度々王室を抜け出していた。土地勘は多少身についたはずだったが。


 王はイタリアへ侵攻する準備で忙しい。ゴタゴタに紛れて、買い食いするなら今しかないだろう。


 とはいえ、こんな人気のない道を一人で歩くのは心細かった。


 メイドに頼むこともできた。が、外に出る口実が欲しい。フランスの現状を、この目で見ておきたかったのだ。


 メイドに付き添ってもらうことも視野に入れた。

 しかし、我が娘は上が六歳、下が四歳である。何をしでかすか分からない。見張ってもらわねば。


 自分は子どもを産んだ。お役御免だろう。使命は果たした。

 残りの人生、好きにやらせてもらう。


 今後この身体すべては、ブルターニュ、ナントの為に捧げるつもりだ。


「あら?」

 

 目の前を、二人の人影が横切った。

 一人はサイドポニーテールの少女、もう一人はひげ面の老人である。


「待ちやがれ!」

 五人の賊が、二つの影を追う。


 一大事だ。アンは腰の剣を掴んだ。賊らの後を追うため駆け出す。


 少女とひげ面は、路地の行き止まりに追い詰められていた。

 ヒゲの老人は転倒しており、リュックの中身が散乱している。羊皮紙の巻物が、少女の足下に転がり落ちていた。


「盗んだ書類を渡してもらおうか!」

 賊の一人が、巻物の所有権を主張する。

 どうみても、この男の方が盗人に見えるが。


「これは貴族の不正を暴く重要な書類よ! そう簡単に渡すもんですか!」

 すかさず、少女は巻物を拾い上げた。


「なにおう!?」

 賊の一人が、腰の蛮刀を抜く。


 もう黙っている必要はないだろう。


 不意打ちで、アンは腰の剣を引き抜き、賊の脳天に叩き込んだ。


「あが!」

 頭をアンに打たれた賊が、ヒザを崩す。


 アンが持っているのは、練習用の剣だ。

 打たれて激痛はあっても、死ぬことはない。


「なんだテメエ! 痛い目を見たくなきゃ、とっとと失せやがれ!」

 賊の視線が、一斉にアンの方を向く。


 その前に、アンは動き出していた。

 少女に手をかけようとする賊の脇腹を払う。

 

 とにかく、相手を少女たちから遠ざければいい。


 柄頭を敵のみぞおちに叩き込む。

 殺さない程度に痛めつけて。


 最後に、少女たちをかばうように立つ。


 悶絶して武器を落とす賊たち。

「ちくしょう覚えてやがれ!」

 月並みな言葉を残し、盗賊たちは逃げていく。

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