第2話 超能力、発現
「よし!もうすぐ5歳だ!」
夜、自分の部屋で横になっている俺は喜んだ。明日、ついに俺は5歳になるからだ。
この5年間は生きる事が大変だった。特に問題だったのが食事だ。最初、母さんの母乳を飲むわけだけど、前世が25歳で彼女ができずに終わった俺は、若い女性の胸を見ること自体に慣れていない。母さんの年齢は俺が生まれた時は20歳だ。生きるためとはいえ、そんな若さの女性の胸を吸うのはとても緊張した。
あとは排泄だけど、それは割愛する。
とにかく生きる為に、そういう意味で大変だった。これも前世の記憶だけならまだしも、俺という自我が確立しているから大変だったと思うんだろうな。
大変と言っても嫌なわけではなく、むしろ新しい人生を生きているのが楽しい!
早く寝よう。5歳になる明日には楽しみが待ち受けているのだから。
「おはようございます、ラソマ様。起きていらっしゃいますか?」
「うん、起きてる。入って良いよ」
「失礼します」
朝、俺の部屋に入ってきたのは、メイド服の若い女性だ。なぜメイド服を着ているかと言えば、メイドだからだ。
彼女の名前はアミス、17歳。俺専属のメイドだ。なぜ俺専属のメイドがいるかといえば、俺が伯爵家の次男だから。もちろん長男である兄さんにも専属のメイドがいる。
「お誕生日、おめでとうございます」
「ありがとう!」
「なんだか楽しそうですね」
「うん。今日は洗礼の日だからね。やっと僕もスキルが使えるようになる!」
この世界にはスキルというものが存在する。スキルには様々な種類があり、一般的なもので言えば剣術、弓術、槍術、全ての武器が扱える武器術などがある。魔法は特に細かく分けられており、火魔法、水魔法、土魔法、回復魔法など、そして全ての魔法が使える大魔法というものもある。攻撃系のスキルだけでなく、林業や農業、それに漁業などに必要な技術もスキルとして習得できる。スキルは使えば使うほど熟練度が上がっていき、威力や速度が上がっていく。
これらの知識は兄さんに教えてもらった。伯爵を継ぐために兄さんは一所懸命に勉強しているから、年齢の割に知識の量が半端ではない。
スキルは5歳になる日、教会で行われる。
「楽しみですね!」
「うん!でも少し不安なんだ」
「何がですか?」
「貴族家に相応しいスキルが発現するかなって」
「ラソマ様…きっと大丈夫です」
「どうして分かるの?」
「ラソマ様の専属メイドとしての勘です!」
アミスは自信満々に答える。専属メイドの勘、か。きっと俺を励ましてくれてるんだろうな。
「ありがとう、アミス」
俺のお礼にアミスはにっこりと微笑んだ。
その後、俺はアミスに手伝ってもらって着替える。この年齢なら自分でも着替えられると思ったんだけど、貴族として服装や髪型が乱れていてはいけないらしく、自分でやってはいけない事になっている。
それにしても、これが俺か。鏡に映る銀髪の少年を見て思う。これがこの世界での俺の姿だ。
着替えを終えて、俺は食事をする部屋に行く。俺が部屋に入ると、ちょうど母さんと兄さん、それにもう1人、女の子が部屋に入ってきた。
「おはようございます、母様、兄様、スィスル」
「おはよう、ラソマ」
「おはよう、ラソマ」
「ラソマ兄様!」
女の子はそう言って俺に抱きついてくる。
「おはようございます!ラソマ兄様!」
「うん、おはよう」
女の子は俺を見上げながら笑顔で挨拶をしてくる。この子の名前はスィスル、4歳。俺の妹だ。
俺たちが自分の席に座って、少し経ってから父さんが部屋に入り、上座の席に座る。この時、絶対に父さんより遅れてはいけない。勿論、体調が悪かったりした場合は別だけど、健康なのに遅く部屋に入ってはいけない。その事は母さんに強く教えられてきたから、誰も遅れてくる事はない。
そして食事を終えた時、父さんが俺に声をかけてきた。
「ラソマ、分かっているとは思うが、今日はお前の洗礼の日だ。どんなスキルが発現するか楽しみだな」
「はい!」
「緊張はしないの?」
母さんが聞いてくる。
「緊張してたけど、アミスが緊張をほぐしてくれたので、もう大丈夫です」
「あら、そうなの?アミス、ありがとう」
「い、いえ!勿体ないお言葉です」
近くに控えているアミスが恐縮した顔をして頭を下げる。
「私は緊張したけどね。でも、このスキルを得て本当に良かったと思ってる」
「母様のスキルは何ですか?」
「裁縫よ。それで裁縫関係の職に就いて、新しい服を作りに来たエギルフと出会ったの。裁縫が発現してなければ、エギルフとは出会えなかったかもしれないわね」
「そうなんですか」
スキルでその人の人生が決まると言っても過言ではないという事か。
「少し緊張してきました。貴族として相応しいスキルが発現するでしょうか?」
「お前は次男であり、伯爵を継ぐのは長男であるオスエと決まっている。スキルと貴族を関連させて気にする必要はない」
「…そうですね。分かりました。気にしないように努めます」
父さんの言う通りだな。俺は貴族といっても次男。家を継がないといけない長男とは違う。
ちなみに兄さんのスキルは速書き。筆を持てば、どんな文章でもスラスラと淀みなく、そして早く書ける。強化していけば、こういう文章が書きたいと強く念じるだけで筆が勝手に動くらしい。もう魔法に近いんじゃないか?
