俺はドラ息子
渡邊裕多郎
序章
「あなた、一体どういうつもりなの!?」
駅で電車を待っていたら、澄んだ声が飛んだ。声は美しいが感情は怒りに満ちている。俺が顔をむけると、ギリシャ神話にでてきそうな美女が、サラリーマンの袖をつかんで何やらわめいていた。
「離せ――」
「こんなことをして、恥を知りなさい!」
「あのー、すんません。なんかあったんすか?」
とりあえず俺は近づいて声をかけてみた。ほかの連中は見て見ぬふりをしている。こういうときは助けるべきだって学校で習わなかったのか。
俺の声に、殺気立った表情でギリシャ神話美女がこっちをむいた。耳がとがっている。あ、エルフか。これ、面倒くさいことになるんじゃないかな、と俺は思った。プライド高いからなーこの種族は。
「この男が私の身体に触ったのです」
俺を見ながら、エルフ美女がサラリーマンを指さした。
「へえ。つまり痴漢か」
俺はエルフ美女がつかんでいるサラリーマンのほうを見た。こっちは普通の人間だな。――少なくとも、俺にはそう見えた。まあ、何かが人間に擬態している可能性もあるが。油断は禁物である。
「本当かよおっさん?」
俺が質問したら、サラリーマンが嫌そうに首を左右に振った。
「満員電車で、ちょっとぶつかっただけだ」
「と言ってるけど?」
俺はエルフ美女のほうをむいた。どっちが正しいかわからない以上、うかつな行動はできない。
「嘘に決まっているでしょう」
エルフ美女が怒りの形相で右手の人差し指を立てた。それを自分の額にあて、何やらつぶやきだす。
「――間違いないわ。私の身体を触ったことを後悔してる。エルフのような、大きい声で叫ぶ亜人種だと最初にわかっていたら、痴漢なんかしなかったって」
「ちっ」
エルフ美女が心を読んだらしい。サラリーマンがエルフの腕を力任せに振り払い、背をむけて早足で歩きだした。どっちが悪いのかは決まったな。
「おい待てよおっさん!」
声をかけたが、おっさんが振りかえる様子は見せなかった。そりゃそうだろう。だったら、やることはやるしかない。俺はおっさんの襟首をつかんだ。
で、十分後。俺は悶絶して動かなくなった痴漢を駅長室に運び、そのまま学校へ行くことにした。俺の隣でエルフ美女が眉をひそめている。
「いくらなんでも、あれはやりすぎでしょう?」
学校に行こうと思っている俺に、エルフ美女が声をかけてきた。
「いやー、実は俺もそう思ってました。ま、頭に血がのぼってたもんで」
とりあえず俺は頭をかいた。
「それで、お願いなんですけど、人間が、みんなああだとは思わないでくださいね」
「それはわかってるわ。痴漢だけじゃなくて、とんでもない暴力を振るう輩もいることは、今回の件でよくわかったから」
「女性に手をあげたりはしないから安心してください。それじゃ」
「待って」
背をむけていこうとした俺に、エルフ美女があらためて声をかけてきた。振りむく。
「なんすか?」
「私が叫んだとき、誰もが見て見ぬふりをしていたわ」
「でしょうねえ」
誰だって面倒事に巻き込まれるのはいやなもんだ。
「でも、あなたは声をかけてきてくれた。どうして?」
「人間ってそういうものでしょう?」
俺は笑いかけた。
「俺は人間らしくしたいんですよ」
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