第55話 ここから始まる復讐

「ん……ここは……どこだ?」

「やっと起きたか、無能」

「松風……」


 ケイは辺りを見渡して、状況を確認する。まず、目の前には堂々と、ふてぶてしくふんぞり返っているのは、街の領主にして、英雄の1人である松風。

 昔とは違い、膨れた腹が出ており、髭も生やし、全身が明るい赤色の服を身に纏い、金のボタンで閉めている。まるで貴族のような格好をしていた。


「久しぶりだな、蛍」


 周りには、天井にはシャンデリラが1つ。さらにその向こうには窓のみ。今、松風とケイは1対1で向かい合っている状態だ。


「見ない間に随分太ったな」

「はっ、お前が消えてから10年。俺は寂しかったぜ。なんせ──」


 豪華な椅子に座っていた松風が立って近づいて来る。

 一方、ケイはここでようやく自分が縛られていることに気がついた。背もたれしかない椅子で、両手首が背もたれの後ろで縄に縛られ、両足首は椅子の脚で縛れていた。


「ッ!! クソ!」

「お前というサンドバッグが居なくなったんだからな!」

「ぐっ……」


 ケイの腹に右ストレートで松風は拳を入れた。それから、垂れ下がった顔面を瞬時に左拳で殴って強制的に上げさせる。


「そう……そうそうそう。これだ……この感が堪んねぇー!」

「おい……ユイはどうした?」

「あ? あぁ、あのガキか。あいつ、まだ処女だったからな。どうせなら調教して、お前の前で奪ってやろうと思ってな、地下室に入れて置いた。ちょうどこの真下だ。なぁ、蛍。そこ、どんな所だと思う?」


 松風は10年経っても変わらない気持ち悪い笑みを浮かべて、ケイの目の前でニヤニヤする。

 それから胸の内ポケットから紫色の液体が入った小さな小瓶を取り出した。


「そこはなぁ、この超強力な媚薬で廃人になった亜人たちの住処だ。汚ったないぜ〜。腐敗臭、狂った亜人、欲を満たすために襲おうとしてくる。廃人の住処だ。あはははは」

「……そうか。ユイ……」

「だがなぁ、聞けよ。こんな俺にも大切な物事できたんだぜ? 戦争で出会った王国宮廷最強魔導士であり、俺の妻のユナ。俺達の間に出来た息子フラット。そして、大金叩いて、井上に口聞いてもらって手に入れた王国一穏やかな街『エルフィーナ』」


 ベラベラと聞いてもいない自慢話を語り出す。当然と言えば当然であった。なにせ、人間界には松風より上のレベルがかなりいる。自慢をした所でなんの凄みもない。

 要は自慢を出来る相手がいなかった。ただ、それだけのためにベラベラと饒舌にケイに話しかけている。


「この街の凄いところはな、全員が俺の部下で、戦闘員なところだ。どうだ、凄いだろ。街の1人1人が戦える。つまり俺の──」

「あぁ、だから俺は眠らされたのか」


 自慢話の腰を折ったのがイラついたのか、ズカズカと再びケイに近寄り、今度は足で顔面を強烈に蹴った。


「ぐっ……」

「聞けよ、おい! はぁ、はぁ……そうだ。簡単だ。ギルドから直ぐに報告が来て、酒の中に薬を飲ませるように命じた。まさか、酒樽の半分を入れて、風呂で血を回させてようやく効いたのが驚いたがな……ん? 待て、その背中の棒、それに服……」

