第十九章 門出

第144話家族水入らず

 かすみが晴太郎と一緒に子飼いたちのところに通っているのは知っていた。

 そのせいで長政の子、万福丸と良い仲になりつつあるということも知っていた。

 だけど――剣術を習っていることは知らなかった。


「――っ! ごめんなさい!」


 何故かかすみは謝ってこの場から逃げようとする――僕と目が合った。


「と、父さま……」

「…………」


 かすみはまるでこの世の終わりのような顔をした。

 晴太郎たちも僕に気づいたみたいで、呆然と僕たち二人を見ている。


「――かすみ」


 僕の声にびくりと身体を反応させた。そのまま極寒の地に居るようにがちがちと震えだす。


「いつから、剣術を習っていた?」

「…………」

「答えなさい」


 かすみは震える声で「か、母さまが死んでから……」と答える。


「そうか……志乃が死んだときからか」

「と、父さま……その……」

「一言、言ってほしかったな」


 かすみの目から涙が零れ出す。


「殿! 説明させてくれ!」


 島が僕たちのほうに駆け出す。そして目の前に跪いて説明する。


「姫に他意はなかったんだ! 習っていたのは護身のためだ!」

「……そうか。島も知っていたのか」

「そ、それは……」

「僕だけのけ者か。悲しいな」


 それだけ言って僕は庭の中に入る。

 そして俯いている晴太郎に声をかけた。


「油断したのか?」

「……いいや。全力でした」

「うーん、僕の子なのに、凄い才能だな」


 素直に感心すると晴太郎は「責めないのですか?」と訊ねた。


「女なのに剣を習っていたことを、責めないのですか? 負けてしまった俺を責めないのですか?」

「いや。責めたりしないよ」


 その言葉に安堵の表情を浮かべる晴太郎。

 隣に居た雪隆くんは「だからさっさと言うべきだったんだ」と呟く。

 僕の傍に来た島とかすみはきょとんとしていた。


「怒るとするなら、僕に何も言ってくれなかったことかな」


 わざとからかうように言うと場の空気が和んだ気がした――


「うええええええええん! 酷いよ父さま!」


 かすみが持っていた木刀を投げ捨て、両手で顔を押さえながら泣き出した。


「お、おいかすみ……」

「だ、黙ってたのは、悪かったけど、さっきの、冷たかった!」

「いや、驚いてさ……悪かったよ……」


 こうなると男はおろおろするばかりで頼りがない。

 奥でご飯を作っていたはるがやってきて、一同に雷を落として、ようやく騒動が収まった。




「かすみに剣の才があるとは夢にも思わなかったよ」

「そうですね。兄の面子が丸潰れだ」

「や、やめてよ二人とも……」


 僕とはる、晴太郎とかすみは家族水入らずで話していた。


「お前さま。子どもは秘密を親には言わないものだぞ?」

「はる。僕にはその経験がないから、分からなかったよ」


 はるにそう言うと晴太郎が「そういえば聞いたことがありません」と言ってきた。


「父さまの親、つまり俺たちの祖父母はどこに居るんですか?」

「あー。私も気になってた。父さま。そろそろ教えてよ」


 そういえば、晴太郎たちには言ってなかったな。


「高祖父は山科言継という。公家だよ」


 何気なく答えると二人は一瞬、黙ってそれから「ええええ!?」と声を揃えて叫んだ。


「俺たち公家の子孫なのか!?」

「なんでそういうこと、教えてくれないの!?」

「いや。言うほどのことじゃないしね」


 二人は「いやいやいや!」と手を振った。双子なだけに息が合っている。


「言うことですよ! なんで今まで――」

「その公家に、僕は捨てられたから」


 その言葉に二人は何も言えなくなってしまったみたいだった。


「……その話は聞いたが、どういう経緯で捨てられたのかは、私は知らん」


 はるが鋭く問い詰めてきた。


「お前さま――雨竜雲之介秀昭の出自を、今ここで話しておくべきではないか?」

「はるさん……結構突っ込むね……」


 かすみが慄いている。

