第二章 魔族来襲・その5
「それ以上はなりません!」
剣を振りあげた俺の背後でミレイユの声が飛んだ。うるせーお姫様だな。
「あのな」
やらなきゃ俺がやられちまうんだぞ――と言いかけ、俺はやめた。ミレイユに言ってもわからないだろう。
「消えな」
俺は剣を降ろしながらドゾに言った。ドゾが胸から鮮血を流しながら飛び離れる。
「人間とは甘いな。後悔するぞ」
「もうしてる」
「覚えておけ」
ドゾの姿が白い霧の彼方へ消えた。覚えておけがただの捨て台詞で、二度とこないでくれるとうれしいんだが。ドゾが消えると同時に、ゆっくりと霧が晴れていく。
俺たちは、“忘却の時刻”から帰ってきたのだ。さて、あとは、どこか、人目のつかない場所で、剣をもとの場所に送還しないとな、と思っていたら。
「なんて乱暴なのでしょう。とても強くて、頼りがいのあることはわかりましたが」
俺のそばまでミレイユが駆けて言ってきた。離れた場所で、ヒジリが困ったような感じで笑っている。
「あの、ドゾという方が、どういう目的できたのかもわからないのに」
「目的なんて、もうわかるだろ。あいつは魔族で、俺は『レギオン』に所属してる。巻きこませちまって悪かったな。ああいうのはたまに――たまじゃないな。しょっちゅうあることだから。気にしないでくれ」
上は休戦協定がどうとか言ってるが、言うことを聞かないで暴れる奴はどこにでもいる。そもそも休戦協定なんて言葉すら知らない妖魔や、いまのドゾのような危険分子の魔族連中だ。だからこそ、俺のようなソードファイターが、後始末的に妖魔退治をこなさなければならないのだが。
それよりも。
「まさかとは思うけど、いまのドゾって奴、おまえの舎弟とか、そういうことじゃないだろうな?」
「はじめて見る方でしたが」
「あそ」
ま、ミレイユの性格だと、ひい爺さんの仇討ちとかで俺に突っかかってくることはないだろうし、下のものに命令もしないだろう。そもそも、ドゾはミレイユの言葉を聞かなかった。基本的な系統が違うはずである。ここは信じてやるか。
「わたくしの言葉を聞かなかったところを見ると、魔族ではあっても、曽祖父の一門ではないようですね」
ミレイユも同じことを考えていたらしい。
「わたくしの知っている魔闘術とも違いましたし。祖母の関係で、シルバーウイングの魔王城に行ったこともありましたけれど、そこの皆様の魔力とも違うように見えました」
言いながらミレイユが小首をかしげた。
「つまり、ダークネスウイング、エメラルドアイズ、ブラッディハウリングの、どこかということになります。ゴールデンホーンは違うでしょう。あのドゾという魔族の方、額の角が純白でしたから」
「どこでもシャレにならないだろ。それから、ゴールデンホーンの可能性もある。あそこ、直系はともかく、臣下の角は白いからな」
「あ、そうだったのですか」
少し意外そうにミレイユが俺のほうをむいた。
「ゴールデンホーンのことまで、本当にお詳しいのですね。わたくしも存じあげなかったのに」
「ま、いろいろあってな」
俺はヒジリを見た。視線が少しさまよっている。『レギオン』と通信中なんだろう。特別手当がでればいいんだが。俺は剣を鞘にしまいかけ――反射で走りだしていた。霧の彼方から姿をあらわした何者かに剣を振りあげる。
「うわあぶね!!」
振り降ろす寸前に俺は腕をとめた。
「わ、びっくりした」
むこうも驚いた顔で俺を見た。――ゆっくりと消滅しかけている“忘却の時刻”をかきわけてやってきたのは、私服に着替えた宮古梢恵だったのだ。
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