勇者レギオン

渡邊裕多郎

序章  魔王と勇者の対決

『わかった。認めてやるよ、オレの負けだ』


 俺の前で、膝をついた男が顔をあげて言った。全身をズタズタに斬り刻まれた状態で、よくしゃべれるものである。さすがは六大魔王のひとり、アメシストアイズと認めてやるべきだろうか。生まれ持った魔力が桁違いなのだ。もっとも、魔力と戦闘技術の両方を併せ持った俺には不覚をとったようだが。


 アメシストアイズが、その名前の通り、紫に輝く瞳で俺をにらみつけてきた。


『名前を聞いておこうか、権俵寅吉』


『知ってるじゃねえか』


『てめえの名前じゃない。その剣の名前だ』


『あ、なるほど、そういうことか』


 どうせ滅びる運命にある魔王の願いだ。説明してやっても罰はあたるまい。俺はニヤつきながらアメシストアイズに聖剣をむけた。


『これは御魂斬りという名前でなあ。肉体だけじゃなくて、精神思念体まで傷つけられるように退魔処理を施された、特別な剣なんだ。要するに聖剣だな。製造が極端に難しいから、もう魔界に逃げ戻っても復活はできないぜ』


 もっとも、それだけじゃなく、俺の魔力も剣に込めていたから、ここまでの成果をあげられたのだが。アメシストアイズが納得したような顔をする。


『なるほど。えらく効く攻撃だと思ったら、オレは心までへし折られていたのか。もう滅びるしかないようだな』


『そういうことだ。おまえたち魔王を滅ぼしたあとは、残った魔王族共を脅しつけて、強制的にでも休戦協定を結ばせる。もう人間界への進撃はあきらめろ』


『ま、それでもいいさ。オレも長く生きた。あとは娘に任せるか』


『ずいぶんと潔いな』


 こいつ、娘がいたのか。ま、魔界まで行って、その娘まで手にかける根性は俺にもない。そろそろとどめを刺そうと思った俺にむかってアメシストアイズが笑いかけた。


『オレが潔いってのは間違いだな。てめえのことはゴールデンホーン様に言っておいた』


『――ゴールデンホーンだあ?』


 六大魔王の頭目の呼び名だが、それがなんだって言うんだ。にらみつける俺の前で、アメシストアイズが薄ら笑いを浮かべつづける。


『権俵寅吉、てめえの血は“見込まれた”ぜ。もうてめえの一族はおしまいだ』


『どういうことだ?』


『さてな』


 アメシストアイズの薄ら笑いはとまらなかった。不愉快な野郎である。


『もういい。言いたいことは言った。滅ぼせ』


『言われなくてもそうさせてもらうぜ』


 俺は御魂斬りに限界まで魔力を込めた。


『あばよ』


 俺はアメシストアイズの首にむけて、御魂斬りを振り降ろした――




「お目覚めですか?」


 女性職員の声で俺は目をあけた。――さっきまでの俺は、いまの俺に戻った。それにしてもいやな夢だったな。たとえ相手が魔王でも、一方的な虐待ってのは見ていて楽しいものじゃない。


「どうでしたか? 勇者権俵寅吉と魔王アメシストアイズの対決は?」


「あんまりひどいラストだったから驚きましたよ。俺のひい爺さんって、魔王をなぶり殺しにしてたんですね」


 ヘッドギアをはずしながら俺は起きあがった。寝てたベッドの横にAIジュエルが光っている。俺はジュエルを指差した。


「これって、本当にあった話なんですよね?」


「記録では、そういうことになってますね」


 女性職員がリストを見ながら返事をした。


「ちなみに、試験的に記録を見た係員も、第二次異世界大戦の結末がこんなだったとは想像してなかったって驚いていました」


「でしょうねー」


 俺もうなずいた。俺も、いつかはあんなことやらなきゃならないのかな、などと考えながらジャケットの袖に腕を通す。なんせ、同じ血をひいてるし。俺は部屋をでた。種類にサインをする。


「キチンとした登録は、これで以上です」


「そーですか」


「それから、剣は、前にいただいた注文どおりに制作するということでよろしいでしょうか? 何か変更があるなら、聞きますが?」


「変更はないです。あれでお願いします」


「わかりました。では、今後、何かありましたら、あらためて連絡しますので」


「そのときはよろしく」


 言い、俺はラボをでた。春の夜気が心地好い。


 ――霧島光一、十五歳。


 本日、俺は勇者だったひい爺さん、権俵寅吉のコネで、『レギオン』のソードファイターになった。

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