第25話「好きになるのも」
「あー」
眠れない。あー眠れない。眠れない。
五・七・五でそんなことを思ってしまうくらいには暇だ。眠れない。
理由は単純。横を見ればガルシアさんが居るから。彼は本当にあっけなく眠りについてしまった。沈黙が訪れるやいなや、すぐに寝息を立て始めたのだから驚きだ。
「……疲れてたのかな」
ずっと自分のことで精一杯だったから、ガルシアさんのことまで気が回らなかった。彼だって、嫌だからと正直に断ったら封印されて、目覚めたら数百年、数千年くらい先の世界になってて。おまけに季節は真夏だから、熱中症になって道端に倒れちゃうし。
そう考えると、この人も結構災難続きだったんだと思う。
「私を好きになるのは、よくわかんないけど」
うつ伏せになって頬杖をつけば、あどけない彼の寝顔をぼーっと眺める。ふわふわな赤毛が、窓から差し込む微かな月光に煌めいている。美人という言葉が浮かび、思わずため息をついた。
「……災難だらけの中で助けてくれる人が居たら、好きになるのも無理はない、のかな」
私だったら、それこそ救いの神様に見えてしまうかもしれない。そう思えば、ガルシアさんの私に対する態度もほんの少しだけ理解できる、気がする。
それじゃあ、もしもあの時助けたのが私じゃなかったなら。必然的に、ガルシアさんは別の誰かを好きになったのだろう。
ちょっと胸が痛んだのは、きっと普通のこと。誰だって自分の代わりは居るのだと突きつけられれば寂しくなる。これはそういう痛み。うん。
だいぶ目が冴えてしまった。どうせ寝られないんだし、気分転換に散歩したいな。
ガルシアさんを起こさないよう慎重に床へ降り立つと、悪いことをしている気分になった。でも罪悪感ではなくいたずら心の方が疼いて、私はふふふと静かに笑う。このまま部屋から抜け出しちゃおう。すぐに戻れば平気だよね。
スリッパを床に滑らすように歩を進め、こっそり扉を開けた。生暖かい夏の夜風が髪をなびかせる。そうして廊下に飛び出れば、大きな音をたてないように扉を閉めた。
さて、お城の探検だ。とはいえあまり遠くへ行くと迷ってしまうし、兵士さんに見つかったら怒られるので、なるべく近場で。
「全部綺麗だなあ……掃除も完璧。流石メイドさんたち」
ぽつりぽつりと独り言を零しながら進んでいく。夜遅くにフリフリのパジャマ姿で出歩く女性は、貴族的にはアウトなんだろう。だけど私は庶民だ村人だ。今更何も恥じることはないって感じがする。深夜テンションかも。
「あれー、なんか音したなー」
前言撤回こんな格好見られたら結構恥ずかしいかもしれないいや恥ずかしい!
近づく足音に盛大に驚いて、私は早足で一番近くの部屋まで床を滑る。ドアノブに触れてみると、幸いにも鍵はかかっていないようだった。ラッキー! と私は不用心に中へ飛び込んで消える。
廊下ではエスさんの声がしたような気がするけど、間違えだったら怖いからなあ。とにかくここでやり過ごそう。
「ふう」
「ほう、村娘が夜這いに来るとはな」
「え? ……ええ!?」
こっ、ここ、この声は……。
恐る恐る声の主の方を向いた。間違いない、間違いたかったけど間違えようのない人だ。
艷やかな空色の長髪を先の方で緩く結び、左肩に流している。リラックス用のVネックTシャツからは鎖骨がちらりと見えていて、色香にどぎまぎしてしまいそうだ。机で書類を整理していたのか、彼はモノクルを付けてそこに居た。
固まる私の方へ歩み寄って来たその人は、驚きも笑いも見せず、ただ私を壁際まで追い詰める。
音を立てずに壁に両手をつかれ、私は左右に身動きを取れなくなった。ぐぐっと端正な顔が近づいて、息が詰まる。
「今日は気分がいい。相手してやろう」
私、大ピンチの予感。
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