「な、何すんだ!」


 松風は右手で小さな輪っかを作り、右目で覗き込んだ。


「技能『鑑定』」

「!? 馬鹿な、お前にそんな技能はないはずだぞ!」

「ふはははは、俺はお前という『無能』違って選ばれてんだよ。この技能は世界樹の実を食べ新たに得た技能。俺の技能は『異世界翻訳』を含めて7つだ!」


 松風は「選ばれた」という言葉を強調しながら、『鑑定』を使い、ケイの体をじっくりと見渡す。顔、胴体、足、そして背中の棒。


「!? こ、こ、これは……ホーンラビットキングの角!? しかも原種だと!! お前ごときの『無能』がこんなものを持ってていはずがないんだよ!」


 再度、松風はケイの腹にパンチを繰り出した。それから、自身の手がボロボロになるまで何度も何度もケイの顔を殴り続けた。何度も、何度も……。

 それからさりげなく背中からホーンラビットキングの角だけは奪い取った。


「はぁ、はぁ……ど、どうだ……これが選ばれたものだ。世界樹の実を食べても3分の1の確率で生き残れた力だ! あははは」

「うっ……ちょっと響くな……それは、つまり……」

「お? そうだ。もう生き残ってるのは10人しかいない。なんだ、なに一丁前に服なんか着てんだよ。『鑑定』……これもか!?」


 脱がそうとした服もついでに『鑑定』した松風はケイの着ている服に価値を見出した。結果は、国宝級の素材を使った服。それはケイに──ケイのためだけに編まれた特別な服。


「フェ、フェンリルの素材だと!? こ、これを……お前が持ってていいはずがないんだよ!」


 松風の強烈なビンタが、最後に響く。ケイは口の中に溜まった血を、近くにいた松風の頬にペッ吐き出した。涎と一緒に着いた血は、松風の顎まで流れて、地面に落ちた。


「ゴミが! よくも俺様に……唾を付けたな! お前の身ぐるみを剥いでやる!」


 胸ポケットからナイフを取り出し、背もたれ越しに、厳重に縛ってあったケイの手縄を解く。


「おら、脱げよ。お前ごとき魔法で直ぐにでも殺せる。死にたくなかったらさっさと脱げ!」

「はぁー! 助かったぜ。『再構築』をしようにも手首縛られて縄まで届かねーもんな。いやぁ〜焦った焦った」

「あぁ、なんの話しだ! 早く脱げ! そして、俺に渡せ。早くしないと死ぬぞ」


 ナイフを前に突き出して、急かす松風を無視して、ケイは足首にも縛れている縄を解き始める。


「おい、松風。俺はこっちに来て、まだ名乗ってなかった。俺はケイだ。もう、かつての蛍じゃねぇ……。俺はな、お前らを殺すために来たんだ」

「殺す? 俺をか? 何訳わかんないこと言ってんだよ。時間切れだ! 死ね! 我が炎は弾となり、敵を殲滅する力となる! 『炎魔法──ファイアーブレッド』!」


 左手にはホーンラビットキングの角を持っているため、右手を前に突き出す。手のひらから赤い魔法陣が出てきて、炎の弾丸が飛び出そうとした。

 そのわずかな瞬間をケイは見逃さず、軽く深呼吸をして、一言。


「『王の威圧』」


 直後、松風が繰り出そうとした魔法陣は崩壊した。


「なぁ、おい、動けない気分ってのはどうなんだ?……って、喋れねーか。松風。俺はな、現状で良かったことが3つある」


 右手を突き出したまま動かない松風の左手から、少しづつ指を剥がし、ホーンラビットキングの角を奪おうとする。

 慎重に松風の指を剥がしていたが、ケイの心に一瞬だけ悪魔が宿り、直後、べキッと音がした。


「あ、悪ぃ……中指折っちまった」


 動けない松風の顔には一筋の涙が流れていた。松風の恐怖心を煽るようにケイは周りをゆっくりと歩き出す。


「それで、話の続きだな。まずは1つ目、ユイの無事だ。2つ目、殺す手間が省けたこと。そして、3つ目……お前のクズさが変わっていない事だ。これで心置き無くやれる」

「うっ……うっ……」

「うぉ、まだ3分ぐらいだぞ……もう話せるのか。だいたい5分ぐらいで解けるんだな」


 徐々に動けて来た松風を無視して、ケイは部屋の真ん中にたった。


「この当たりか……じゃあ、まずはユイを返して貰うぞ。『豪力』」


 直後、部屋は大崩壊をむかえた。

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