亡国の王子

@miri-

プロローグ

—————————生後三日で祖国が滅びた。



しょんべんをしに部屋を出たらそんな衝撃の話を聞いてしまった。しかも、俺が亡国(カルネール王国)の王子だとか唯一残った王の血筋だとか言ってるし………、じょ、冗談だよね?しかし、皆の表情は真剣そのものだ。声も幾分か強張ったり、抑えきれない激情をはらんだりしていた。話の主な内容は今後の行動指針で、色々な意見が飛び交ってるが、大きく分けると、「この雪山の中で一生隠れ住む」「帝国に反旗を翻す」「積極的に敵対行動はしないが、この雪山から出る」の三つだった。しかし、どの意見を支持する者も結局話の最後には「王子(オレ)に意見を仰ぐべきだ」とまるで語尾の様に続けている。


(お前らマジか!五歳のガキに何を期待してんだよ!)


思わずそう叫びたくなったが、グッと我慢して俺はその場を後にした。正直、もう少し聞いておきたかったが、そろそろ膀胱が限界に達していたので、俺は急いでトイレに駆け込んだ。


5年前 カルネール王国滅亡前夜


カルネール王国最後の国王であり、虫人の王、コブラ・カルネールはがっちりとした体躯と短く切りそろえられた赤髪、彫の濃い壮健な顔立ちを持つ40代半ばの男である。彼をよく知る者は皆声を揃えて賢く、とても優しい王だと言うだろう。しかし、初対面の者は十人中九人が震え上がって道を空けるだろう厳しい顔をしている。しかも、今はその生まれ持った厳しい顔をさらに厳しく歪め、熊でも一睨みで殺してしまいそうな恐ろしい眼光で大窓の外を見つめていた。

そこには、夜なのにもかかわらず赤々と燃える郊外、首都を囲むように造られた城壁の外には土豪や堀がいくつも作られ、さらにその外には数えきれないほどの敵国軍が駐屯している。この国の戦争前の総人口の2倍は軽く居る。ただでさえ、先の防衛線での大敗の結果、優秀な兵のほとんどを失ったのだ。勝てる見込みはまったく無かった。しかし、何度も出した降伏の使者は誰一人として帰ってこない。

コブラは静かにこの国の終わりを確信した。


「どうやら敵は降伏すら受け入れてはくれないようだ。ミラ。」


後ろを振り返り、一転、悲しげな表情と強い決意の籠った声音で控えていた次女服を着た女、ミランダを呼ぶ。

彼女の腕にはまだ生まれたばかりの息子が抱えられていた。この息子は帝国との戦争の最中に生まれた子だ。本来なら大々的に出産が祝福されるはずだったが、帝国の苛烈さを知ったコブラが種が滅亡する可能性を考え、死産であると周知した。帝国が国教とする女神教は人間種以外を劣等種と定め、苛烈な弾圧を行っていることを知っていたからだ。情報統制には最大の努力をし、その誕生を知る者は国仕えの者でも片手の指の数しかいないほどだった。この決定をした当初はまさかホントに滅びるとは5%も思ってはいなかったが、その最悪の事態が現実になってしまった今、予防をしておいて良かったと心の底から思う。

コブラはスヤスヤと眠っている息子の額に手を添える。


「お別れだな。強く生きろ。」


父の顔で優しく囁く。が、次の瞬間には国王としての顔に戻っていた。


「予定通り暗部の精鋭100人を連れてユウスケの能力で脱出しろ。」

「は、命に替えましても!」


決死の決意を瞳に宿し、凛と返事をするミランダ。

コブラはそれに一つ頷くと、斜め下に視線をずらした。そこには車椅子に座った日本人風の顔立ちの少年がいた。


「頼んだぞ、ユウスケ。」

「任せてください。」


少年は少し強張った、しかし、それ以上に決意に満ちた表情で頷いた。


その数分後、彼等は王城を出ていったが、それに気づく帝国人は一人もいなかった。





今から5年前。カルネール王国滅亡当日。

カルネール王国首都。


鉄の甲冑を着た兵士が剣を振り下ろす。鮮血が飛び散り、また一つ敵国民の命が無くなった。しかし、その亡骸を見下ろしたそれを為した男の顔に勝利や歓喜の色はなく、ただただ苦悩の表情を浮かべていた。それでも、彼は剣を振るう動きだけは止めない。命令だから、仕方がないのだと言い聞かせ、凶刃の刃を振るう。


