第12話 それぞれの思い

 俺は、「大好きだ」と書かれたスマホの画面から目を離せなかった。どうせ嘘にしても、今日は幹彦といい好美先輩といいたちが悪い。俺が本気にするような冗談を真面目くさった顔で言わないでほしい。俺はそんな憤慨半分でスマホの画面に向き直った。幹彦は、いつも優しく俺のそばにいてくれて、ことあるごとに励まし、時には怒ったりもしてくれた。幹彦がいるだけで部活のやる気も出たし、部活の雰囲気も和らいでほっこりしていた。クラスで何があっても、俺には幹彦がいるからって思えた。また溢れて止まらなくなる思い出の中で、俺はいつの間にか過去のトーク履歴を辿っていた。どこまでもどこまでも辿る中で、俺は一つのメッセージを見つけた。それは俺が支部大会の後にふざけて送った、「幹彦、支部大会お疲れ様! 大好きだ。」の言葉だった。特に恋愛感情を持っていた訳ではない。でも、あの時も今も変わらないのは幹彦への感謝と信頼だ。俺はふと一つの考えに至る。もしかしたらあいつ、このLINEへの返信をしたんじゃないか? 自分の思いつきに俺は思わず苦笑した。今日はエイプリルフール。ちょっとくらいふざけてもいいだろう。そう思って俺は文字を打っていく。「幹彦、お前にはほんとに感謝してる。俺も大好きだ。」心からの言葉。再ブロックされている幹彦には伝わるべくもない。でも、伝わらなくても伝えたかった。恋愛感情では無いし、ふざけて打ったつもりなのに、いつしかスマホの画面は歪んでいた。自分の嗚咽が小さく響く中、周りを見ると夕日は既に水平線に最後の一片を残しているだけだった。俺は今までの思いと思い出を吐き出すように泣き続けた。

 どれほど泣いただろうか。いつしかあたりは完全に暗闇に包まれている。俺は気持ちを落ち着かせようと深呼吸した。思いもよらないところで思い出してしまったが、切り替えなくてはいけない。新歓が終わるまでは、ひとまずそっちに集中しよう。何度目かの約束を自分と交わし、俺はようやく歩き出した。家に帰ると、家族は昨日と打って変わって静かな様子で俺を迎えてくれた。やはり、家族には感じるものがあるのだろうか。

 翌日、はっきり言って厄介だった講習が終わり、ようやく部活に専念できる日がやってきた。朝9時、俺が部室に入ると既に多くの部員が待っていた。 

「おはようございます!! 」

いつもの挨拶を交わす。

「おはよう! 国之!」

先に来ていた美智が返してくれた。安堵と嬉しさを持って俺は部活に入っていく。ミーティングでは、募集していた物が早速集まっていた。俺は驚きとともに嬉しさを感じ、みんなの気持ちの入り方を実感した。これで小道具は全てだ。今回は小道具も大道具も多くないため道具担当が一人になったが、それでもここまで早いとは思っていなかった。小道具については早くも全部集まってしまった。これは主役の俺も頑張らないと。徐々に感覚が鋭くなり、頭の中がきれいになっていく。そのおかげか、今日は発声から絶好調だった。午前中は主にオープニングから流していき、所々でダメ出しを聞いていく感じだった。やはり最初は流れ重視、細かいダメは後からだ。それを差し引いても、俺は動きが固いらしい。何とかそこを返して直していかなくては。返しは続く。午前の練習が終わる頃、俺は既に頭も体もヘトヘトだった。今まではあまり大きな役をしたことが無かったためか、ここまで疲れるものだとは正直思っていなかった。改めて先輩方はすごい。

 昼休みになり、部活の雰囲気も少しばかり緩んだ。俺は速攻で演出の奏先輩の所へ向かう。かねてから考えていた小道具の配置を確認するためだ。

「奏先輩!! 」

「お、どした国之? 」

「小道具の配置の事なんですけど……」

俺はそう言って配置図を見せる。先輩は少し驚きながらもきちんと図を読んでくれた。

「大体大丈夫だと思うよ。今後の展開でちょっとは変わるかもしれないけど……。仕事が速いね。ありがとう! 」

俺はいきなり褒められて思わず嬉しくなったが、近くにいた由香里先輩の言葉で凍りついた。

「そういえば国之、ご飯食べた? 」

「え……? 」

そういえば存在を忘れていた。お腹は空いているはずなのに感じなかった。とにかく返答しないとまずい。

「え、あ、いや、忘れてました……。」

途端に先輩の目が厳しくなる。

「部活のことの前に食べなさい!! 食べること優先だし、今しか食べられる時間ないんだから!! 」

確かに、気づけば昼休みは後10分だ。でも、小道具が揃ったからにはボックスの整理などを含めてやってしまいたい。

「もう少しで終わるんで……」

「だめ。とにかく食べちゃってからやりなさい! 退部にするよ!! 」

冗談とわかっていても退部させられる訳にはいかない。俺は由香里先輩の切れ味を持った眼差しから逃れるように食べ始めた。結局、その日はもう作業を進めることはできなかった。

