第6話 天馬君、好きです!
綾瀬さんとの出来事の後、俺はいつも通りユースチームの練習に参加していた。
「ヘイ!」
見方から相手陣内中央付近でボールをトラップして受け取って、周りを確認する。
すると、稲穂が目で合図をしてくる。その合図を見逃さずに、稲穂とは反対方向へと顔を向けながら、左足でノールックの浮き球のパスを前線に供給した。
稲穂がスピードを落とさずに、ボールを受け取れるピンポイントの位置にパスを通して、稲穂が丁寧にそのボールを右足でトラップして、ゴールキーパーの位置をしっかりと見て、左足でシュートを打ち、ゴールへと流し込んだ。
ネットが揺れた瞬間、ピィっというコーチが鳴らす笛の音が鳴り、給水タイムの小休憩に入った。
「ナイスパス!青谷!」
「おうよ」
ゴールを決めた稲穂がニコニコとしながらこちらに駆け寄ってきて、俺たちは左手でハイタッチを交わす。いつも俺がアシストした時には、稲穂はこのように俺の元へと駆け寄ってきてハイタッチを交わすのが習慣となっている。
コートの外にあるベンチに用意されていた水を左手で手に取り、ゴクゴクと飲んでいると、後ろから話し声が聞こえてくる。
「なぁ、またあの子来てるぞ」
「本当だ、どうして毎日あんなに熱心に練習を見に来るんだろう?」
俺が話し声の方へと振り返ると、話をしている奴らの視線はコートの外に設置されている見学席の方を向いていた。
その方向を見やると、見学席には20名ほどの人が練習の様子を座って眺めていた。普段から気にしているわけではないので、誰が毎日来ているのかはよく分からない。ユースチームの練習をU18の代表監督やトレーニングコーチが視察に来たり、大学のスカウトマンが練習を見に来ることもよくあるので、誰か目星をつけた選手を視察に来ているのだろうと考えて、俺はそれ以上の関心は示さなかった。
すると、そんな胸の内を知る由もなく、稲穂がいきなり肩を組んできた。
「なぁなぁ、青谷!誰のファンだと思う?あの子!」
「あ?何がだよ??」
俺は稲穂の腕からスっと離れて向き直る。
「いや、だから例のあの子のことだよ!毎日観客席で座って練習見てる女の子!」
稲穂が指さす方向を渋々向くと、見学席の端の方に、女の子の姿が見えた。
「あ~あれ?端の方にいる」
「そうそう!最近毎日のように俺たちの練習見に来てるんだよ!多分、誰かの彼女なのかな?って思ったんだけど、誰も面識ないっていうんだよ」
「へぇ~そうなんだ」
稲穂に生返事を返しつつ、その女性をボケっと眺める。ここからは遠くて顔までははっきりと見えないが、どうやら制服姿の女子高生であるようだ。姿勢を正して座り、じぃっと首を揺らしながらこちらを眺めているようだった。
俺が遠い目でその女性を眺めていると、ピィ!!っとコーチが休憩終了の合図の笛を鳴らした。
ユースチームの練習を毎日見に来るなんて、物珍しい女子高生もいるんだなぁと思いながら、水の入ったボトルをベンチに丁寧に置いて、再び練習へと戻った。
◇
練習が終わり、シャワーを浴びているとき、俺はふと先ほどの見学席に座っていた女性のことを思い出していた。何か気になったわけではないのだが、なぜかあのシュルエットに見覚えがある気がしたからだ。
しかし、結局喉の手前まで出かけているその女性を思い出すことはできず、制服に着替え終えメンバーたちと一緒に練習場を後にした。そして、練習場の入り口を出た時だった。
「あのっ!」
声の方へと振り向くと、そこには先ほどの見学席で見学をしていた女子高生と思われる人物が立っていた。
その女性は、肩甲骨あたりまで伸びた茶髪がかった艶やかな黒髪を揺らして、小顔の中にあるクリっとした目で、覗き込むようにこちらの様子を窺っているうちの制服を着た、俺の隣の席の女の子綾瀬望結であった。
「綾瀬さん!?」
俺は驚きを隠せないといったように目を見開いて綾瀬さんを見つめた。どうして綾瀬さんがこんなところにいるのだ!?!?
「こんばんは、天馬君…」
少し恥ずかしそうに頬を染め、モジモジとしおらしくしている綾瀬さんを見ていると、後ろから突然ドンっと何かでたたかれた。
後ろを睨み付けるように振り向くと、稲穂を含む仲間たちがニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「なんだよ~水くせぇな青谷」
「お前の彼女なら言ってくれればいいのに」
「はぁ!?いやっ、違っ・・・」
「はいはい、言い訳は結構ですからお幸せに~」
「あ、おいちょっと待て!本当に違うんだって!」
聞く耳を持たず、稲穂たちは逃げるようにその場から去って行ってしまった。
よからぬ誤解をされてしまい、俺はその元凶となった綾瀬さんの方を睨み付ける。
「あはは…ごめんね」
綾瀬さんは苦笑いを浮かべながら申し訳なさそうな表情をしていた。
俺は何故綾瀬さんがこの場にいるのかが理解できなかった。もしかして、誰か他の奴に知り合いがいるのか?いや、だとしたら今ここで呼び止められる意味が分からない。あぁ、もしかして、誰か他に目当ての人がいて、その人に声を掛けるのが恥ずかしいから俺を呼んで『今度紹介してくれない?』とか言われるのだろう。そうだ、そうに違いない!
俺は勝手に頭の中でそう結論づけて、ねめつけていた目を閉じて、ため息をついた。
「どうしたの綾瀬さん?何か用?」
俺に直接要件がないなら気が楽だった。綾瀬さんに優しく声を掛ける。だが、当の綾瀬さんは困ったような表情を浮かべてその場を右往左往していた。
そして、一瞬俺の方をチラっと見ると、恥ずかしそうに視線を逸らしてしまう。
中々返答が返ってこないので、俺は再び微笑みながら問いかける。
「どうかした?何かあったの?」
「あっ、いやっ、その・・・」
綾瀬さんは相変わらず焦ったようにキョロキョロと顔を動かして、俺と顔を合わせようとはしなかった。
どうしたものかと思って手を顎に当てて思案している時だった。
綾瀬さんが突然、意を決して、顔を上げてこちらを向くと、視線を外さずに真っ直ぐな瞳でこちらを見つめてきた。
「あの…天馬君!・・・好きです!!」
「…はい??」
一瞬自分が何を言われているのか全く理解できなかった。というか、えっ?今綾瀬さん俺のこと好きって言わなかったか!?!?
こうして、天馬青谷の波乱の人生の幕開けがいきなりスタートしたのであった。
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