「くそ……。」


何度振るっただろうか?男は自分の息が肩で息をするほど荒くなっていることに気づいた。敵は弱い。大した抵抗すらできず、数もこちらの方が圧倒的に多く、自分が初兵と言う訳でもない。様々な戦場を渡り歩き、それこそ命を懸けるほどの劣戦も何度も経験した。それでも、この戦場は今まで男が経験したどの戦場よりも地獄だった。


今殺しているのは兵士ではない。いや、中には兵士もいたかもしれないが大多数は一般人だ。成人すらしていない子供や、妊婦、寝たきりの老人すらいた。それを殺す。ただ殺す。情け容赦なく、一人の例外もなく、殺し尽くす。こんなことに何の意味があるのか?男には分からなかった。こんなものはもはや戦争ですらなかった。


「なんでこんな………」

「おや、どうかしましたか?手が止まっていますよ?」


ぬめりとした声にギョッと後ろを振り向くと、病的なまでに白い肌が特徴の神官服の男が立っていた。髪は緑色で、目の隈は非常に濃く、頬はこけ、非常に不健康そうな体であっる。

ロドリゲス・ライラット、この王都殲滅軍の従属神官の一人だ。


「ロ、ロドリゲス殿。」

「そこの娘、まだ生きてるようですが?」


ロドリゲスが指さした先には、揺り籠で寝かされた赤子がいた。当然、兵士もそれに気づいていたが、赤子の寝顔が自分の生まれたばかりの娘と重なって殺せなかったのだ。散々一般人を殺しておいて、今更何をきれいごとを言ってるのかと敵国民が聞いたら怒るだろうが、それでも兵士は殺せなかった。この赤子を殺してしまったら自分は二度と娘に顔向けができないような気がしたから。


「しかし、まだ赤子ですよ。」


だからこそ兵士はそう言い訳をしたが、それは悪手だった。

ロドリゲスはゴミでも見るような目で兵士を見やり、異教徒の血で赤く染まった剣を持った右手をすっと横に動かした。剣先は吸い込まれるように兵士の右手に突き刺さり、通り過ぎる。


ボトリ!


直後、重力に従って、手首から先が鈍い音を上げて地面に落ち、切り口から大量の鮮血が噴出した。


「うああああああ!」


自分の手を抑えて、絶叫を上げる兵士。ロドリゲスは首を不自然なまでに横に曲げ、膝から崩れ落ちた兵士を見下ろし、


「あなた、不信人ですねぇ。」


狂ったようにそう言った。






5年後 現在

衝撃の話を聞いて、トイレから戻った後。俺はベッドの上で白い手の平サイズの蜘蛛と対峙していた。この蜘蛛は俺が3歳の時に出会った人語を介する蜘蛛で、自らの事を転生者と言っていた。転生者云々を全て信じたわけではないが、蜘蛛の話はとても面白く、出会ってすぐに俺の一番の友人になった。

何時もは和気藹々と会話をする一人と一匹だが、その日はピリリとした緊迫した空気が両者の間に流れていた。


「お前は(俺が王族だってこと)知ってたのか?」


蜘蛛に向かって真剣な口調でそう問い詰める。

何も知らない人が見れば、頭がオカシイのか、余程蜘蛛の事が好きなのか、蜘蛛しか友達がいないのか、ふざけている事を疑う状況だが、本人はいたって真面目である。

聞かれた蜘蛛は居心地悪そうに僅かに身動ぎした後、カサカサと音を発した。普通の人間には蜘蛛が意味のない声を上げてるようにしか聞こえなかっただろが、俺の耳は確かな言葉を聞いた。


