「そう」

その時の彼女の表情は読み取れなかった。無表情であったようにも感じられたし悲しみがあったようにも感じられた。いずれにせよ彼女はそれ以上言葉を発することはなかった。


しばらくして彼女とその男が別れたという噂が流れた。理由は判然としなかった。単位を落としそうで大企業からの内定を取り消されそうになっている彼を彼女が見限ったとも、彼氏の方が浮気したからだとも、しょうもない痴話喧嘩だとも聞いた。

私にとっては、どれでも良かった

重要なのは彼らの関係が破綻したことだ。そうであれば私にもチャンスが回ってくる。


さらに逢瀬を重ね、私は彼女に気持ちを伝えた。

「愛してるよ」

私はは彼女をじっと見つめ気持ちを伝えた。なんと恥ずかしいのだろう。自分のあられもない感情を他人に伝えつというのはなんと恥ずかしいことなのだろう。

「私もよ」

彼女はそう言った。天にも昇る思いだった。その後、自身と境遇が似ていたこと、両親がいないこと等が一緒だったこともあって共感することが多く日に日に思いは深くなっていった。彼女が25歳の年、そして私が55歳の時に籍を入れた。たがいに親族という親族もいないので結婚式を挙げなかった。私にとっては僥倖だった。


彼女との付き合うまでの事を思い出していると、いつの間にか食事を終えていた。空になった器を流しへ片づける。自動食器洗いへ食器をしまう。スイッチを入れるとうぃんうぃんと起動音がした。中からお湯が吹き上げられ、食器が洗い流される。お湯が緑色に薄く染まる。ぼーっと眺めているとふと思いがよぎった。



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