第二章 選択編

第46話 プロへの第一歩

 左利きというのは、どうしてこんなにも不便なのだろうか?


 ドアノブは基本的に右側にあるし、駅の改札機や自動販売機の硬貨入れも右側。

 スマートフォンのケースなども左利き用になると、値段が高いし、ファミリーレストランのスープバーのおたまは右利き用で汲みにくい。

 ハサミなども右利き用で作られているので切りずらいし、ノートを取るとなれば小指の側面が芯の汚れで真っ黒になる。


 利き手婚約条例が成立し、左利きの価値が社会的に高まってきているにも関わらず、まだ社会全体がその需要に追い付いていない。

 まさに、社会から迫害された気分である。


 そして、ここに一人、左利きで、スペシャルヒューマンという称号まで得ている。社会の勢力図に置いて最強の称号を手にしている男がいる。

 それこそ、俺天馬青谷てんばあおやである。


 だが、そんなスペシャルヒューマンの勢力図が全く通用しない世界がある。

 それが、スポーツ界である。


 スポーツ界において、左利きは有利と言われてはいるが、実力が無ければプロになることは出来ない。つまりは、完全実力主義の世界なのである。だが、時には運というものもある。

 例えば、とある試合で試しに使ってみたらいきなりゴールという結果を残して、一躍有名になったりとか、監督に気に入られたとか。

 だが、それもある程度一定の実力が伴ってなくては成しえることが出来ない。

 つまりは、実力は練習の賜物なり。


 そんな俺、天馬青谷にも転機が訪れようとしていたのは、プロの練習参加にも慣れてっ来た1週間ほどのことである。


「HEY! AOYA、Come On」


 練習終わりに突如として監督に個人的呼び出しを受けた。

 何だろう? 俺、何か悪いことしちゃった?

 確かに練習の紅白戦で相手チームだったプロ選手を削って軽く負傷させちゃったことはあったけど…… もしかしてそれが想像以上の大怪我に発展してたとか?!


 ビクビクしながら監督の元へと向かうと、監督は俺を見てニコっと口角を上げる。


 何か英語でペラペラペラっと言われたが、何を言われたのか分からなかった。

 すると、隣にいた通訳がこういったのだ。


「来週行われる水曜日のカップ戦の試合。青谷をメンバーに同行させる!」

「えっ……」


 一瞬訳が分からなかった。頭が真っ白になる。

 そして、ようやく状況が理解できた時、俺は目を見開いて驚いた表情を見せる。


「ほ、本当ですか!?」

「あぁ……準備しておくように」


 そう言われて、監督にトントンっと肩を叩かれた。


「あ、ありがとうございます!」


 俺は深々と頭を下げる。


「いやいや、これは君が実力で勝ち取ったことだ。是非、この機会を生かしてほしい」

「はい!」


 やった……プロの試合に出れる。

 これで、俺もようやくスタート地点に立つことが出来る……

 この時の俺は、緊張感よりもワクワク感が勝っていた。

 なにより、早く試合をしたいという思いが、俺の身体の中に湧き上がらせていた。

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