蜘蛛の糸騒動
お釈迦様の垂らした蜘蛛の糸は、実に気まぐれなものだった。そのせいで地獄から犍陀多という男が、極楽へ地獄の住人たちを引き連れやってきたことは、以降の極楽の様相をほんの一時、一変させた。
極楽はお釈迦様の土地でなく、阿弥陀様の土地である。であるのだが、娑婆からブラブラと散歩しにきたお釈迦様がなにを思ったか、地獄で蠢く野郎の中に知っている野郎がいたものだから、
「そういや、あの犍陀多っての、蜘蛛を助けたことがあるのだっけ。せっかく久しぶりに極楽へ来たんだし、ちょっとおじさん良いことしちゃお。褒めてくれるかな阿弥陀ちゃん。ふ、ふひ、ふひひひひ。………」など考え、蜘蛛の糸を地獄の底へたらたら垂らしたからいけない。
犍陀多は極悪人なのだが、親分気質のある、人をまとめ上げることにたいへん長けた男だった。だから地獄の罪人どもは、どこまでも犍陀多を慕っており、そのせいで、
「いくぞおてめえらあーッ」
「おおーッ」
「おおおーッ」
などという風に、地獄のものどもを引き連れ、協力をして、蜘蛛の糸を全速力で登って極楽へ到達した。こうして極楽浄土の一区画に、地獄からやってきた罪人どもの独立自治区が誕生した。極楽浄土の創設以来、はじめて生じた自治区であった。
「や、やっちまった」
とんでもないことをしたと知り、お釈迦様は現場から逃走。が、以前からお釈迦様が極楽で起こす騒動を問題視していた阿弥陀様は、今回の件でさすがにブチ切れ、お釈迦様を引っ捕えると問答無用で地獄の底へ彼をぽいと落としてしまった。自由落下で2000年、収容から釈放までは349京年ほどかかるから、暫くは会わないで済むだろう。それでもあっという間だが。
極楽へ至った罪人どもは極楽の快楽という快楽を怠惰的に貪った。そして次第に罪人どもは、犍陀多に従わなくとも無尽蔵に自由が得られると学び、犍陀多を敬うことをやめた。犍陀多体制は崩壊し、以降5年ほどはそれを良しとしない集団と社会反発する集団との争いや分断のいろいろが生じた。が、それら喧騒と狂乱の時代も、極楽では一瞬の出来事に過ぎない。阿弥陀様が大あくびをし、瞬きを一度終える頃には、地獄から這い上がってきた犍陀多も、罪人面々も諸行も、みな、等しく平等に、遠い過去の無常と化した。
いま、極楽の池では、なんともよい匂いのする蓮の花が、ただまっ白に咲いている。極楽は、もうすぐ昼だ。あの、蓮の葉の上に、蜘蛛はいまも居るだろうか。
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