第54話 気づかなかった罠

 露天風呂を上がって、髪と体を洗った。


「あぁ、これだよこれこれ。これが文明だよなぁ〜」

「……このフワフワしたの、何?」

「これで、体中の汚れを落とすんだ」

「……なる、ほど」


 ケイが洗っている真似をして、近くにある置いてある緑色の魔石から出た泡を髪に付けてゴシゴシと擦る。だが、何度もやってもケイのように上手くいかなかった。


「……むぅ、なんで?」


 唸るユイの隣で、ケイはお湯で髪を泡を流して、さっぱりとする。顔もついでに洗ってやろうかと辺りを見回したところで、ようやくユイが嘆いていることに気がついた。


「ん? あぁ、ちょいと背中を向けな」

「……?」


 指示通り、ユイは背中を向ける。直後、ザバーン!っと頭の上からお湯が降ってきたことに驚いたユイが、すぐさま警戒する。


「!?!? ケイ、敵が……むぅ」

「あはははは」

「……なにすんの」


 ただ単にお湯をかけられたことに気がついたユイは警戒を解いた。


「いや、悪い悪い。そう怒るなって」

「……今度やったら許さない……あ!」


 ユイは腰まで伸びたゴワゴワの髪が、背中越しにいるケイよって弄られる感触を感じた。なんだか照れくさいような、恥ずかしいような気分なのに、不思議と穏やかな気持ちになるのが、わかった。


「先に濡らさないとダメなんだ」

「……むぅ、先に言って欲しかった」

「悪かったって」


 伸びた髪が緑色の魔石から出る泡によって徐々に泡立っていく。しばらくすると頭のつむじまで着いた。ケイは、前髪や耳裏などを洗おうとしたが、ぴょこぴょこ動く獣耳が、それを邪魔する。


「おい、揺らすな。泡が飛ぶ」

「……くすぐったい。自分でやる」


 目を瞑りながら、ゴシゴシとユイは自分で髪を洗い始めた。この時、初めてやることに夢中で気がついてないのか、力強くやりすぎて、巻いていた布がいい感じに取れ、上半身──主に豊満に育った胸が丸出しになっていた。

 だが、この時、ケイは敢えて何も言わない。拝むだけで、知らぬ振りを続けた。ただただ一言、「生殺しだ」とだけボソッとだけ呟いた。


「あ、終わったか?」

「……ん、終わった」

「よし、それじゃあ流すぞ〜。ギュッと目を瞑れ〜」

「……ん!」


 ザバァー!と水と共に泡が流れ、汚れや匂いが取れるのと引き換えに、水では再現出来ない女の子特有の甘い匂いが、ユイの髪から放ち始めた。それ気づいたユイも自分の変化に驚きつつ、喜んでいるのか、尻尾がフリフリと振っている。


「……すごい。ケイ、私、この匂い、好き」

「あぁ、そうだな。いい香りだ」

「……あとは、どうするの?」

「このネットリとしたやつで髪の質を保つようにするんだ。さっきみたいに泡立てるんじゃなくて、撫でるように伸ばすんだ」

「……わかった」


 布が肌けていることも知らずに、ユイは泡が出る緑色の魔石の横にある黄色の魔石から出るネットリとした液体にも夢中だ。ケイもチラッと横目で拝みつつ、無心で体を洗い始めた。


「……ケイ、合ってる?」

「おー。合ってるぞー」

「……ツヤツヤ?」

「あぁ、ツヤツヤだ。これでますます綺麗になるな」

「……っ! ケイのバカ!」


 照れたのか、ユイは顔を真っ赤にしながらも、大事に撫でている髪に、ニヤけてしまう嬉しさを隠しながら、丁寧に液体を塗った。

 一方、ケイはバレて怒られないようにと、急いで体を洗い切り、再び内部の温泉に浸かる。


「ふぅ〜。ユイ〜それも流したら、布を濡らして赤い魔石で体を洗うんだぞ」

「……ん、わかっ──ケイ?」

「なんだ?」

「…………見た?」

「い、いや?」


 さっきの照れたような優しい目とは反対に、怒りを隠して、疑う冷やかなユイの目が、ケイをじっと見る。5秒ほど、見つめたあと、疑いをやめて体を洗い出した。


「……なら、いい」


 どうしても水だけでは落ちなかった汚れが、徐々に落ちる快感を体験したユイは、ゴシゴシと何度も洗い、丁寧に体を磨いていく。それが終わると、綺麗に隅々までお湯で体を流して、ケイの横にポチャンと湯船に浸かる。きちんと、布を巻き付けて。


「……ふぅ」

「お疲れ様、どうだ? 初めての温泉は」

「……ん、最高。気持ちいい」


 ユイの満足した顔は、見なくてもケイはわかった。理由はお湯の中でチクチクと揺れる尻尾が当たるからだ。柔らかいのだが、何度も当たるから痛いと思いつつも、我慢して、ユイの気持ちを優先させた。


「……これから、どうするの?」

「そうだな。資金の問題は無くなった。言語も大丈夫。冒険者のレベルもだいたいわかった。目標も見つけた。1日で欲しいのは手に入ったからな。あとは、狩るだけだ」

「……今日?」

「いや、今からだ。さ、上がるぞ。浸かりすぎると逆上せる」


 二人同時に上がり、脱衣所に戻ると、濡れてないもう1枚の布で体を拭く。それから、ある程度拭き終えると、今度は深緑色の魔石から温風が出るので、それで髪を乾かす。


「……ケイ、早い」

「ユイは髪が長いからな。まずは体だけ拭いて軽く着替えろ。髪は任せとけ」

「……ん、わかった」


 ある程度、服を着替え終えるとケイの元へと行き、乾かして貰った。それから完全に着替え終えるのを確認する。


「忘れもんねーな。よし、じゃあ、行くか」

「……ん!」


 脱衣所を出るとおばあさんは寝ていた。何をしても起きなさそうな程、熟睡しており、幸せな夢でも見ているのか顔がニヤ〜としている。


「年老いたばあさんの寝顔を見てもな……」

「……ケイもあんな感じだよ?」

「うそん!?」


 くだらない会話を続けながら、いつも通り裸足で、闇に染まった夜の街に出た。

 それからすぐケイとユイの視界がグラついた。


「な、なんだ……視界がっ!!」

「……き、気持ち悪い」


 視界が揺れ、酷い酔いにあったように平衡感覚が保てなくなり、意識が飛かけるのを何とか引き止めながら、倒れた。


「ユ、ユイ……」


 定まらない視点の中で、ケイは自分たちを囲っている者達の声が聞こえた。


「やっと寝たのか、化──つら」

「酒──の半分の薬──もの。こいつと、亜人、いった──者??」

「2人とも黙れ。とに──松風様のと──行くぞ」

「「了解」」


 ケイは途切れそうな意識の中で、会話を拾い上げたが、全く頭に入ってこず、頭で整理しようとした時、プツリと切れた。




「おい、おい、いつまで寝ている!この、サンドバッグが!!」


 次に目を覚ましたのは、頬に強烈な痛みを感じた時だった。

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