第44話「もうちょっと」

「あの……」

「何ー?」

「本当に白魔法じゃなくて良いんですか?」

「いいんだってー」


 そう言ってへらりと笑みを見せれば、彼女も釣られたように口角を歪める。いつもより近くにある若草の瞳は丸っこくて大きくて、やっぱりよく見ると可愛い。


(ガルシア様なら、『シルヴィはよく見なくても可愛い』とか言うんだろうけどなー)


 流石に、そんなにのめり込むと……ねー?

 オレらが今居るのは救護室。オレは常駐の白魔道士にしばらく退いてもらい、薬学を学んでいるらしいお嬢さんに頭の手当をお願いしてみたというわけだ。ちなみに薬学なんたらの情報は、ナハトがちらっと話しているのを小耳に挟んだだけ。

 お嬢さんと向かい合って座り、更に治療しやすいように腰を屈めた。彼女は手早く止血と消毒を済ませ、丁寧に包帯を巻いてくれている。真剣そのもののお嬢さんの顔が微笑ましくて、頬は緩めっぱなしだ。


「痛くありませんか?」

「ヘーキヘーキ。偶にはこういうのもいいね」

「でも、後でちゃんと白魔法で治療してくださいね」

「はいはい」


 白魔法は回復魔法を主とする魔法種の通称だ。一方で攻撃魔法が主となるのが黒魔法。白魔道士は白魔法専門の魔道士で、ガルシア様のような黒魔道士は黒魔法専門らしい。

 なお、転移魔法や浮遊魔法など、どっちつかずのものはどちら側の魔道士でも使えるとか。オレには関係ないことだけど、知識としては頭に入っている。


「これで良いかな。すいません、あまり実践したことが無いので……もし包帯が緩んだりしたら、巻き直しますから!」

「わー、ありがとねお嬢さん。オレ凄い頑張れちゃう気がするー」


 ぽんぽんと自分の頭を叩いて見せれば、少しだけ慌てたようなお嬢さんの顔。それがちょっとだけ面白いから、更にからかってみたくなったり。もうちょっと、二人だけで。

 __そんなことを思うと十中八九、誰かの足音が聞こえてくる始末だ。オレ一級フラグ建築士か何かかもしれない。最早褒めてくれると嬉しいなー。

 若々しく恐れ知らずと言った軍靴の音。猛ダッシュでこちらにやってくるその正体は、笑えるほどに分かりやすい。


「失礼します!」

「あれ、ナハト? どうしたの?」


 己の身体ほど大きい麻袋を担いで現れた、お嬢さんの幼馴染。彼はお嬢さんを見てあからさまに顔を明るくさせるも、すぐオレの存在に気づき、口をへの字に曲げた。ふん、と鼻を鳴らして入室してくる。


「訓練の一貫で、荷物運びしてんだよ。ほぼパシリだけど……」

「わーすごーいえらーい」

「あんたなあ!そもそもエスが命令したんだろうが!」

「えへへー」

「照れるな!」


 オレはナハトの指導教官だったりもする。こう見えて他の兵士に教えを請われることが多く、「なんとなくわかる」で有名だったり。


「救護士は何処だ?」

「白魔道士さんなら、そろそろ戻ってくると思うよ」

「そっか」


 ナハトはオレとお嬢さんをじっと見つめる。ムスッとした顔のまま、近くの椅子に座り込んだ。仰々しく腕を組むと、オレらの方を向いて静止する。


「嫉妬ー?」

「ちげぇわ! ここで待つ、白魔道士を」

「あっ、じゃあ邪魔にならないように私達は」

「どっ、どうしてもアレだ、アレだってんなら、まだ居ていいぞ……仕方なく!」


 随分と分かりやすいツンデレ発言。思わずほのぼのしてしまう。

 ナハト。おそらくだけど、それじゃあお嬢さんには通じなさそうなんだよなあ。


「でも治療し終わったから、先に出るね」

「えっ」


 お嬢さんは決して鈍感では無い。では無いがしかし、ツンデレからの好意に気づく程敏感でも無いんだ。オレの勘だけど、たぶん当たってる。

お嬢さんに続いて退室する際に後ろを向くと、案の定煮えきらないと言ったナハトの姿があった。ちょっと励ましてあげようかな。


「どんまーい」

「うぜえ」


理不尽の極み。

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