第52話 英雄譚と混浴風呂

「……ケイ、避けられてる?」

「あぁ、なんか嫌だな……よし、警戒を解くぞ。魔界じゃないんだ。安全だろ」

「……ん、わかった」


 2人は気を落ち着かせ、ゆっくり、深く深呼吸することで警戒心を薄めた。


「これで大丈夫だろ。さて、次は……」


 次のやることがあるため、目的にまで歩いて行こうとすると、ユイがケイの裾を引っ張っている。


「あの、ユイさん?」

「……ケイ、あれ食べたい」

「そうだな……デザートか」


 ユイが指を指したのは、3段重ねのアイスクリーム。子供たちに人気があるのか、行列が絶え間なく出来ている。


「よし、行くか」



 そして、並ぶこと30分。


「はい、どうぞ。お嬢ちゃん、可愛いから1個おまけだよ」


 陽気なオッサンに渡されたのは、4段のアイスクリーム。赤、青、黄、みどり色の順に繋がっていた。


「ほら、あんちゃんもおまけだ」

「お、悪いなオッサン。オッサン良い奴だな」

「……ん、良い奴」

「まぁ、歩き歩きの商売だからな。笑顔を見て回るのが楽しいのさ」

「そんな、オッサンに1つアドバイスだ。この街はやばい。今日にでも出て行った方がいい」


 ケイの忠告に、オッサンは固唾を飲んだ。やばい雰囲気、気配、空気。ケイが身につけた力が、それを裏付けるかのごとく物語っていた。


「そ、そうか……だったらこの列を捌いたら出るわ。ありがとうな」

「おう、達者でな」


 そのままケイ達は次の目的地に歩いて行った。


「……ケイ、なんで教えたの?」

「ゆい、俺達はなんだ?」

「……復讐者」

「そうだ。復讐者だ。殺戮者じゃない。守るものは守る。殺すべき相手は殺す。それがマナーだ」

「……つまり?」

「殺すべきやつは殺して、殺さなくて良い奴は殺さない」


 ぺろぺろとアイスを舐めながら、ケイの後をついて行くユイが、質問を投げた。


「……本当にそれでいいの?」


 ピタッと止まったケイの足は、前を進もうとはしない。ぺろぺろと最後の1段を美味しそうに舐めながら、ユイは質問の答えを待つ。


「もちろん、ダメだろ。馬鹿にするやつは許さん。だが、数が多すぎる」


 それはギルドで聞いた英雄譚。それは約10年前の出来事だった。


 4国の戦争が耐えない毎日。民は怯え、餓えに苦しみ、死にたいとすら望んでいることが多かった。それを神は見かねていた。


 そんなある日、デュルデート王国の王様が、神のお告げより、もう1つの世界から英雄たちを呼んだ。その英雄達は、争っていた残りの4国を、神の代行者として、世界を平和に導いた。


 しかし、問題があった。召喚された30人の英雄達の中に1人だけ『無能』がいた。その者の名は蛍。彼は1番弱く、1番頼りないため王様は彼を手厚く保護し、代わりに自分の息子を戦場に向かわせた。

 王様の息子と英雄29人。合計、30人の英雄達は、瞬く間に3国を滅ぼし、そこにいた農民達は、今やデュルデート王国の統括地に入り、今や3国の領地を持つ巨大な王国──大デュルデート王国が完成した。


 活躍した30人の英雄は、今では誰もが知っており、1つのルールが広まった。

 それは、『悪い子だと「蛍」になっちゃうぞ〜!』だった。それを意味するのは、もちろん、悪いことをしていると、落ちこぼれのケイのような『無能』になるぞという意味を表している。


「……つまり、この国、全員が相手だ」


 ケイの話を気にもしないで、ユイはアイスクリームをペロリと食べ終わると、ケイを見て笑った。


「……もしかし、ビビってる?」

「はっ、はははは! まさかユイの口からそんな言葉が出るとは、思わなかったぜ。この俺が? 国ごときにビビる? 確かにそうだな。ユイの言う通りだ。悪い、目が覚めた」

「……ん、いつものケイ」

「よし、そろそろ日が暮れてきたし、行くか」

「……おー!」




 きちんと服を着ているが、裸足のため目立ちながら、歩くこと約20分。


「ここが、目的地だ」

「……へぇ〜」

「温泉! ようやく見つけた」


 早速、2人は入って行く。受付のおばあさんが、少し先で椅子に座りながらのんびりと本を読んでいた。


「なぁ、おばあさん。いくらだ?」

「なんだい、見ない顔だね。名前はなんてんだい?」

「ケイだが?」

「ケイ……ケイ……あぁ、『無能のケイ』かい! あはははは!」

「……このババ、殺す」


 馬鹿にされたケイ以上に、ユイが怒り、少し殺気が漏れたのか一瞬、毛が逆立ち、目が深く沈んだ。

「まぁ、待て、ユイ」

「なんだい、なんだい、可愛い亜人奴隷娼婦付きかい?」

「……やっぱり、殺そうか?」

「……ん、ケイ、待って」


 高笑いしながら、おばあさんはケラケラと笑い、落ち着いた。


「それで、何しに来たんだい?」

「あぁ、風呂は入りたくてな」

「混浴なら空いてるよ。貸切にするかい?」

「……混浴?」


 この先の展開を察したケイが慌てて、話を逸らそうとした。


「ま、待て、男女別で──」

「混浴っていつのは、2人で一緒に入ることだよ」

「!!……それでお願い! ババ、良い奴!」


 予想通りの展開が起こってしまったので、慌てて制ししようとしたが、歯止めが効かなかった。


「待て待て待て! 別だ!別!」

「混浴貸切だから、銀貨1枚だよ」

「……ん、プレートで」

「あ、え? いや、待て! それ、俺のプレー」

「毎度! 真ん中の所だよ」

「……ん、ありがとう」

「話を聞けぇぇぇぇえ!!」


 こうして、ケイの言葉に耳は貸されず、結局、混浴風呂に入ることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る