第145話親のわがまま

 翌朝、僕の屋敷。

 目の前には銭の山が積まれていた。

 その奥には得意顔の大久保長安が居る。


「どうですか? 家財を五倍に増やしました。これで家臣に加えてくれますか?」


 この結果に雪隆くんも島も何も言えなかった。推挙したなつめさえ呆然としている。


「うん。家臣に加えよう。えっと、もう自分の取り分を抜いたのかな?」

「いえ。確認をしてもらってからと思いまして」

「なるほど。じゃあ計算しよう」


 僕は算盤で銭の計算をする。


「いやいや! 何当然のようにしているんだ!?」


 雪隆くんが信じられないといった表情で喚いた。


「こんだけの銭、どうやって稼いだんだ!」


 島の声は震えていて、かなり動揺しているのが分かった。


「米転がしですよ。安値で米を買い占めて、高値のところに売りさばく。それを繰り返せば十二分に利益は出ます」


 しれっと本人は簡単に言うけど、それ自体に精通していないと大損してしまうような手法だった。


「計算終わったよ。これだけ持っていきなさい」

「おお! 早いですね! へへっ。助かります」


 約束の三割は通常の俸禄では与えきれないほどの銭だった。

 嬉々として受け取る大久保。


「これで女遊びできるってもんですよ」

「……ほどほどにね」


 なんだ、女好きだったのか。


「大久保さん――いや、家臣になるのだから大久保と呼ぼう。城で勘定方として働いてくれ」

「仰せのままに。その分俸禄は弾んでくださいよ」

「それと、皆に言っておく」


 僕は四人の家臣に大事なことを言う。


「各々、自分にできることは異なると思うけど、誰が一番偉いとかは、明確には存在しない」

「……どういうことだ?」


 雪隆くんが疑問に思うのは当然だった。

 続けて僕は説明する。


「たとえば前線で戦ができるのは後方で兵糧を管理している者のおかげだ。しかし、後方で安全に勘定ができるのは、前線で危険な目に合っている者のおかげでもある」


 誰も口を挟まなかった。


「武官と文官。どちらが欠けても上手くいかないものだ。荷馬車の両輪を思い浮かべてほしい。片輪だけでは何の意味もない。それを重々肝に銘じて、己の仕事を努めてほしい」


 僕の言ったことを全て理解しろとは言わないが、互いを尊敬し合う関係になってほしい。

 それは言葉にしなかったけど、自然とそうなってほしいと思った。


「ははっ。殿の御言葉。肝に銘じます」

「俺も同じく」


 大久保と島は分かってくれたようだった。

 雪隆くんとなつめは口に出さなかったけど頷いてくれた。


「よし。それじゃ、城の留守居役を頑張ろう!」


 秀吉たちが越前攻めをしている間、何の問題を起こさないように努めよう。




「越前攻めですか。確か総勢五万で出征するとか」


 増田長盛くんが算盤を弾きながら話しかけてきた。

 留守居役と言っても城内でやることは変わらない。年貢や税収の管理を通常通り行なっていた。


「ま、織田家が勝つだろうね。そんなに難しい戦じゃない」

「たくさん殺す戦……というわけですね。そういえば浅野さんが雨竜さまの代わりに行きましたけど、ご無事に帰ってくれますかね」

「兵糧管理で行くから、夜襲がなければ大丈夫。それに戦働きするわけじゃないしね」


 僕は横目で佐吉と桂松を見た。

 真面目に働いているようだった。すっかり慣れているので、そろそろもっと難しいことをやらせてもいいかもしれない。

 しかしそんな二人に聞かないといけないことがあった。


「なあ佐吉、桂松。かすみのことなんだが」


 二人は手を止めて僕に注目する。


「なんでしょうか? 雲之介さん」

「うん。最近、というか随分前からかすみと万福丸の仲が良いと聞いているが、本当なのか?」


 二人は顔を見合わせて、それから桂松が言う。


「仲が良いと言っても、ただの友人ですよ?」

「うん? 私から見ても仲睦まじいと思うが……」

「佐吉! 口止めされてただろ!」


 うっかり口を滑らせた二人に僕はにっこりと微笑んだ。


「その話を聞かせてくれないか?」

「く、雲之介さん? 笑っているのに顔が怖いですよ?」


 すると増田くんが「子どものことになると変わりますね」と笑った。


