藝術創造旋律の洪水-第二部-

池田奈央

第1話≪ルイ(阿弖流為/アテルイ)の章①≫【セス】―夷(い)をもって夷(い)を制す―

その日は11月だというのに、寒桜が美しく粉雪の様にひらひら舞踏会のバレエ団の如く舞い散り、縁結びの社として所縁(ゆかり)のある島根県出雲大社の入口の大門から世界中の神々を飲み込むが如くの急勾配の坂道、そのとある18歳はがむしゃらに神々の通り道である『坂』のど真ん中を堂々とカモシカの様に走っていた。


吐く息が白く、ひらひら蝶の様にその『白い神』のような人間を寒桜たちは《ご主人様、お迎えですわよ》としんしんと閑に降り注ぐ。


「阿弖流為(アテルイ)‼‼早くこちらに‼」


『下り坂』をがむしゃらにその『アテルイ』と呼ばれる18歳は絶対に我は転ばぬ‼と意気込み、全国からの寄り集まう物凄いスピードで出雲大社の境内に直進する神々をごおおおおおおと飲み込む竜巻と闘いながらも歯を食いしばって、足を確かに地に踏みしめ、境内へ踏み込む。


「犬養毅(いぬかいつよし)様!すいません!寝坊して…」


「11月11日‼神無月(かんなづき)の詔の儀式の生業というのになぁ!はははは!アテルイらしい‼」


アテルイ(阿弖流為)は頬を林檎の様に染める。

アテルイと呼ばれる18歳は少年でも少女でも青年でも淑女でも何者でもなかった。

見かけは美しい美少女。長い黒髪をなびかせ、黒い地の睫毛は長く艶やか、しかしのどぼとけがくっきり、声は確かに二次性徴の表しで低い声であった。胸のふくらみはやや、しかし『何か』を隠すかのようにその『アテルイ』と呼ばれる18歳はスカート姿ですらりと長い脚は黒ストッキングで防寒されていた。


5・15事件で暗殺されたはずの元日本内閣総理大臣の犬養毅は白い髭を右手で撫でると、東北に藤原政権の野望により追い詰められかつて「小沢ダム」の異名を取っていた胆沢ダムの下流に位置する胆沢城で残酷にも殺された蘇我氏一族の蘇我蝦夷(そがのえみし)の末裔であるアテルイ(阿弖流為)を優しく視界の中央に入れながら吉備団子を一つ口に頬張りにっこり微笑む。ナチスヒトラーがユダヤ人弾圧、米国がISの末裔の少女を血も涙もなく殺したように、そう、なんの罪もなかった蘇我氏の末裔は支配力と弾圧力のサディズムの一色だった9世紀藤原政権に東北まで追い詰められて殺された運命と、『古事記』や『日本書紀』という編纂という歴史捏造書物ではなっている。

しかし阿弖流為(アテルイ)は蘇ったのだろうか。こうして島根県出雲大社にすっときりっと精悍、いや清々しい顔を何処までも澄み切った透明の蒼空をみてアテルイはにっこり何かの自信を確信するが如く力強くも優しく微笑む。


犬養毅は岡山の桃太郎伝説の起源になった鬼牙城(おにがじょう)の鬼を退治するために征伐した日本昔話でお馴染みの桃太郎のモデルになった吉備津彦命に使える犬のモデル犬飼健命(イヌカイタケルノミコト)の末裔として伝承されている。


まず「蝦夷(えみし)」というものには概念というものがない。

族か、方角か、それとも北陸(越)に礎を築き上げた「安倍/阿部」(あべ)の苗字を欲した者たちを表すのか、それとも…


「ルイ―――‼早く着替えて‼」


巫女の姿をした蜜月(みつづき)と呼ばれる可愛らしい18歳の清女がひょこっと朱の鳥居から縁結び御利益のある出雲そばをつるつる食べながら顔を出す。もぐもぐしながら、島根県のゆるキャラであるしまねっこと一緒にえへっと可愛らしく照れている顔はまだ二次性徴の香りの波を周囲に芳香させることもなく、彼女はただただ《綺麗》だった。

「蜜月‼わざわざ倭(和・輪・環・羽・わ・ワ)の国から遙々ありがとう‼ゆるりと御馳走に舌鼓してくれ!!」

ルイという愛称で皆の衆から呼ばれるアテルイはヒ(火・日・陽)ミコ【ヒ弥呼】のクローン、いや末裔であり、奈良県桜井市にある大神(大三輪/おおみわ)神社から八咫烏に乗って出雲に来た乙女に元気に声を張り上げる。


境内の中には物の怪(もののけ)、世界中の神々がうようよ集まり、1年に1度の再会で久しゅうのうとそれはそれは見事な日本絵画のセカイであった。


「祟り神(たたりかみ)様はこちらに‼」

蜜月は朱の巫女用のステッキのようなもので物の怪たちを誘導する。八咫烏(ヤタガラス)は黒タシキード姿に身を包ませたこれまた凛々しい男に変身すると、「日本諸外国からきた神々はこちらへ!」と北欧神話、ギリシャ神話などの神々を誘導する。


シャリン


シャリン


シャリン


境内は壮大な和太鼓と鈴の音が荘厳に鳴り響く。


神々のもとには朱色の椀に出雲そばが盛られており、上にはハート形のような、サクラの花弁のようなピンク色のかまぼこが美しく春の様に添えられており、食前酒のような小さな朱には《海水》から塩分を抽出除去濾過して純粋にしたまろやかな水が注がれていた。


神主の姿になったアテルイは八角形の神輿の王座にゆっくり腰を下ろすと清水の注がれた朱塗りの小椀を右手に取ると声を張り上げて祭典の開始を始める。アテルイの右に犬養毅、左に蜜月、後ろに八咫烏が鎮座する。


「神々よ。またこの1年よくぞ我々人間の対応に《共存する知恵と諦念》を見分け、驕り、侮るものものにはそれ相応の大自然の源泉を揺り動かしてきてくれた。この地球の寿命も自爆の神である厄介な人間に破壊されることもなくまた往年のトキと刻むことに祝杯を捧げよう」


それから神々、物の怪、巫女たちは皆高く高く祝いの坂月(杯)を上げ一気に飲み干す。


神々、物の怪たちのゆるりとした宴会が始まるとアテルイ、蜜月、犬養毅、八咫烏は八角形の王座の上で《会議》を始める。


アテルイは瞑想しつつ己の18年の歳月を年に一度11月11日に回顧する。


アテルイは自己の呼称を「自分」と呼ぶ。


アテルイは桜ほころびる4月1日に出雲大社の境内にいつの間にか産まれたての赤子が置き去りにされているのを出雲大社の神主により発見された。真っ白い布に包まれ気持ちよく眠っており、胸元には日本語で《阿弖流為》そしてヘブライ語で《セス》という二つの『名』が朱の文字で書かれたものがそっと置かれていた。

地元を捜索しても、この赤子が何処(いづこ)からきて誰の子かも不明、心優しき住民と警察全員で一斉捜索大慌ての事態であった。しかし、解決することはなく、なかなか子宝(しほう)に恵まれず、毎日出雲大社に手を祈願しにきていた地元の夫婦が「まぁ、なんて可愛い赤ちゃん」と愛情たっぷり育てることになった。

しかし、アテルイは『性』に苦しめられる人生を辿る。

生まれつき両性具有。外科的治療で大事なところは女性化に成功した。しかし、幼稚園に入ってままごとには興味なくずっと自分は男の子だと思い続け、トイレに入るにせよ、着替えをするにせよ、女の恰好も女の仕草も嫌で嫌でたまらなかった。

心と体がバラバラ。

小学校高学年になると月経を迎えるクラスメートの女子をみて吐き気がしたり、運動会も女と男のまるで白黒二分化二別化しなければならない、この島国の掟に苦しめられ、やがて精神を病み不登校になり家でゲームSSSに没頭する。

病院にいっても、いろんな医者が「珍しいからみとけ」とぞろぞろ研修医なのかなんだろう、自分の気持ちなんて置いてけぼり、奇妙なものを見るような、動物園の檻の中のモルモットの自分の姿は養子として受け入れてくれた義母、義父だけが理解者であり、辛くて悲しくて、18年歳月を経た今も自分は一体何者なのかもがき苦しんでいる。ネット調べても性同一障害のネットワークは大きかった。でも自分は性同一障害ではなく、どちらでもあるし、どちらでもない、この表現しがたいものがアテルイを苦しめ続けていた。

そこで半陰陽、性分化疾患(DSDs)、雌雄同体という言葉に辿り着く。

女でもあるし男でもあるし女でもないし男でもない。

風呂場で脱衣する度に、朝パジャマから着替えるたび、トイレに行く度に、自分の身体をみて涙が溢れる。

女の体と男の身体。どちらももっている。だからこそ精神が収集つかなかった。

解決のない突破口。周りのみんなは「普通に」生活して、「当たり前に」「異性」を恋愛をして、「日常」を過ごしていた。だけど、自分というアイデンティティが常に不安定で、ぐらぐら永遠に定まることのない駒のようで、何が辛くて何に悲しくて何に感情を抱いているのかもわからない境地に真夜中絶叫を上げてしまう毎日だった。心優しき義母、義父はそのたびにアテルイになんとか居場所創りと、沢山の書籍を買ってきたり、庭で人目に触れないように自由に遊べるように日曜大工で遊具を創ったり、園芸を一緒にしたりした。


独り、悩み、苦しみ、自宅から近くの図書館で片っ端から医学書籍を手当たり次第に読んでいた本来ならば二次性徴の波が大きくなる高校1年前後のそのときだ。


「おやおや。アテルイ様じゃないかい」


新聞から少し左目を出して視線をだしてきた初老。

アテルイはびっくりする。

「誰ですか…」

そのころはまだソプラノからのテノール移行期の声だった。

「なんでもみえる透視力とでもいいかな。それより光栄だ。私は犬養毅だ。あの桃太郎伝説に出てくる犬のモデルさんの末裔。末裔同士仲良くしようじゃないか」

そういって「犬養毅」と名乗る歴史に名を遺した偉大な人間が握手をアグレッシブにしてきて、自分の複雑な殻、鎧を突き破って何か一筋の光が眩く差し込んできたのだ。


図書館に行くとなぜかいつも犬養毅は開館と同時に「いつも」そこの静かな木造の椅子と机で新聞をゆるりと読んでいた。アテルイは犬養毅の余裕さながらの堂々たる風格にどこかしら安堵するものを覚えた。

「SSS」

「?」

逢って1週間くらいの時だった。飲食スペースでいつものように大好物の吉備団子を「キミも食べたまえ」とおすそわけしてくれる時に犬養毅の口から謎の巨大架空ゲームをやると、ますます自分自身がよくわかるかもしれないねと意味深長な言葉をゆっくり言われる。

家に帰って早速SSSと呼ばれるできたばかりなのに凄まじい勢いで巨大化していた「リアル」なのか「ゲーム」なのか判別がつかないようなものが、セカイがそこにはあった。


自分は出雲大社で発見されていた。


アテルイ、そして、セス。


この二つの謎の暗号も自分を何者か困惑させる要素だったので、ちょうどSSS内にて奈良県桜井市にある天照大御神の化身を祀る大神(大三輪)神社で巫女をしており、やたら島根県ご当地非公式筆者オリジナルゆるキャラである出雲大社の鳥居をモチーフにしたえんちゃんと奈良のご当地ゆるキャラであるせんとくんが一部こどもたちが怖がって泣き出してしまったので別案として産まれた平城京と奈良公園の神の使徒である鹿の角をモチーフにしたゆるキャラであるマントくんを心の底からこよなく愛し八咫烏を操る蜜月(みつづき)という同い年の女子に出逢う。


蜜月はアテルイに逢った瞬間、

「あ!『石川』の苗字で隠された百万石大名の北陸に隠された蘇我氏一族の末裔さんでしょ!私はね!ヒミコ様の末裔なんだよ――――!!」

と直球でこれまたナンセンス・ありえない。非科学的と思われがちだが、自信満々に蜜月という巫女は裏も表もなく、いや「裏は大神神社、表は出雲大社!!」とずかずかアテルイのプライベートの庭に飛び込んできて、初対面で「んじゃ!ルイってよんでいいでしょ!」ということになってしまって今に至る。

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