 僕は溜息を吐いた。


「あまり気持ちの良い話じゃないしね。好んで話したいわけでもない。でもまあ大きくなったし、理解もできるだろう」


 覚悟を決める――そんな大層なことじゃないけど、子どもたちも成長したことだ。話しておこう。


「僕の母の名前は巴という。ある日――」




 全てを語り終えると三人は異なった反応を見せた。

 晴太郎は口を固く結んで、天井を見上げた。

 かすみは衝撃が強すぎて口元を押さえている。

 はるは話の途中から僕の手を握ってくれた。

 そして、泣いてくれたんだ。


「はる、どうして泣いているんだ?」

「泣くに決まってるだろう! どうして、お前さまは、泣かないんだ!」


 野暮なことを聞いてしまったなと反省した。

 僕ははるを抱き寄せて「ごめんね」と謝った。


「それで、知りたかったことを聞いた感想は?」

「……父さま。それを俺たちに聞くのか?」

「なんだよ。みんなが聞きたいって言ったじゃないか」

「いや、想像の斜め上を言ったから……」

「…………」


 黙ったままのかすみが僕に抱きつく。

 幼い頃以来だったので懐かしい。


「どうしたかすみ?」

「辛いはずなのに、どうして父さまは泣かないの?」


 少し考えてから「記憶がないからなあ」と答えた。


「それに大人になって知ったことだから。でも一番は志乃が居てくれたことかな。志乃が居なかったらどうなっていたか。僕には分からない」


 きっと山科さまを殺して自害してたんだろうなと想像する。


「父さま。一つ聞きたい」

「なんだい晴太郎」

「話に出ていた、父さまの父――そう呼びたくないが、良秀を探したりしないのか?」

「それは無意味だし無理だろう。もう何十年も前の話だ」

「でも――」

「探してどうするって話だ。復讐するか? それとも謝罪させるか? そんなことをしたって、巴さんの無念が晴れることはない」


 晴太郎は「はっきり言って、俺は怒っている」と僕に言う。


「良秀を許せない。できることならなつめさんを使ってでも居所を突き止めて――」

「殺す、か……そんなことをする必要はない」

「どうしてですか!?」


 晴太郎に僕は優しく言う。


「良秀という男にそんな価値はないからだ」

「…………」

「自分の手を汚すほどの価値はない。なつめを使う価値もない。僕の人生に必要ない」


 改めて僕は晴太郎に問う。


「良秀を殺すことに人生を捧げるのは馬鹿らしいと思わないか?」

「……それが父さまの答えなんですね」


 晴太郎はあまり納得してなかったようだが、飲み込んでくれた。


「そんなことよりも、話しておかねばならないことがあるんだ」

「……? 出自の話よりも? なんですか?」


 僕はかすみの顔を見た。

 そして真剣に問う。


「万福丸と仲が良いのは本当か?」


 かすみはきょとんとした顔で答えた。


「えっ? 万くんのこと?」

「ま、万くんだと!? ちくしょう、そんなに親しいのか!」

「父さま!? さっきと勢いが違いますよ!?」


 するとはるが「娘の恋路に口出しするな」とくすりと笑った。


「か、かすみにはまだ早いだろうが!」

「そ、そんな。万くんとは、その、そういう仲じゃないというか……」

「そ、そうか……」

「でも、ゆくゆくはね……」

「か、かすみ!?」


 このままだと、かすみが盗られてしまう!

 どうにかできないか……


「いっそのこと、婚約したらどうですか?」

「晴太郎? 何を戯けたことを言っているのかな?」

「父さま、顔が怖いです。いや、好き合っているのなら嫁がせたほうがいいじゃないですか……顔がやばいですよ?」


 とりあえず、その話は置いておくことにした。

 一度長政とは話し合ったほうがいいな……


「お前さまは、意外と子煩悩で親馬鹿だな」


 はるが呆れながら笑った。


「子を大事に思うのは当然だよ」


 僕もそう言って笑った。

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