「知ってたわよ。」

「どうして教えてくれなかったんだ?」

「聞かれなかったから。」


そのあんまりな答えに男も怒りを通り越して、気が抜ける。「いちいち俺は王族なのか?」なんて聞かねえよ。そんな事をブツブツと言っていると、蜘蛛が不安げな声音で「これからどうするつもり?」と聞いてきた。。しかし、どうするもこうするも、俺は帝国の事自体ほとんど知らないんだぞ。判断しようがない。


「逆に聞くが、俺がもし帝国に復讐するとしたら、勝ち目はどれくらいある?」

「0ね。」

「マジか。」

「マジよ。」

「そんなに帝国ってのは強いのか?」

「ユウスケがあと30人以上は居るって言えば分かるかしら。」

「それは確かに勝てそうにないな。」


ユウスケってのはユウスケ叔父さんの事だろう。あの人の強さを正確に知ってるわけではないが、相当な強者であることは間違いない。それが30人いるとか悪夢以外の何物でもないだろう。

俺は蜘蛛子の話を聞き、暗雲とした気持ちになった。



Side:蜘蛛子

吾輩は蜘蛛である。名前は朝寝千早と言う。日本の浜松と言う地で両親共働きの家庭で生まれたナイスボディで人気者のピッチピチの女子中学生であった。…すみません!見栄を張りました。本当は見た目くらいしか取り柄のないただのボッチでした。でも、女子だったことも中学生だったことも本当です。

それが何の因果か、ある日の昼休み、教室の座席の最後列の自分の席で本を読んでいると、突然光が教室を包んだと思ったら異世界にモンスターとして転生していた。普通の人間なら発狂するような状況であると思うが、持ち前の呑気さと「神の声」と言う叡智系のギフトで乗り越え、言葉を解する事が出来る御主人にも恵まれ、今は怠惰なニートライフを送っている。ただ、本当に何もしていなかったわけではない。いくらご主人が優しくても、その周りが同じく優しいとは限らない。なにせ私はモンスターなのだ。殺す理由はいくらでもある。だからこそ、私は情報収集に余念は無かった。住処の洞窟に見えないように蜘蛛の糸を張り巡らせ、その振動が伝えてくれる会話の内容を聞いていた。その過程で、此処に元クラスメイトのユウスケがいる事や、ユウスケを含む他のクラスメイトは転生ではなく転移しており殆どが帝国——御主人の祖国を滅ぼした国に帰属している事も知った。その中には木原や国本のように実際に積極的に戦争に加担したり、非人間種を狩っている者もいるらしく、クラスメイトのその豹変ぶりに驚いた。


帝国の危険性を知っていく中で、私は洞窟外のナウな情報を得る必要性を感じた。(この洞窟で入ってくる情報はカビが生えたようなものばかりだ。)だからと言って、私自ら外に行くのは危険が大きすぎるから論外。と言う事で、私は子供を産み、その子供達に情報収集を頼んだ。彼彼女等は『ザ・チルドレン』と名付けた。え?何だって?子供なんて必要だからって産めるものなのか?それとも、雄蜘蛛とやったのか?

デリカシーのない奴等だ。実際それを考えなかったわけではないし、最後の手段としては取っておいたけど、幸にも無性生殖する事が出来た。どうやったのかと言うと、種族スキルを使ったのだ。種族スキルとはその種が生まれながらにして持っている固有スキルの事である。私の種族『ホワイトスパイダー』の種族スキルは【操糸】【毒合成】【多産】の3つ。この内の【多産】を使って子どもを産んだ。子供達は私の子供だけあって弱かったが、数だけは居たので情報はそれなりに入ってきた。体が小さく、ぱっと見普通の蜘蛛と同じであることも良く影響したのだろう。そうして、情報収集の結果分かった事は”帝国ヤベえ”である。何と初めの侵略戦争からたった4年で西部一体を征服してしまったらしい。このままいけば、この大陸が征服されるのも時間の問題だそうだ。ただ、他の国々とてバカではないので、反帝国連合が樹立する可能性もあり、このまますんなり征服できるかは分からないらしい。だが、少なくとも個人で帝国に反旗を翻せば死ぬのは確かであった。だからこそ、私は御主人に真実を伝えられずにいた。親の仇を取るなんて言われたら大変なことになる故。


