第31話「うわ可愛いー!」

「わあ、美味しそう!」

「安心してくださいよー、うちの料理人の腕は確かだから」


 かりかりに焼かれたプレッツェル。半熟とろとろのエッグベネディクト。紅茶もなんだかお高そうな香り。その横には瑞々しいメロンの一欠片が添えられている。

 ぐー、とシルヴィのお腹の虫が鳴く。赤面して俯く彼女に対し、傍らに立つエスはにこやかに話しかけた。


「食事のマナーも、今日はオレが担当しますねー」

「あっ、そっか。次回からは講師さんがつくんですね」

「はいー」


 いただきます、と律儀に挨拶したシルヴィ。手始めにプレッツェルを手に取り、頬張ろうとする。しかし、その手はエスによってやんわりと遮られてしまった。


「ストップ」

「えっ……」


 シルヴィが見上げた先の兵士は、いつもと寸分違わぬ笑みを浮かべている。浮かべているのだが、何やら気配がおかしい。ちょっと黒い気配がする。


「最初から」


 ____その後エスの手によって、みっちりと指導を受けたシルヴィ。結局食べ終わったのは、二時間ほど後となった。


「う、うう……ごちそうさまでした」

「料理はお口に合いましたかー?」


(正直まったく覚えてない……!)


「お、美味しかったです」


 目尻に涙を浮かべ、口元を拭いながらそう零す。エスは満足そうに頷くと、パンパンと手を叩いた。


「それじゃあ、少し休憩。三十分後からダンスのレッスンです。あと、一旦オレは外れますねー」

「外れる、っていうと?」

「貴女様の護衛もその一つなんですが、オレ結構仕事掛け持ちしてるんですよねー。合同訓練やらなんやら、外せない業務がありましてー」


 ナハトの訓練も、どうやらエスが指揮しているらしい。年齢はあまり大差ないのに、大忙しなんだとシルヴィは感心する。彼女は柔らかくはにかんで、こくりと頷いてみせた。


「わかりました。行ってらっしゃい」

「失礼いたしますー、シルヴィ様!」


 無邪気に声を発したエスは、真っ直ぐ部屋の出入り口へ歩く。しかし、途中でシルヴィに呼び止められた。彼が振り向くと、中途半端に腕を伸ばす彼女の姿が。

 微笑ましいなと思いつつ、その場で「なんですー?」とだけ返した。


「あっ、えっと……とてもしょうもないことなんですけど……」

「はいー」

「『シルヴィ様』って、や、止めてもらえませんかね……居心地悪くて」


 え、と目を見開いたエスに、シルヴィは慌てて首を左右に振る。胸元に手を当てて、若干照れたような視線を彼に注いだ。


「私、年下ですし! いきなりそんな、恭しくされちゃうと……寂しいと言いますか」

「なるほどー」

「アッもちろんご迷惑ならば全然、いいん、ですけど」


 語尾が弱まっていくシルヴィは、心なしかオヨオヨと震えていた。出過ぎた真似をしたと猛省中のところ、エスは一気に室内を駆ける。シルヴィの前に一瞬で辿り着くと、素早い動作で片膝をついて彼女を見上げた。パッとシルヴィの手を取って、ぶんぶんと振りまくる。


「大歓迎さー! 君の命令なら幾らでも聞いてあげるよ!」

「命令!? いや、どっちかっていうとお願い事で……」

「うわ可愛いー! へへ、どっちだって構わないから!」


(跪くのは趣味なのかな)


 お近づきになれたのかどうか、微妙な関係だとシルヴィは困った笑顔を浮かべる。対してエスの笑顔は満開で明るい。何を考えているのか、いまいち掴めない男だ。


(まさか、こんなこと言われるなんてな)


 ____もしくは、エス自身も自覚しきれていない何かがあるのか。シルヴィの栗色の髪と違い、エスの銀髪は光を受けて煌めいていた。

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