「そういえば、かすみさんを見ましたよ。子飼いたちと仲良く遊んでいた――」

「いつどこでだ?」


 増田くんに顔を近づかせて問うと、彼は怯えながら「さっき厠に出かけたときに、大庭のところで……」と答えてくれた。


「そうか……一回、話をしなくちゃいけないな……」


 僕は刀を持って立った――桂松が立ちふさがった。


「……どきなさい」

「は、話し合うのに、刀は要らないですよね!?」

「……それもそうだな」


 僕は刀を桂松に渡す――その隙をついて、外に出る。


「ああ! しまった!」


 桂松の声を後ろに聞きながら大庭に出る。

 そこでは虎之助と市松が稽古用の槍で戦っていた。それはまあいい。しかし気に入らないのはそれを隣り合って見ているかすみと万福丸の姿だった。


「おい。万福丸――」

「あ! 雲之介さんだ!」


 虎之助と市松が嬉しそうに僕の前にやってくる。


「久しぶりだ! 元気でしたか?」

「ああ、元気だ。二人も元気そうで何よりだ」

「どうしてここに? 講義の時間はまだですよね?」

「かすみと万福丸、仲が良さそうだな」


 僕の言葉に固まる虎之助と市松。

 やはりか……

 僕はかすみのところへ歩いていく。

 かすみはバツの悪そうな顔をして。

 万福丸はやや緊張した顔になった。


「やあ万福丸。かすみから離れろ」

「い、嫌です……」

「あははは。ふざけるなよ?」


 僕はかすみに「屋敷に帰りなさい」とできる限り優しく言う。

 かすみは俯いた後、急に顔を挙げた。


「父さま……私、万くんのこと……!」

「だああああ! 聞きたくない!」


 かすみが意を決して何か言いそうだったので、耳を塞ぎながら大声をあげる。


「……雲之介さん、格好いいと思ってたけどなあ」

「ああ。駄目駄目だ」

「虎之助、市松。課題を倍にされたくなかったら手伝え」


 二人の顔が真っ青になる。


「な、何を手伝えと?」

「かすみを万福丸から引き離す」

「む、無茶苦茶だこのおっさん!」

「やらなかったら課題を二倍、いや三倍にしてやる」


 僕は二人ににじり寄る。すると不愉快なことに万福丸がかすみを庇った。


「い、いくら雲之介さんでも、良くないですよ!」

「……ぁあ?」

「かすみちゃんは、私が守ります」

「……万福丸、分を弁えろ」


 僕は二人を引き離そうと、襲い掛かる――


「かすみ、受け取れ!」


 声に反応して振り返る――晴太郎が木刀を放り投げる――受け取るかすみ。


「なんだと!?」

「父さま、ごめん!」


 気がついたら、仰向けに倒れていた。

 頭が物凄く痛い。


「雲之介さん、大丈夫ですか?」


 万福丸が心配そうに僕の顔を覗き込む。

 思わず顔を背けてしまった。

 それに無理矢理顔を合わせる憎い奴。


「雲之介さん……私は……」

「……言葉にしてくれ」

「えっ? それは――」

「僕のためにも、はっきりと言葉にしてくれ」


 万福丸はかすみを見て、それから僕の目を見て言う。


「私は、かすみちゃんを愛しています」

「…………」

「だから、かすみちゃんを私にください」


 僕はふうっと溜息を吐いた。

 僕の周りには虎之助、市松、桂松、佐吉そして晴太郎が居た。

 かすみももちろん居る。


「分かったよ。長政が良いって言ったら認めるよ」


 僕の言葉に子飼いたちがわあっと湧いた。


「父さま、ありがとう!」


 かすみが僕の上体を起こしてくれた。


「ここで嫌と言えば、野暮は僕だからな」

「……痛かった?」

「かすみが盗られたほうが痛いけどな。ま、もう言わないさ」


 僕は万福丸に頭を下げた。


「かすみを幸せにしてくれ」

「……はい! 必ず幸せにします!」


 僕は立ち上がってぼそりと呟いた。


「でも虎之助と市松の課題は三倍だからな」


 それを聞いた二人は絶望した表情になる。


「はあ!? めでたしめでたしでいいじゃねえかよ!」

「嫌だね。さあ、勉強の時間だよ!」

「ちくしょう! 少し感動したのに!」


 僕は空を見上げた。

 遠い空に居るはずの志乃に言う。

 これでいいよな――

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