魔女の住む探偵事務所
藤本翔太郎
Ⅰ 魔術師の嘆き
第1話
「なぁ、一樹。正義って何だと思う?」
ベットで寝ている少年に父親である男は声をかけた。
「分からない」
少年は短く答えた。男は「そうだろうな」と短く言った。
「父さんは、もう一樹とは一緒に暮らせない。それは、さっき母さんに聞いたな?だから、今度から一樹が母さんを守るんだぞ」
「父さんはもう会えないの?」
「どうかな?父さんは自分の正義を信じたいんだ。だから、一樹が父さんと同じ正義を信じたらまた会えるかもしれない」
男は少年の頭を優しく撫でる。
「もし、父さんと俺が違う正義だったら?」
男は肩を竦めた。自分の息子ながら嫌な事を聞いてくるなと思った。
「そしたら、父さんの信じる正義と、お前の信じる正義ではっきり決着をつけよう」
「うん、わかった」
*
「はぁ……はぁはぁ……あっあぁ」
深夜の路地裏、男の嗚咽が漏れた。
男は、肩で息をしゆっくりと深呼吸して息を整える。
無我夢中で走り抜けたため、彼の着ていたシャツは汗でじっとりと濡れていた。
肌に纏わりつく不快感に耐えられる筈もなく、彼は自らのシャツを脱ぎその場に放り出した。
背中を預けたビルの外壁はしっとりと冷えており、熱くなった体温と高ぶる精神を冷やしてくれた。
「はぁはぁ……本当に俺が。俺がやったのか?」
未だに震える自身の両手を開き、彼は見つめる。恐怖で未だに足が竦んでいた。
脳裏に焼き付いた人間が燃える光景。
肉を焦がし嗅覚を狂わす異臭を放っていたそれは幾ら彼が首を振ろうとも消え去る事はなかった。
彼は、恐ろしい物を手に入れてしまったと自覚してしまう。
『魔術』なんてものは奇跡でも神秘でも何でもない。
ただ人間の尊厳を狂わす狂気だ。
一度、その引き金を引くだけで簡単に人間を無価値のゴミへと変貌させてしまう。
こんなものが秘匿され続けてきたのに納得してしまう。
震える身体を自身の両腕で抱きしめる。
だが、震えは収まらない。
もう一度、力強く抱きしめる。
だが、喰い込んだ爪が自身の二の腕を噛み赤いあかい鮮血を流すだけだった。
一向に、震えなど収まる気配はない。
「はぁ……はぁはぁ。気が狂いそうだ。こんなモノを受け取るべきじゃなかった」
男は、ビルとビルの隙間から零れる夜空を見上げて呟いた。
「でも。でも……これがあれば。これを使えば俺はきっと。俺はきっと……」
彼は、自身に言い聞かせる様に。
自身を正当化する様に。
「これで、いいんだ。仕方がない。だって、信じれるものか。これは事故なんだ。本当に、扱えるかどうか試しただけ。だから。だから、あの人が死んでしまったのも事故なんだ」
ただ、同じ言葉を繰り返した。
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