短編集です。

renovo

第1話 戻れない世界 短編

 日光が午後の穏やかさをまとい、僕が祖母の手の中で洗われているのが最初の記憶だ。

 東京に生まれた僕は小学校の時、意識もまばらながらクラスの中心に立ち、学芸会の出し物を壇上に立ち決めていたのを覚えている。

 中学校のとき僕は野球部で三年生の出ていた試合に一年生ながらベンチから出て外野でプレーしていた。

 高校では県内一の進学校に合格したのを母親と喜びあった。野球部のマネージャーから告白されて付き合いはじめ、二人でカラオケに行ったこともあった。「お前は立派な人間だ」と担任の先生に個人面談で言われたこともあった。受験勉強を友達と夜まで励んだことを覚えている。無事合格した国立大学の入学式には親を連れていった。

 大学の入学式の帰り、中学校の友達とすれ違った。彼と僕は偶然同じ大学に入ることができたのだった。彼は浮かれて僕に受かった喜びや苦労を話した。僕は終始冷めた感覚で彼の話を聞いていた。

 二十歳の時、夜が来ても眠れない僕は朝までパソコンを打っていた。次の日から部屋から一歩も出ずに引きこもりインターネットをしていた。月の下で次の日もインターネットをしていた。家族は何度も僕を呼んだが、僕は曖昧に返事をしただけだった。数日家に引きこもり、外の世界が怖くなり、ネットの世界に居場所を見つけるようになった。

 数日の引きこもりの後、僕はリビングへ降りた。ひげは伸びていて服は着替えていなかった。その時、とんちんかんなことを親に言っていたらしい。親は僕のあまりの豹変に恐怖を抱いたという。

 大学を一年留年し、春にまた桜の咲く道を歩いた。桜の花が風が吹くたびに散っていった。僕は道を歩きながら、いったい自分の身に起きたことはなんだったのか考えた。大学の講義室の中で教授の講義を聞いている時もあの引きこもり生活のことが頭を離れなかった。

 大学から帰り、カフェにいた時、壁に貼られたゴッホの絵を見た。それは今見るとどこかあの引きこもり体験を説明しているようだった。奇妙な絵の飾ってあるカフェからもう戻れない世界へと僕は一歩踏み出す。


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