第四章・その6
俺は言葉を区切り、沙織のほうをむいた。俺の考えが読めないらしく、沙織が不思議そうに俺を見ている。
「ダイアナのエレメンタルは強い、いっぺんにぶっぱなせる回数には制限があるけどな。俺たちが魔族を討伐するとき、いい戦力になると思うんだ」
「はあ」
「だから、本日の魔族討伐につれていこうと思う。いいか?」
「あ、はい」
俺の意見を聞いた沙織が嬉しそうにした。
「そういうことでしたら。異界からくる魔族に対抗できる戦力は、多いに越したことはありません」
「あの、ちょっと待て」
今度はダイアナだった。
「貴様、私に、吸血鬼と手を組めというのか?」
「そのとおりだけど?」
「ふざけるな。吸血鬼とは、私たちを手にかける化物の仲間ではないか」
「休戦協定があるだろう」
「そんなものが信用できるか」
「だったら俺も、おまえのことを信用しないでやっちまうぞ?」
軽く言っただけなんだが、ダイアナが引きつったような顔をした。あ、いかん。眼力に圧をかけっぱなしだった。
「とにかくだな。――そうだ。思いついた。リリスを返して欲しいんだろ? だったら、しばらくの間でいいから、俺たちが魔族討伐にでるとき、手伝ってくれ。傭兵として。それが俺たちの要望だ。それをしてくれたら、俺たちはリリスを返す。これなら、筋の通った取り引きということになると思うんだがな?」
我ながらいい屁理屈を考えたもんだ。言うだけ言って、俺はダイアナの返事を待った。俺の前で、ダイアナが考える素振りをする。
少しして、ダイアナが悔しそうに顔を上げた。
「断ったら、やはり私を殺すのか?」
「殺すわけないだろう。そういう筋の通らないことはやらないって、少なくとも俺は決めてるんだ」
俺は苦笑した。
「ただ、断られたら、とりあえず、いままでのことは全部忘れてもらって、べつのところで目を覚ましてもらう。そのつもりでいてくれ。リリスをとりかえすチャンスが次に訪れるのがいつかは俺にもわからないな」
俺の宣言に、ダイアナが眉をひそめた。
「それは脅迫とどう違うのだ?」
「俺たちも生きていかなければならないからな」
「貴様、吸血鬼でありながら生きていると言い張る気か」
「その発言は差別と受けとっていいのか?」
これでダイアナがおとなしくなった。悔しそうに視線を落とす。
「そうだな。魔族をたおすのは、私の使命でもある。貴様たちと手を組むのもやむなしと考えよう」
「そう言ってくれて助かる」
交渉は成立したと判断し、あらためて俺は沙織に目をむけた。
「今夜、討伐する魔族と言うのは?」
「中、上位クラスです」
沙織の返事は予想通りのものだった。
「下位クラスなら、わたくしだけでもなんとかなるのですが。中、上位クラスとなると」
「それは俺もわかる」
俺はうなずいた。その下位クラスが、俺と沙織が再会したときに、沙織がぶち殺していた奴だったのだろう。それでもライオンやワニと同レベルだ。中位クラスで戦車、上位クラスで核兵器並だと聞いている。――どこで、誰に聞いたのか? ふと疑問に思ったが、俺は考えないことにした。
「つまり、そのレベルの奴と殺し合いをするから。がんばってくれよ」
俺はダイアナに視線を移した。ダイアナが、あきれたように俺を見つめる。
「私は貴様とは違い、死んだら、それっきりなのだぞ」
「おまえさえ望むなら、リリスと同じ夜の血族にしてもいいんだがな」
「死んでも断る」
「じゃ、死なないように戦え。なるべく前にはださないようにするから、後ろからファイアーライフルをぶっ放せ」
「それは――」
少しだけ、ダイアナが口ごもった。まあ、わからんでもない。誰だって死ぬのは恐ろしいものだ。
「わかった」
かなり悩んだ末、ダイアナがうなずいた。
「自分でも考えたが、それしか手はないようだ。私は、今夜、貴様たちとともに魔族討伐をしよう」
「そう言ってくれて助かる」
俺がホッとしてうなずいたとき、こんこんと音がした。なんだ? 振りむくと――べつに何もない。さっきと同じ普通の部屋だ。あの音は? 不思議に思っていると、またこんこんと音がした。扉からである。これはノックの音だった。
「入りなさい」
代表して沙織が命じると同時に、扉が開いた。顔をだしたのは、一階にいた人間あがりの護衛である。
「あの、よろしいでしょうか? このビルの外に、また、昨日の小娘――じゃなかった。光沢様のご学友の女性がいらっしゃっております」
その護衛が、俺を見て、困った感じで説明した。え、ちょっと待て。それって大問題じゃないか?
「リリス?」
沙織がリリスに言うと同時に立体映像が俺たちの前にあらわれた。この廃ビルの外を、冴子がウロウロしている。あのバカ女――
「もうここには近づくなって命令したはずなんだけどな。あんまり催眠術をかけすぎて耐性でもできたのか? いや、俺の力が戻ってなくて、催眠術のかかりが浅かったか」
俺は頭を抱えた。その俺の横で、ダイアナが不思議そうに立体映像を眺める。
「光沢、貴様、こんな女子とも関わりを持っていたのか。――確か、こういう輩をなんと言ったかな」
ダイアナが少し考えた。
「あ、そうだ。女コマ師だ」
「俺はスケコマシなんかじゃない。あいつが俺のストーカーやってるだけだ」
「そうだったのか。それはいいんだが、私はさっき、決死の覚悟で魔族討伐にでると決めた。いつでるのだ?」
「そんなもの神様にでも聞いてくれ」
「神様か。苦しいときの神頼みとは言うが、神に反旗を翻し、十字架を恐れる貴様がそれを言うとはな。いくらなんでも節操がないとは思わんのか?」
「俺は人間らしく生きてるんだよ」
ほかに言いようがない。俺はダイアナから目を逸らし、護衛に近づいた。
「一緒にきてくれ。冴子の奴、放っておいたら、またこの廃ビルに入ってくる。また記憶を奪うことになると思うから」
「わかりました」
頭をさげる護衛から目を逸らし、次はリリスに目をむけた。
「いまからつれてくる。俺は、まだ昔のような本調子がでないからな。うまく行かなかったら、俺の代わりに、二度とここには近づかないような暗示をかけるとか、そういうフォローを頼む」
「わかりました」
同じく、頭をさげるリリスから目を離し、俺は護衛と一緒に部屋をでた。
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