「これからどうするつもり」


私が聞くと、ご主人は情報が足りないと言った。情報を伝えると、ご主人は眉をしかめ更に問う。


「此処に居ればずっと安全に暮らせると思うか?」

「此処を出るよりかは安全」


その中途半端な答えに、ご主人は顔をしかめたが、仕方ないではないか!絶対に安全なんて言えないんだから!なにせ転移者の能力は未知数。同じ転移者の居場所を察知できる能力者がいるかもしれないし、そうじゃなくても非人間種狩りなんてしてるような人間がいるのだ。遊び半分でこの雪山に入ってこないと言う保証はない。


「大陸の外に出れば安全か?」

「それが出来れば安全に暮らせると思うけど、たぶん無理。海には水龍と鬼鮫の生息地だし、空には飛竜がいる。餌になるのがオチ」

「逃げる事すらできないのか。」


ご主人はとうとう頭を抱えてしまった。かわいそうだ。でも、噓を言っても状況は変わらないので仕方ない。


「どうすりゃいいんだよ。」

「………………方法は無いってさっきは言ったけど、それは現状の常識を考えればの事。常識を覆すような突飛な方法なら大陸を超えたり、帝国に勝ったりできるかもしれない」




昼過ぎに俺は目を覚ました。昨日あれからなかなか寝付けず、実際寝始めたのが朝7時過ぎ。まだ頭がぼんやりしている。ボーっとした頭のまま服を着替え、顔を洗いに水浴び場に行く。気分は氷点下。非常に憂鬱だ。いつ死ぬかも分からないなんて聞かされたら当然ではあるが。

水浴び場に行くと先客がいた。幼馴染のミラーだ。ミラベル母さんの子供で、黒い腰まで伸びた長髪とメリハリのある体が特徴の長身の女性だ。白い陶器のような(背中の)肌の上には蜘蛛のタトゥーが彫られている。どうやら食材の解体で汚れた体の返り血を洗い流しているようだった。

俺は積み上げられたタライの一つを取り、ミラーの横で顔を洗い流す。昨日知ってしまったことは取り敢えず王家としての決意が決まるまでは隠しておこうと思ったので、自然な動きを心がけて行動する。


「何かあったの?ユキト。」

「な、ななな何かって何が?」


昨日知ったことはとりあえず隠しておこうと決めた直後にこの質問である。俺はギョッと目を剥き、肩を震わせる。その様子にミラーはますます不審げに俺を見る。


「今日はやけに静かじゃない。」

「い、何時もそんなうるさくないだろ!」

「はあ、何言ってるのよ。いつも「妖怪説教ババア!退治!」とか叫びながら浣腸してくるくせに。」


ミラーは「せっかく撃退してあげようと思ったのに。」と、何時の間にか手に持っていたタライを地面に置いた。それを見て、俺は感じるはずのない頭頂部の痛みを感じ、頭を抑えた。


「お、俺だってもうガキじゃないんだ。」


俺の言葉にミラーはなおも不審げな様子で俺を見ている。「つい昨日の出来事なんだけど」とでも言いたげな顔だった。しばらく、疑わしげに見ていたが諦めたのか体を洗いだしたので、俺は誤魔化す様にミラーの尻の穴に指を突っ込んだ。


「くらえ!」

「あいhっ!」

「ふ、油断sぐへ!」


そして、当然のようにボコボコにされた。

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