第四章・その1
1
学校の授業は問題なく終了し、俺はカバンに教科書とノートを詰めて帰り支度をはじめた。外は――いい具合に夕方である。そろそろ、俺の本当の力が戻りはじめるときだった。
「じゃ、一緒に帰ろうか」
案の定、冴子が俺の前までやってきた。敵意満面で嫌味タラタラな笑みをむけてくる。ちなみに沙織も隣に並んでいた。
「帰るのは、いつも通りに送ってやるよ」
言って、俺は冴子や沙織と一緒に教室をでた。
「それで? あんたが吸血鬼と人間の混血でダンピールって、どういうことなの?」
廊下を歩きながら冴子が質問してきた。やっぱりその話か。沙織も不安そうな顔をする。
「あの、その話ですが。わたくしも聞きたいと思っておりました」
「だから、むこうが勝手に勘違いしてるんだって。しかも、ちゃんと説明しようと思ってるのに、嬉しそうに自分の身の上話をはじめて、聞いてくれないんだよ」
俺は沙織のほうをむいた。
「安心しろ。俺は吸血鬼と人間の混血なんかじゃない」
確信を持って言う俺に、沙織が嬉しそうに笑みを浮かべた。
「それは安心しました」
「口」
俺は口元を指さして注意した。牙がのぞいている。あわてて沙織が口を閉じた。冴子が振りむいたときには、もう牙は消えている
あらためて冴子が俺のほうをむいた。
「口がどうしたのよ?」
「気にするな。忘れろ」
俺は冴子の目を見つめながら命じた。ここは学校で、下手するとほかの連中に目撃される危険もあったんだが、仕方がない。紅蓮に輝いているだろう俺の瞳に、冴子が一瞬だけ怯えた表情を浮かべかけ、すぐに茫然自失って顔になった。
「わかりました。忘れます」
「じゃ、帰るぞ」
「はい」
俺は沙織と、心をあやつった冴子をつれて下駄箱まで行った。
「それで、今朝の、電話の相手なんですけれど」
「あれは、人間のエレメンタルの使い手だ。名前はダイアナ。イギリス人――だと思う。日本語が上手だった」
「あの、それはどのような経緯で」
「ちょっと公園でやりあったんだ。で、俺が牙はないのに赤い目で力を持ってるから、吸血鬼と人間の混血って誤解してな。一緒に魔族討伐をしようとか言ってきた。ちなみにリリスの昔の友達だそうだ」
「――ああ、そういうことだったのですか」
これで沙織も納得のいく顔をした。
「それで、光沢さんはどうなさるのでしょうか?」
「俺も考えたけど、やっぱり正直に言うしかないだろう。嘘を吐くなというのが人間の教えだ。誤解させたまま放っておくのはよくない」
「さようでございますか」
沙織が、少し困った顔でうなずいた。
「すると、そのダイアナという人間は、わたくしを敵視するのではないでしょうか?」
「休戦協定がある。まあ、無視して襲いかかってくる危険もあるけど、とにかく喧嘩にはならないように、俺も注意して見ておくから」
「わかりました」
「あと、リリスは友達なのに行方不明になったから、日本まで探しにきたと言ってた」
少し考えてから俺は言い、沙織のほうをむいた。
「メイドとして使うのではなく、帰してやることはできないのか?」
「それは――」
下駄箱まで行き、俺たちは靴を履き替えた。
「申し訳ありませんが、いますぐには無理だと思います」
冴子と沙織をつれて校門をでるころ、返事がきた。相当悩んでいたらしい。
「リリスは、魔道具をつくれます。それを生産し、エレメンタルに目覚めた戦士に販売することで、わたくしたちは、人間と休戦協定を結び、赤十字から血液を買い付けることもできたのです」
「だよなあ」
「そのリリスを失う以上は、その代わりとなる魔道士を、どこからか都合しなければなりません。そうしないと、赤十字から血液を購入することができません。つまり、わたくしたちは人間を襲わなければならないことに」
想像していたとおりの説明がきた。
「ま、そうなって当然だな。それで、六大鬼族の、ほかの家から魔道士を譲り受けるとか、そういうのは可能か?」
「それは、話をすれば。お父様にお願いして、べつのものを派遣することも可能ですし」
俺は少し考えた。桜塚家の本家の当主が住んでいる場所――思いだせない。まだ記憶が完全に戻っていないのか。それとも、最初から知らないのか。
「べつのものを派遣するって、どれくらいかかる?」
「それは――」
沙織が小首を傾げた。
「お父様たちが会議をして、決めるまで、早くて一年くらいでしょうか」
「早くなかったら?」
「それは、十年でも二十年でも」
吸血鬼らしい返事だった。時間の使い方、感覚が俺たちとは――訂正。人間とは根本的に違うのである。
「ま、なるべく早く連絡して、代理を都合してもらうように頼んでおいてくれ」
これから魔族討伐をするってのに、仲間同士で揉める予感がプンプン俺の鼻を突いていた。ま、こういうときには、あれだな。
「なるようになる作戦」
俺の横で、沙織が妙な顔をした。
「なんですかそれは?」
「人間の世界の、ありがたい教えだよ」
俺は空を見上げた。そろそろ夕焼けは夕闇に変わりつつある。冗談抜きで吸血鬼や魔族が跳梁しはじめる時間になりはじめていた。
「急ぐぞ。とりあえず冴子を女子寮までつれていかないと。面倒な話はそのあとだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます