第22話 哀歓
教室に戻ると、望結がつまらなさそうにスマホの画面と睨めっこをしながら、俺を待っていてくれた。
「お待たせ」
「…」
「望結??」
「…」
顔色を窺おうと望結の視線に合わせようとすると、プイっと顔を逸らされてしまった。そして、ガラガラっと椅子を引いて立ち上がり、そのまま教室の出口へと歩いて行ってしまう。
「え!?ちょっと待ってよ望結!」
俺は慌てて机の上に置きっぱなしだった鞄を持ち、望結の後を追いかけた。
教室から廊下に出ると、昇降口へと向かう望結の姿をすぐに見つけることが出来た。本気で逃げるといった様子ではなく、ゆっくりとスタスタと歩いていた。駆け足で望結に追いついて横に並び顔色を窺う。
真っ直ぐ遠くを見るようにして歩いている望結は、俺のことなんて見向きもしないと言ったような感じであった。
半歩後ろを歩きながら、どうしようかと考えているとあっという間に昇降口に到着してしまう。
すると、望結は上履きから靴に履き替えて立ち上がったところで、背中を向けたまま語り掛けてきた。
「どうして私が怒ってるのか分かる?」
「それは・・・望結を教室に置き去りにしたまま、藤堂さんを追いかけて行ってしまったから…です」
今思うと、好きな女の子を置いて、他の女の子を追いかけて行ってしまうなんて、我ながら最低なことをしていると落ち込んだ。
「天馬君は、藤堂さんみたいな女の子が好きなんだ~」
「それは違う!」
そこだけは、はっきりと否定できる。
「俺が好きなのは・・・」
「好きなのは?」
何故俺がここで口ごもってしまったのか、はっきりと望結が好きだということが出来なかったのか。それは、まだ望結に俺がスペシャルヒューマンであることを打ち明けられていないこと。渡良瀬歩から結婚を申し込まれ、それを受けてしまったことが脳裏によぎったからだ。
「へぇ…天馬くんって、やっぱり私の事、本気に思ってくれていなかったんだね」
何かを納得したように、望結はどこか遠くを見るような目で、昇降口の外を眺めながらそう言い放った。
「いや、違うんだ、これには深い訳が・・・」
「もういい!」
望結が怒気を強くして、俺にそう言い放った。
振り返った望結の目には涙が溜まっている。そして、望結は軽蔑の目で俺を睨みつけていた。
「もう、言い訳なんて聞きたくないし、天馬君の事。私、信じてたのに…」
そう言い残して、踵を返すと望結は、全速力でその場を走り去ってしまう。
俺は、咄嗟に左手を前に出して、慌てて彼女のことを追おうとするが、今の優柔不断な自分では望結を追いかける資格はない。そう感じてしまい、動くことが出来なかった。
伸ばしていた手をだらんとおろして、俺はその場にしばらく立ち尽くすしかなかったのであった。
◇
パスを受けて、ディフェンダーを一人かわして、左足を振り向いた。
ボールは、ポストに当たりながらも、ネットに突き刺さる。
「ナイッシュ!」
仲間たちから、そう声を掛けられる。
だが、そんな声は耳に入ってこず、俺は見学席の方へ視線を向ける。
そこにいつも応援してくれている。彼女の姿はなかった。
「はぁ…」
練習にも全くもって身が入らないにもかかわらず、脱力しすぎて逆に柔らかいタッチテクニックで相手を交わして、ゴールを量産出来てしまっている自分が憎い。
「どうした、青谷?今日はテンション低いな?」
流石の稲穂も、気落ちしてる俺の様子を心配してくれているようであった。
「なぁ、稲穂。俺たちって何のためにサッカーやってるんだろうな…」
「ん?どうした急に?そりゃ、おめぇプロになるためだろ」
「うん、そうだよな。プロになるためだよな…うんうん」
「どうした青谷?大丈夫か?」
「大丈夫なわけあるか。」
そう吐き捨てて、稲穂の元から離れていき、練習へと戻る。
最近、プロになりたいという気持ちもあるが、望結が喜んでいる姿を見たいという気持ちが一番になってきている気がする。
そのため、俺はもう望結に嫌われてしまった暁には、もうモチベーションのクソもない状態になってしまっているのだ。
そんな中でも、否応なしに練習は続いていった。
1時間ほどして、今日の練習も終わり、仲間たちと一緒にゴールを片付けたりした後、ロッカールームへ戻ろうとした時だった。
「天馬、高橋、ちょっといいか?」
「はいっ!」
俺と稲穂は顔を見合わせて、なんだろうと首を傾げる。
コーチの元へ駆け寄っていくと、コーチの隣に立っている強面の外国人のおじさんが一人立っていた。そのおじさんはニコニコとしながら俺と稲穂が向かってくるのを待っていた。ってか、この人どこかで見たことあるような・・・
俺と稲穂がコーチの前まで立ち止まると、さっそくコーチが呼び出した用件を伝える。
「天馬、高橋。この方は、チグリンスキーコーチだ。トップチームのコーチをしている」
「コンニチハ。チグリンスキーデス」
片言の日本語で話しかけてくるコーチと俺と稲穂は握手を交わす。
何故トップチームのコーチがわざわざユースチームの練習に来ているのかが分からなかった。
「トップチームのポイントバッハー監督の意向で、天馬と高橋を2種登録選手としてトップチームの試合に出場可能にしたいとの事だ」
「ヨロシクオネガイシマス」
しばらく、何を言っているのか頭で理解できなかった。ポカンと口を開けたまま、コーチとチグリンスキーコーチ二人を交互に見渡した後、稲穂と顔を合わせる。
お互いにようやく状況を理解したところで、俺と稲穂は目を輝かせる。
「2種登録って」
「本当ですか!?」
「あぁ、是非トップチームの練習に参加してほしいとの事だ。これから、メディカルチェックとか、学校の人との連携とか色々大変にはなると思うが、プロへの道が近づく第一歩だ。思いっきりやってこい!」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
俺と稲穂は、お礼を言いながら深々と頭を下げた。
やった・・・2種登録だ!プロの選手たちと一緒に練習が出来る・・・
それだけで、ワクワクが止まらなかった。
これで、やっと自分もプロとしての門戸を微量ながら開くことが出来る、そんな気がしたのと同時に、やってやるぞ!という、高揚する気持ちが高ぶってきたのであった。
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