第38話 順応
藤堂さんと別れて、無事に練習場に到着。
いつも通り練習を終えた後、俺と稲穂が呼び出されて、来週から正式にトップチームの練習に参加することを告げられた。
そして、着替えを終えて稲穂たちと一緒に練習場から出た時。
「青谷くん!」
鋭い声で呼ばれて、門の入り口を見ると、ぜぇぜぇと大きく口で息を吐きながら、今から登山でも行くのではないかという大荷物を持った綾瀬さんの姿があった。
「…俺たち先に帰ってるわ。綾瀬さんと仲良くな」
「おい!」
ガンバ!というような優しい視線を受けながら、稲穂たちは去っていった。
稲穂たちが去っていき、辺りは閑散とした空気感に包まれる。
「あの…望結?」
「何?」
「一応聞いておくけど、その荷物は?」
恐る恐る尋ねると、望結は女の子とは思えないドスの効いた声で答えた。
「決まってるでしょ。青谷君の家に泊りこむための荷物よ」
いやいや、持ってき過ぎだから!引っ越ししてきたんじゃないかと思ってしまうくらいの大荷物だよ!?
「ご両親説得できたの?」
「当たり前じゃない。『あら~そうなの~』って快く送り出してくれたわ」
「マジかよ…」
望結のご両親、緩すぎないか?? ちょっと、そこまで娘に放任主義というか許しちゃう所は不安になってくる。まあそれくらい、望結が信頼されているからだろうけど…
「さぁ、青谷君行きましょう!私たちの愛の巣へ!」
もう目とか光が消えて、黒い部分しか見えない。
髪の毛も垂れ下がっているし、もうちょっとしたら貞子みたいになっちゃうよ…
そんなミイラのような姿の望結と一緒に、俺は自宅へと向かった。
◇
望結を自宅へ招き入れ、まず初めに岩城さんが望結を見た瞬間、ゴキブリが出たような悲鳴を上げたのには驚いた。
というか、誰でも自分の体の2倍はある荷物を持って貞子のような髪型で現れたら驚くわな…
岩城さんを落ち着かせて事情を説明すると、岩城さんは俺をクソ虫のような視線で睨みつけてきた。それもそうだわな、毎日別の女家に連れ込んでおいて、挙句の果てには居候させるなんて、そりゃそういうリアクションになりますよね。
騒ぎをかぎつけて、寝室から舞子さんも起きてきた。
俺が望結を紹介すると、舞子さんは飛び跳ねて喜んだように望結をあっさり歓迎してしまった。
最終的には、『この部屋は今使ってないから、是非使って頂戴!』と部屋を与える始末。
うちの親も親で大概だった。
そして、今は望結の部屋となった場所に、持ってきた大量の荷物を搬入し終えて、望結はシャワーを浴びているところだった。
俺は岩城さんと久しぶりの勉強を部屋でしながら・・・
「って、全員順応が速すぎんだろうが!!!」
思わず叫んでしまう。
「青谷君、うるさいです。勉強に集中してください。それに、今何時だと思っているのですか?」
「いやいやいや、集中できるわけないじゃないですか!?なんでみんな当たり前のように望結が家に居候すること受け入れちゃってるんですか?おかしいでしょ!?岩城さんも何事もなかったかのように何普通に俺に勉強教えちゃってるの!?」
え?ナニコレ?俺が付いていけてないのが可笑しいだけ!?んなわけないよな!
「私は青谷君の家庭教師で、身の回りの教育係ではありますが、家庭としての決定権を持っているわけではありませんので。」
岩城さんは誤魔化すかのように眼鏡をクイっと上げた。
「いや、だとしても助言と言いますか、手助けくらいしてくれたって…」
「いいですか?青谷君?もとはと言えば、あなたが何人もの女性に誘惑されて、断り切れずにをたぶらかした結果こうなっているのですよ?自分でつけた泥は、自分で綺麗にすべきです」
「そ…それは…」
ぐうの音のも出ないことを岩城さんに言われてしまい、何も言えなくなってしまう。
ここ最近、衝撃的な出来事が新幹線の速さで進んでいってしまうせいで、俺の頭は整理が追いつかず、正確な判断が出来なくなっていたのだ。
「まあ、この状態では勉強にも身が入らないのはよくわかりますけどね。」
「…ごめんなさい」
岩城さんは俺が考えていることを察したのか、気休めではあるがいつもより優しい感じで語り掛けて来てくれた。
「仕方ないですね、あなたも一度自分の身の回りをきちんと見つめ直すいい機会です。しばらく家庭教師はお休みにしますから、よく考えてみてください。」
「…分かりました」
岩城さんは、荷物をまとめて俺の部屋を出て行こうとするが、ドアの前でスっと立ち止まった。
「スペシャルヒューマンの特権を使うのは大いに自由です。ですが、あなた自身が一人の人間であるということも忘れないように。あなたもそれを考える時期が来たようです」
「え?」
「私から言えるヒントはここまでです。それでは」
岩城さんはペコリと一礼して、玄関へと廊下を歩いて行ってしまった。
俺は一人部屋に取り残される。
岩城さんは間違いなく今、俺に何かを伝えようとしていた。しかし、それが何のことなのか今の俺には全く分からないのだった。
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