第二章 魔族来襲・その6
3
「気をつけろ。殺すところだったぞ」
俺は剣を鞘に収めながら言った。
「あの、驚かせてごめんね。あたしも驚いたんだけど。でも、急に“忘却の時刻”の気配を感じたから、何かと思っちゃって」
「べつに大したことじゃない。気にするな」
「ならいいんだけど」
宮古が笑いかけた。よく見ると、カバンを持っている。
「なんでカバンを持ってるんだ?」
「えっとね。あとで、霧島くんの家で、夏休みの宿題をやろうと思って」
「は? まだ終わってなかったのか?」
「数学が、少しね。お願い、写させて」
「――ま、べつにかまわないけど、あたってるかどうかの保証なんてないからな」
「それでいいから。あと、一緒にご飯を食べようよ」
言いながら、宮古が俺と腕を組んできた。――剣の送還は、いいとするか。どうせ送還する先は俺のアパートの布団の隣である。買い物から帰って部屋に転がしても、やってることは同じだ。
宮古がちょっと横をむいた。
「ミレイユさんは、霧島くんと何をしていたんですか?」
宮古の質問に、ミレイユが笑顔を返した。
「はい。実は、買い物に挑戦してみようと思いまして」
なんだかうれしそうだった。冷静に考えたら、ミレイユにとって、はじめてのお使いだからな。
「では、行きましょう」
「おう」
俺たちはスーパーまで歩きだした。――少し考える。俺は勘違いをしていたらしい。ミレイユは、自分で自分の身を守れると言っていた。そのこと自体は嘘ではないだろう。何しろ、魔王アメシストアイズのひ孫だ。問題なのは、圧倒的な実戦経験のなさと、お姫様として生きてきた境遇である。動物園で生まれ育った虎と同じで、爪と牙は持っていても、使い方と狩りのタイミングがわからないのだ。
「不思議に思っておりました。なぜ、ただのソードファイターの霧島さんが、あのように魔族と戦えるのでしょうか?」
歩いている最中、ミレイユが訊いてきた。やっぱり興味があったらしい。
「あの、ドゾという方も、苦痛の表情を浮かべていましたし」
「あー、それはだな」
どう誤魔化していいのかわからず、俺は横で歩いているヒジリを見た。少しして、ヒジリも俺を見る。
「いま確認したけど、言っていいそうだよ?」
「お、そうか」
安心し、俺はミレイユのほうをむいた。
「『レギオン』日本支部が第二次異世界大戦以降に開発した、念気功っていうのがある。魔界の魔族や、こっちの魔導師みたいな、先天的な魔力じゃなくて、後天的につくりあげた特異仙道でな。中国の気功の一種だから、基本的には誰でも修得できる。それを練りあげて打ちこめば、魔族でも悲鳴をあげるんだ」
「はあ」
俺の説明に、よくわからないって顔でミレイユがうなずいた。生まれつき、魔力に恵まれている奴には縁のない話だからな。俺はミレイユの胸を指差した。
「つまりだな。おまえの精神感応とか、読心術を魔力にたとえるなら、俺の念気功はEメールなんだ。似て非なるもので、制限もあるし、限界もある。ただ、これのおかげで、俺のようなソードファイターも、魔道士の助力なしで、魔族と対等にやりあえるようになったんだよ」
「そうだったのですか」
うなずいてから、ミレイユが眉をひそめた。
「では、いまの時代、勇者とソードファイターには差がないことになりませんか?」
「残念ながら、そうはならない。勇者の能力や退魔処理を受けた聖剣をマシンガンだとするなら、俺の念気功はハエたたきみたいなもんだからな。似て非なるものは、あくまでも、似て非なるものなんだって思ってくれ」
「そうだったのですか」
返事はあったが、ミレイユがどこまで理解できているかは疑問だった。
「それで、その話はわかりました。次の質問なのですが」
まだ話があるらしい。しょうがないからミレイユの質疑応答につきあうことにする。
「霧島さんの剣は、やはり、特殊な剣なのでしょうか? お名前はありますか?」
「名前なんかねーよ。これはただの剣。頑丈だったから指弾を跳ね返せただけだ」
「そうでしたか。――あの方も、なぜ折れないのか、不思議そうにしていました。わたくしも、折れると思って心配しながら見ていたので、とても驚きましたし」
ミレイユの台詞に、一緒に歩いている宮古が俺のほうをむいた。
「あの方って? 指弾って?」
「気にしなくていい。俺の剣は、オリハルコンでつくってあるんだ」
「オリハルコンですか」
俺の説明に、ミレイユが、少し思い返すような顔をした。
「あ、思いだしました。プラトンの著作にあった言葉だったはずです」
「出典はそこだな」
俺はうなずいた。ミレイユの考えなしな質問攻めは考えものだが、教養はあるから話が早くて助かる。そのミレイユが、さらに記憶をたどるような顔をした。
「ですが、確か、オリハルコンとは、ギリシャの真鍮だったと聞いていますが」
「あー、そっちじゃない。アトランティスの本物のほうだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます