動き出す夢魔たち
第42話「呼んだ?」
数日後。荷物をまとめたソワレは、バムの肩を優しく叩いた。
「バムさん。準備はいい?」
彼女はミューデにそっとブランケットをかけ、ゆっくりと立ち上がる。その顔は凛と引き締まっており、口元に弧を描く。
「ああ。行こうか」
暑さも一段落し、空が高くなる季節。麻のローブを纏って、早朝に出発する。
玄関で唯一見送るのはリヒトだ。家族の背中に手を振るのは、これで二度目だろう。家のことに関しては、ホスト業を営む長男と次男のうち前者が帰ってくる為問題は無い。バムの魔法を使って直ぐに手紙を届けたから、家への到着は早いはずだ。
「……気をつけてね」
「もちろんさー!」
(地獄耳!?)
遠くなった二人の背に、リヒトが呟いた言葉。最早豆粒以下となったバムは振り返り、元気に叫んで見せた。目を真ん丸にしたリヒトに、ソワレも気づいたようで優しく手を振る。リヒトは朝日に負けないくらい顔を明るくさせ、二人が見えなくなってもしばらく玄関に居続けた。
「行っちゃった」
「リヒト」
静かに空を眺める幼い弟に、いつの間にか起きていたミューデが声をかける。さっきバムに掛けてもらったブランケットを、今度はリヒトに羽織らせてあげた。
「ミューデ兄ぃ」
「……ご飯。一緒に、作……」
言いかけたまま、ミューデはリヒトにもたれ掛かった。自分より少しだけ背の高い兄を抱き留めて、落ちそうになったブランケットを羽織い直す。眉を下げて、自分と同じ色の髪を見つめる。
「ん〜、惜しい! ミューデ兄ぃってば、あとちょっとだったのに」
とはいえ、こんな朝早くからミューデが自発的に起きるなんて初めてのことだ。しかし、何かを思うにはリヒトはまだ幼い。うとうとしている兄の手を引いて、小さな背は家の中に消えて行った。
ーー★ーー
「ふああ……眠い」
「呼んだ?」
「いえ」
城に来てから早一ヶ月。新たな生活に少しは慣れたものの、マナー関連は未だに習得できないままだ。
休憩の合間に中庭のベンチで日向ぼっこをしていると、どこからともなくガルシアさんがやって来た。閉じそうな瞼を擦りながら、なんとか会話に応じる。
私の隣に座ったガルシアさんはちょっと顔をしかめると、俊敏な動作で周囲を確認した。これも毎日のことで、私はあくびを噛み殺しながら伝える。
「エスさんなら居ませんよ。たぶん魔物駆除に出てますから」
「俺の心読めるの? 大好き……」
「ガルシアさんも休憩時間なんですか?」
(無視するシルヴィも可愛い)
ガルシアさんが頬を染めて私を見下ろす。彼の考えている事はなんとなく分かってきたけど、この美貌には相変わらず狼狽えてしまう。
逃げるように視線を逸らすと、遠くの方に置かれた噴水が目に止まる。真ん中に天使の像が造られたそれはとても大きくて、天気が良いこんな日にはきまって虹が見えた。
(……あれ?)
噴水の上に、女の子が居る。遠くてよく見えないけれど、派手なツインテールのその子は空中に浮かんで、こちらをまっすぐ見つめていた。
……違う、私のことを睨みつけていた。
突然凄まじい悪寒が走り、血の気が引いてしまう。なんだろう、この危ない感じ。ラズくんの時と同じ……。
「シルヴィ?」
「っ、か、顔近いですっ」
「顔色悪い。具合、良くない?」
遠慮なく覗き込んで来たガルシアさん。鼻と鼻がくっついてしまいそうな距離に、つい顔を赤らめてしまう。
__次に噴水を見た時には、既に女の子の姿は消えていた。
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