 あっという間に時間は過ぎていき、部活の終わる17時になった。いつもはもっと早いはずだが、公演前はいつもこんな感じだ。俺はミーティングで明日すること、ボックスの整理と大道具の材料搬入のことを連絡し、ミーティングはつつがなく終わった。部活だけでここまで疲れたのも久しぶりだ。もうしゃべる気力すら湧いてこない。

「国之、ほんとにちゃんと食べなさいよ……あんたはいつでもそうなんだから……」

由香里先輩のお小言を聞きながら、それに答える気力もなく歩き続ける。

「国之ほんと周り見えなくなるよね。集中のしすぎも考えもんだよ。幹彦もそうだけど…」

一美にまで言われてしまった。彼女は苦笑しつつ少し怒り気味でこっちを見つめているそこまでなんだろうか。少し目の前が暗くなる。俺達は他愛もない会話をしながら家路を急ぐ。こういう会話が時折とても愛おしく思える。

 翌日、俺は30分早く来て準備を始める。朝日とそよ風がいつもに増して俺を照らして思えた。ひとまず、使う小道具を仕分け、上手(かみて)に置くもの、下手(しもて)に置くもの、舞台に置くものに分けてボックスに入れる。作業がひと区切り着いた終わったころ、ちょうど一美が入ってきた。

「おはよう!! 」

「おはよう、一美!! 」

今日の彼女は何故かいつもより元気が無い。少し肩を落とした姿が寂しかった。

「ねぇ、国之、何で幹彦は転学しちゃったんだろう。」

なんで最近はみんな幹彦の名前をよく出すんだろうか。でも、当然そんなこと言えるはずもなく、俺は少し考えていて言葉を返す。

「多分進路のことだと思う。あいつ、最近ずっと休んでばっかだったし、この学校に合わないっていうのもあるのかもね。」

俺達の通う去山高校は、進学実績はあまり良い方ではない。にも関わらず、講習などはやたらとたくさんあるため辟易する生徒も少なく無いようだ。幹彦は、何が合わなかったんだろうか。 

「じゃあ、なんでこの学校来たんだろ」

「入った時のイメージと違ったとかってのもあるのかもな。」

「そっか……」

「でも、俺らにできるのはあいつの今後を応援することだけだよ。高校は義務教育じゃないから、こういう転学は将来のための一歩なんだ。」

俺は切なくおもいながらも、由香里先輩に言われたことを思い返して答える。きっと一美も、言わないけれど美智も、それなりに寂しさを抱えているのだろう。ふと見ると、一美は呆然と窓の外を眺めている。その表情の苦しさ、切なさが俺の胸にも刺さって響く。きっと俺も、少し前はこんな感じだったのだろう。そう思いながら、思わず一美に見とれてしまった。

 しばらくして先輩が、美智が来ると、一美はいつもどおりに美智の所へ駆けていった。一美の変化に心配しつつ、俺はあいつが少し本心のようなものを俺に聞かせてくれたのが嬉しかった。かくして、部活は進む。俺はロッカーを作る指示を出し、返しの合間に忙しく動き回った。そのおかげか、帰りのミーティング前にはロッカーの基礎は作れていた。ミーティングで明日色を塗ることを報告し、何とか作業を進められたことに喜びを感じた。疲れからかミーティングの内容は全く頭に入ってこなかった。泥のように疲れながらも俺は高揚感に満たされていた。セリフを覚える期限まであと5日。まだ焦る気持ちは無い。演技の方も着実に行こう。俺はそう自分に言い聞かせ、帰り支度を始めた。今日も奏先輩の元には人だかりが出来ていた。胸にその中の一人、一美の寂しそうな顔がやけに心に染み付いて離れない。外に出ると校門の目の前に満月が輝いていた。思わず見とれ、圧倒される。

「月がきれいだね」

俺は無意識に小さくつぶやいていたが、当然応えを返す者は無かった。

 全員が一つになって進んでいける毎日。それがとても尊く思えた。進んでいこう。完成に向かって。でも、演劇の神はそんな簡単には完成させてはくれなかった。次の嵐は、4月5日、他でもない俺の不注意によって、言わば俺によって引き起こされてしまった。

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