その後、俺は洗礼を受けるため協会に行く用意をした。その時もアミスが手伝ってくれる。
「では行ってくる」
「旦那様、お気をつけて」
「うむ」
執事やメイドに見送られて、父さんと俺は馬車で街にある協会に向かう。父さんは領地を任されていて、今から行く街は父さんの領地だ。
それにしてもスキルか…どんなスキルでも楽しめそうだけど、やっぱり緊張してくるな。
「ところでラソマ、父さんのスキルは気にならないのか?」
「気になります。でも失礼になると思って聞きませんでした」
「親子でスキルの事について語る事に失礼なんていう事はない。…もしかしてラソマ、俺に気を遣っていたのか?」
「…はい。父様は伯爵ですから、無闇に話しかけてはいけないと思っています」
「ラソマ、お前はまだ5歳だ。そんな気を遣わなくて良い。そもそも家族じゃないか」
父さんが笑いながら言ってくれる。今まで無駄な気を遣っていたのかな。
「まったく…俺は息子に避けられているのかと心配していたんだぞ」
「そんな事ありません!僕は父様も母様も家族みんなが大好きです」
「…そうか。それなら安心だな」
もしかしなくても恥ずかしいセリフを言ってしまったかもしれない。前世の俺はそんな言葉、言った事がなかったな。
「それで俺のスキルなんだけどな、剣術だ」
…え?剣術?
「不思議そうな顔をしているな。貴族としては、ほぼ関係のないスキルだからな。だが有事の際、家族を守って俺も闘える。だから剣術で良かったと思っているんだ」
「そうなんですか。いつか父様の剣術、見てみたいです!」
「うむ、いつか見せてやろう」
「到着しました」
馬車を停めて御者が報告する。馬車から降りると、そこは教会だった。前世の頃にやったゲームに出てくるような見た目だな。父さんが教会に入って行くので俺はその後を付いて行く。
「ようこそ、レミラレス伯爵様」
「うむ。今日はよろしく頼む、神父様」
教会に入ると、老人が挨拶をしてくる。父さんの反応を見る限り、この人が神父なんだろう。伯爵でも神父に様を付けるんだな。
「今日は息子のラソマが5歳になったのでな。洗礼を受けさせてもらいに来た」
「ラソマ様も5歳になられたのですね。分かりました。こちらにどうぞ」
神父に続いて、俺たちは教会の奥に連れて来られる。そこには1脚の椅子が置かれており、俺はそこに座らされる。俺の目の前には神父、後ろには父さんが立っている。
「それでは…………ふむ、ラソマ様のスキルが分かりました」
神父が俺の頭に手をかざして数秒後、そう言った。
「ただ…」
「ただ?」
「聞いた事のないスキルです。調べなければ分かりませんが、少なくとも私は今まで聞いた事がありません」
「どのようなスキルなんだ?」
「超能力、というものです」
「たしかに聞いた事がないな」
俺は凄く聞いた事があるけどね。この世界に超能力はないようだ。
「スキルの内容は?」
「ラソマ様なら理解しておられると思いますが、どうでしょうか?」
「はい、分かります」
スキルが判明した瞬間、頭の中にスキルの詳細が流れ込んできた。
「失礼します。このような事ができます」
俺は立ち上がると、椅子を宙に浮かす。超能力と言うより、その中の念動力だな。
「これは…物体操作、か?」
「ですがスキルの名前が超能力ですから、何かが違うのかもしれません」
「うむ、その通りだな。ラソマ、他にできる事はあるか?」
「いえ、これだけのようです」
「そうか。しかしスキルは使えば使うほど強化される。今後、別の形に進化するのかもしれないな」
「そうですね」
父さんと神父はそんな事を話しているけど、俺としては手を触れずに物を動かせるだけでも十分に凄いと思ってるけどな。
「それでは神父様、今日はありがとうございました」
「これはこれは…こちらこそありがとうございます」
父さんが礼を言いながら小袋を神父に渡すと、神父は小袋を受け取りながら礼を言う。あの袋の中身はお金だ。洗礼の際、神父にお金を渡す事になっているからだ。でも貧しい人は払わなくても良く、そのぶん裕福な人が多目に払うらしい。この決まりは父さんの領地だけではなくて、この世界の常識らしい。洗礼を受けないとスキルが発現されないから、このルールはとても良いと思う。
「さて、帰るか。皆にもスキルを報告しないとな」
「はい!」
それから俺と父さんは馬車に乗って屋敷に帰った。
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