第45話 指導再開

「ただいま~」

「おかえり! どうだった?」



 自分の家に帰ると、リビングで待っていた望結が心配そうな表情で尋ねてきた。


 俺は、ふっと顔を和らげて笑みを浮かべる。


「大丈夫、無事になんとか解決した」

「よかったぁ……」


 望結はほっと胸を撫でおろして、そのままベッドに座り込んだ。


「その……色々迷惑かけてすまんな」

「いやっ! むしろ私が勝手なことばかりしちゃったから……こっちこそごめんね」


 望結が申し訳なさそうに身体を縮こまらせているので、俺はニコっと微笑んで頭を撫でる。


「望結は何も悪くないよ。むしろ、俺の方こそ、ごめんな?」

「ううん、平気だよ」


 お互いにえへへっと微笑み合っていると、ピンポーンとインターフォンが鳴った。


「はーい」


 誰か来客が来たのかと、受話器を取ろうとしたところ、ガチャリと施錠が解除され、誰かが家に侵入してくる音が聞こえた。


 その足音は廊下をつたって、こちらへと近づいてくる。


 俺と望結が身構えていると、リビングのドアの前に人影が現れ、そのままドアノブが回されてドアが開かれた。


「って、岩城さん?」


 そこに現れたのは、先ほどまで話し合っていた相手、岩城さんだった。赤縁眼鏡をきらりと光らせて、キリっとしたたたずまい。いつもと変わらぬ岩城さんだった。


「さ、青谷君。問題も無事解決したことですし。早速お勉強を再開いたしますわよ」

「えぇぇぇ!? もう!?」


 岩城さんの切り替えの早さが半端じゃなかった。


「当たり前です! ここ最近ずっと出来ていなかったのですから! それと、今日からは彼女にも課題を課すことにします」


 そう言って、岩城さんは望結の方を見つめる。


「へ!? 私!?」


 驚いたように望結は自分を指さしている。


「綾瀬望結さん。あなた、天馬君とお付き合いするようになってから随分と成績が芳しくないと学校側からお聞きしております。あなたにも徹底的に勉強を叩きこんであげますわ」

「そ、そんなぁぁ!??」


 怯えたような表情で自分の頬に手を当ててムンクの叫びみたいになっていた。


「さ、天馬くん。早く部屋に行きましょう。望結さんも、自室で待っていてください。あとで伺います」

「えっ、それじゃあ岩城さんが大変ですし……リビングで一緒に勉強すれば……」


 すると、岩城さんは振り返り、キリっとした視線で赤縁眼鏡を釣り上げる。


「……何か言いましたか?」

「い、いえっ……何も……」


 反論を許さないと言ったような岩城さんの威圧感に、俺は尻後もってそう答えることしか出来ない。これ、絶対に一緒に勉強させない気だ。


「そうですか。なら、私は部屋で待っていますので」


 そう言い残して、岩城さんは俺の部屋へと向かっていってしまう。

 バタンとリビングの扉が閉められ、俺と望結だけがリビングに取り残される。



「望結……大丈夫?」


 ガクガクブルブル……まるでタンスにいるたけしのようにガクガクブルブルしていた。

 返答がない。ただのたけしのようだ。


「望結さ~ん」


 俺が望結が見ているであろう視界を遮るように手を振ると、ようやく望結が再起動した。


「青谷くん~嫌だよぉぉぉ!!!!」


 次の瞬間、泣いてすがるように俺に抱き付いてきた望結。相当岩城さんがおっかない存在だということに気づいたのであろう。体はプルプルと震えて、強張っているのが窺える。


 そんな望結をなだめるようにして、俺は言った。


「大丈夫! 岩城さんの勉強乗り越えられれば、学校の勉強なんて並大抵のことは理解できちゃうから!」


 グっとサインを見せてはにかんで見せる。


「結局スパルタなのは変わらないじゃん!」

「そんなでもないぞ……うん。俺のサッカーの練習よりは」


 ホントだよ?

 負けたらグラウンド10週とか言う罰はないし、間違えたところはちゃんと教えてくれるし。優しいと思うようん……



 すると、岩城さんが廊下の方から叫んで俺を呼んでいる。


「青谷君! 早くしなさい!」



 岩城さんにこれ以上ぐちぐち怒られるのはごめんだったので、俺は望結から離れて、自室へと向かう。


 それじゃ、また後で!


 望結は待って~と言いながら手を伸ばしてオーバーなリアクションを取っていたが、俺は無視してリビングのドアを開けて廊下に出て、部屋の前で仁王立ちで待っている岩城さんの元へと歩いて行った。

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