巨人の抜け殻が浜に上がる話
海岸に打ち上げられたのは怪獣でも巨人でもなく、干からびたペラペラの、人間の姿をした、巨大なゴム製のなにかだった。全長50m。背中には巨大なジッパーがあり、頭だけが別の材質でできているのか、硬質で、しっかりと形を保っている。
巨人も脱皮をするのか———などと、見物に来たわたしは思う。が、はてさてこれは本当に抜け殻なのだろうか。抜け殻、というよりも、身体をすっぽり覆うためのスーツかなにかのように思える。
人々は口々に言う。これは宇宙人が装着するためのスーツであったが、なんらかの理由でスーツだけを海に置き忘れてしまったのだと。………そして決まった。「宇宙人がこんなにでっかいゴム製のなんらかを突然海洋投棄するなら、人間がちまちまとゴミを少なくして、紙ストローを吸っている意味なんか、ないじゃあないか」———と、いうことで、紙ストローは廃止された。以前のプラのストローに戻った。その点では宇宙人に感謝したい。紙ストロー、大嫌いだから。
などとうだうだ思っていたら。
「臨時ニュースです。臨時ニュースです。××沖に超巨大なハムスター型の怪獣が現れました。ハムスターは二足歩行で、口から、火を吹きます。気をつけてください。気をつけなさい。………」
怪獣が現れた。
怪獣。
怪獣である。
怪獣は、わーわーぎゃーする。こんな野郎がこの世界にいるなんてのは知らなかったから大変である。海洋投棄されたゴム製の巨大な何らかは以前海岸でその姿を晒し続けているが、しかしなんだ、こんな巨人がどこかにいて、いま猛威を奮っている怪獣と戦ってくれたらいいのに、なんてことを思う。
すると巨人が現れる。それは海に投棄されているペラペラのあれとすごく似た姿をしている。だからどうも仲間らしい、と言うことがわかる。それはなんらかをして、した挙句に怪獣を倒す。わあ、やったあ。となるのだけど、怪獣が復活して、巨大な人を倒してしまった。
その、巨大な人は、胸のピコピコいう何らかが点滅していて、とてもしんどそうである。しんどそうだなあ、大丈夫かなあ、と思ってみていたら、案の定フラフラとして、ばたり、と倒れてしまった。大変だ。このままでは、この、勇敢な巨人も、海で見たあれと同じ、ペラペラのゴム製のなにかになる。なってしまうに違いない。
「あれは死体だったんだ」―――と、僕は思った。思ったが、いや、どうしたらいいのだろう。あの、海のペラペラは、おそらく、怪獣を倒せないまま萎んでしまった哀れな勇敢な巨人なんだ。巨人のペラペラなんだ。もしいま目の前の鉄仮面が、ペラペラになってしまうと、この世界にはペラペラの皮と、ともでっかい鉄仮面と、恐ろしい怪獣、だけが残る。プラのストローは嬉しいけど、このままじゃ、世界が終わる。神さま、神さま、お願いですから。目の前の巨人を救ってください。海の巨人も救ってください。お願いですから。後生ですから。………いまだにそこらへ蔓延っている恐ろしく膨らんだ大怪獣を後始末してくださるなら、もう、もう、ストローは、紙になってもいいですから。お願いです。お願いします。………
すると。
ずずん。
ずずん。
ずずうううん。
と。
空から、別の巨人が、10体くらいやってきた。
「………うん」
「うんうん」
「うん」
それらはみんなで頷きあうと、あの、テレビでみた、アニマル浜口氏の「気合いだ、気合いだ」めいた声でわーっと叫んで、手を揃えて怪獣へ向けて、一点集中で光線を放った。ものすごい効き目があったからか、怪獣は爆発四散———ではなく、キラキラとした光になって、消滅した。あの恐ろしい大怪獣が死んだら後始末が大変だよなあと思っていたから、キラキラになって消えてくれるのはほんとうにありがたいだろうなあと思った。燃えるゴミなのかどうかもわからないなにかなのだし、そんな巨大な生物が死んだら大変なことになるであろうし。そう考えると、悪臭を放つでもなく、ただペラペラのなにかになるだけのあの鉄仮面の面々は、まだ良心的なのだなあと思った。いや、どうなのだろう。相対的なアレかもしれない。いや、いや、いいのだ。どうせたぶん、助けてくれるし。きっと回収してくれるだろう。………ぼくは思う。
が。
宇宙からやってきた鉄仮面の面々は、ヘロヘロになった巨人を支えてやると、「うんうん」と頷いて、また、浜口氏の叫びをして、空へ飛んでゆこうとした。ので、「いやいや。忘れてますよ。巨人」と、わたしは巨人に向かって叫んだ。テレビ越しに、わっと叫んだ。浜口氏の娘さんめいた、大きなお声で。すると声が聞こえたのか、「ん?」巨人がこちらをみた。「忘れてます。浜辺に。浜に———ペラペラのを」わたしは云った。が、巨人たちは、互いに顔を見合わせた挙句「ちがうちがう」というように、首を振ってわたしに答えた。そして、
「デュワッ」
飛んでいった。
二度と現れなかった。
怪獣も、それきりだった。
海のやつはそのままだった。
海に打ち上がった巨大なペラペラのゴム製のなにかは、彼らとは無関係の、ただのゴミだった。ほんとうにただのゴミだった。人間の捨てたゴミだった。巨大な不法投棄だった。全てはヒトの仕業とわかり、どこのお国がやったのかという犯人探しが始まった。なんとなく造形が仏っぽいので、なんとなく日本の仕業になった。こうしてペラペラは処分され、再びストローは紙になった。「人間め」怪獣になりたい。
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