第11話 渡良瀬歩

 渡良瀬歩わたらせあゆむの衝撃のカミングアウトから、俺はしばらくその姿を見つめたまま口をポカンと開けて眺めることしか出来なかった。それもそのはずだ、ここ最近いつも俺の夜のお供だったあの渡良瀬歩が目の前に現実となって現れたのだから。


 改めて渡良瀬歩だとわかって彼女を見ると、ワンピース越しからでも、体のラインや胸やお尻の肉付きの良さが見て取れた。

 俺はふと頭の中で、写真集に載っていたヌード写真を思いだしてしまい、思わず目を逸らした。

 まずい、このままでは見るたびに良からぬ妄想をしてしまう。なんとか、頭の中の煩悩を払おうとブンブンと横に首を振る。


 その時だ、いきなり視界の隅に赤いワンピース姿が見えたかと思うと、俺の方へ近づいてきて、ガシッ!っと渡良瀬歩に腕を掴まれた。

 ビクッ!と体を震わせながら顔を向ける。


 上目づかいで俺の顔を覗き込んでくる反則的な仕草に、思わず頭がくらくらとしてしまう。仕方なかろう、俺は憧れの人に腕を両手で掴まれているのだ。そして、その見るものを惹きつける豊満な胸が、無意識のうちに押し付けられており、どうしても神経がそちらに集中してしまう。


「私の女優名、知ってるってことは、私で抜いてくれてたってことかな?」


 意地悪な表情を向けながら聞いてくる渡良瀬歩に対して、俺は生唾を飲みこみながら首を縦に振ることしか出来ない。


「そっか、そっか、正直でよろしい」


 余裕ある笑みを浮かべつつ、さらにわざとらしく体を密着させてきた。

 や、やばい…さらに胸の柔らかい感触がぁぁ…

 なんとか煩悩を振りはらって体制を整えつつ、俺は話を戻した。


「それで、どうして広瀬さんはあんな面倒事に巻き込まれてたんですか?」

「ん?あぁ…」


 彼女は思いだしたのか、苦笑しながら話を続けた。


「実はね、私AV女優やめようと思って」

「えっ!?」

「あはは、そんな悲しい表情しないでよ、まだ新作は出るから期待してて♪」


 驚きの表情を浮かべていた俺を宥めてから広瀬さんは話を続ける。


「『引退してAV女優辞めます』って事務所に連絡したんだけど、プロデューサーに呼び出されてさ、てっきり私は契約解消の手続きとかの話かなって思ってたの。そしたら、急にラブホテルの前まで連れてこられて、『今からお前に体で分からせてやる!!』って強引にホテルの中に引っ張っていこうとしたの!私、怖くなって必死に助けを呼んで…そしたら天馬くんと目が合って、助けを求めたら助けに来てくれたって感じかな」

「な、なるほど…」


 状況は大体理解できた。多分、事務所は、渡良瀬歩が引退することをよく思っていなかったのだろう。正直俺だって引退というのは、ファンとして悲しいことだ。だが、彼女のプライベートは知る由もないし、自分で決めたことであるならば、止めることは出来ない。

 だが、事務所はそうは思っていなかった。プロデューサー直々に重い腰を上げて、パワハラ覚悟で渡良瀬歩を連れ出し、引退を食い止めようとしたのだろう。噂では聞いたことがあるが、枕営業とかそう言う類のものが実際に行われそうになっていた事実にぞっとした。


 すると、俺のスマホのバイブレーションがブーブーっと鳴った。

 ポケットから取りだして、画面を確認すると、稲穂からメッセージが届いていた。

 内容を確認すると、警察の人が事情聴取を行うとのことで、二人にも交番に来て欲しいという述べが書かれていた。まあ、あれだけの騒ぎを起こしてしまったのだから仕方がないよな。


「どうしたの??」


 そんな今の状況を知らない広瀬智亜ひろせちあこと渡良瀬歩わたらせあゆむは、不思議そうにキョトンと首を傾げていた。


「いやっ、さっき一緒にいた奴らから連絡があって、騒ぎを駆け付けた警察の人から事情聴取を受けてるみたいで、二人も交番に来て欲しいと…」

「あーねっ、じゃあ行こっか!」


 状況を理解した途端、俺の腕をグイグイと引っ張って渡良瀬歩は歩きだす。


「…あのぉ」

「ん?何どうしたの?」

「このままで行くんですか??」


 腕に体を押し付けられたまま歩いていくのは、憧れの人とはいえ、少々気が引ける。というか、その柔らかな弾力のある胸に意識が行きすぎてしまい、変な気を起こしそうだ。


「え~別にいいじゃーん。それとも…こっちが反応しちゃう?」


 渡良瀬歩は、わざとらしく俺の下腹部をツンっと突いてきた。そのなんとも言えない感触に、思わずビクッっと体が反応してしまう。


「ふふっ、可愛い~。ま、ずっと私に夢中で惚けられても困るし、離してあげますか!」


 そう言って渡良瀬歩は、俺の元から体を離してくれた。

 もう少し味わっていたかったという気持ちと、離れてくれて助かったという複雑な感情が芽生えつつ、大きくため息をついてから、交番へと向かった。

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