「どうしたの急に」

「私の知っている君は妙な色をした食べ物が苦手だったはずだ。なのにグリーンカレーが好き?言っていることがおかしくないか?」

「え、そう?味はおいしいから…」

一週間前の夕飯は麻婆茄子だった。しかし、まだ付き合う前に出かけた時に妙な色はダメで、麻婆茄子等は苦手といっていたはずだ。


「おい。いつからだ」

「え、本当どうしたの急に…?」

「いつから彼女と彼女のアンドロイドは入れ替わっていたと聞いているんだ!」


最初にあった時からか?それとも出かけるようになってからか?それとも私が当時付き合っていたという彼氏の別れ話をけしかけた時か。それとも結婚してからか。そういえば彼女は両親がいないと言っていた。だが本当にそうなのか。本当の彼女は今もどこかで暮らしているのではないか?役所に問い合わせれば教えてくれるのか?いや戸籍の閲覧制限さえかければ、特定の物にはダミーの戸籍しか見れないはずだ。もし私を閲覧制限の対象者として選んでいるのならば私には見れない。それにアンドロイドならば「虚偽の発言に対する罰則に関する法律」の対象外だ。いままでの生活のなかでいくら嘘をついても、リストバンドのブザーはならない。なにせ法律の対象は「人の発言」だからだ。


いや考えすぎか。人だって時が流れれば、趣味嗜好が変わることは十分ありうる。味覚だってそうじゃないか。いや、ほかにないか、なにか他に思い当たることはないか。じわりじわりと玉のような汗が額に浮かぶ。呼吸が乱れうまく息ができない。

「あなたおかしいわよ、急に。顔色も悪いし救急車よぶ?」

心配そうにのぞき込む彼女の顔も、とても不気味に映る。キミハイッタイダレナンダ?

「君は私の事をあなたなんて読んでいたか?」

「結婚してからはあなたと呼んでいるじゃない」

「君の生年月日はいつだ」

「2092年3月7日よ」


だめだこんな質問では何の意味もない。アンドロイドなんだ、その程度の事はプログラミングされているはずだし、記憶もあるはずだ。

「放せ!」

私の肩を掴んでいた彼女の腕を振り払う。台所までかけていく。老いた体のせいか体が重い。全力で走るのなんていつぶりだろうか。流しのしたから刃渡り20cm超の包丁を取り出した。

「殺してやる」

「…」

「彼女をどこへやった!彼女は今どこにいる!答えろ!」

彼女は悲しそうにこちらを見つめている。美しいと思っていたその瞳も、いまとなってはガラス球にしか見えない。バーチャルだ。本物かどうかわからない。ドラゴンだ。バーチャルでかつリアリティを備えたドラゴンなのだ、こいつは。


「いや、いずれにせよ帰ってこないだろうし、君は、口を割らないだろう。」

私はそう一人呟き彼女に向かって走り出した。彼女は必至の形相で逃げようとするも、その後ろ髪を左手で捕まえ、背中を指す。包丁を引き抜くと血が「どぷどぷ」と溢れだした。アンドロイドでも人間と同じような、血が出るというのは聞いたことがある。そうだ私は人を殺しているんじゃない、アンドロイドを壊しているだけだ。そうだ、人間様が作ったアンドロイドを壊しているだけだ。こんな嘘でできたものを壊したって、なにも非道徳的ではない。最も「善」なのは「本当の事」なのだから。


その後、私は妻だかアンドロイドだかを凶器の包丁と一緒に庭に埋めた。一晩掛けて穴を掘ったのでかなり深くまで惚れたと思う。勤務先からは何度も電話があったが無視をした。数少ない近所付き合いのある夫婦には「離婚した」と嘘をついたのだった。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る